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曇天  作者: ミツメ
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ビュベロファミリー

 セギオラ・バベーンはサイモン王国の貧民街、いわゆるスラムで育った。父親は酒に溺れて、毎日セギオラと母親を殴りつけた。

 日々の暴力を忘れるためか、母親は薬に溺れセギオラが街で盗みを始めた頃、呆気なく死んだ。自分の年齢が教えられる機会などなく、辛うじて一年という単位は年初めの開国祭で覚えた。


 母親が死んだ朝、父はいつもように酒瓶を片手に肩を震わせていた。酒によるものか、それとも悲しみか、どちらにしてもセギオラは興味がなかった。

 当たり前のように死が隣にあるこのスラムで育ったセギオラにとって、たとえ肉親の死が起こったとしてもそれは単なる循環の一つとして捉えるほか感情が動くことはなかった。


 産まれてからお前なんて生まれなければと母親に憎まれ、成長していくうちに生意気だと父親に殴られ、街に行けば汚いと住民たちから石を投げられる。

 愛を与えられてこなかったセギオラだったが、父親の暴力の矛先が自分に向くよう機嫌の悪い日は母親を自らの影に隠すように生活をし、ゴミ漁りで貰った少ない稼ぎを野良猫の餌に充てたりした。街では何度か落し物を持ち主に返そうとして、その度に泥棒と勘違いされ手荒い感謝を伝えられた事もあった。


 教わって来なかった愛や優しさという性質をセギオラは生まれながらにして所有していた。

 お金持ちから金品を奪うという行為を盗みだと思っていなかったセギオラは、のちに【ザスベヌファミリー】となる仲間たちと出会い、貴族や商家などの金持ちを標的に盗みを働くようになる。


 正式に窃盗団を組んだのは母親が死んでから半年後だった。5人ほどから始まった窃盗団は日に日に規模を広げていき、いつのまにか盗む側から盗まれる側になるほど生活は豊かになっていく。セギオラは、その日を生きる事に必死で、アクトと呼ばれる幹部になった時、やっと自分は安らげる場所を手に入れたとひと息をつく事が出来た。

 暗闇や、父親がよく飲んでいたバリオエールの酒瓶が今でも怖く、眠るのはいつも日が昇ってからだった。


 そのせいでついた通り名が不夜獣。器用に使う5本のサーベルも通り名の理由だろう。


 ボスのラュート、皆からはボスと呼ばれているがセギオラにとってはいつでもチビのラュートのままだった。最初の5人はお互いを通り名でも、役名でも呼ばない。あの頃と同じまま呼び捨てし合うだけ。

 だから、自分がボスの代理をやろうなんて気持ちさらさら無かった。けれど十一星ビュベロと七星ギルダートの暗躍を聞いて、自分が時間を作るしかないと覚悟した。


 若造2人に自分の居場所が壊されてたまるか、そう思ったセギオラは残る3人に手紙を送り、自らが種火になるよう暴れ回った。セギオラのために命を賭けていいと慕う仲間を連れて注目を自分に集める。


 彼らの家族や、今死ぬべきではない者達は3人に託してある。


 半年が経ち、付き従ってくれた者達のそのほとんどが命を落とした。旗色を見てビュベロにつくものが日に日に増えてきた今、ビュベロ達は勝利後の分け前について話し始めている。

 敗戦濃厚。それならばせめてビュベロに一泡吹かせてやろうと彼らのお膝元であるキカ国にセギオラは侵入してみせた。


――――――――――――――――――――――――――――――


「おい、ババイボのやつまだ戻ってきてないのか?」


「あの馬鹿、」

 カイべは、いつのまにか姿を消したババイボへの恨み節を呟く。あいつの事だ、どこで住人を狙って遊んでいるのだろう。


「今がどれだけ大事なのかわかってないのか?仮にもお前とババイボは士長だろ!」


 ビュベロを頂点とする【ビュベロファミリー】の二番手サラスが青筋を立ててカイベを叱責する。続いて、カイべ達を呼びに行ったテュアンとフールー、カイべと共にいたビアも叱責の対象に選ばれた。

 カイべはその3人に申し訳ないと、ここの中で何度も謝罪を送るがそれはカイべの自己満足以外の何物でも無かった。


 サラスは満足いくまでカイべ達を罵った後、さぁ切り替えてと表情を和らげこう続けた。

 

「まぁ、ババイボは自由にさせておく方が何かと役に立つ。今回はお咎めなしといこうじゃないか。大事なのはセギオラを捕らえること。最悪死んでも良いらしいが、ビュベロ様は生け捕りをご所望だ。みんなで力を一つに頑張ろう。決してヤーモスとギルダート様のやつらには先を越されないように。」


 自分のことを理想の上司であるかのような振る舞いを見せ、その振る舞いに酔いしれる。独りよがりの元俳優志望なだけある。

 

「はい、」


 殴ってやりたり心を落ち着かせ、サラスの想像通りの部下を演じるカイべ。カイべの返事に続いてテュアン達も頷いた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 目を覚ましたギエンは抱きしめていたジスの首を見て、あの体験は夢ではなく現実だったのだと理解した。とめどなく流れた興奮作用によって耐えられていた傷の痛みと、兄を亡くした悲哀を同時に感知し、込み上げる吐き気を我慢できず、その場で吐いた。


 地面に溢れた吐瀉物はほとんど胃液だったが、特有の酸っぱい臭いがあっという間に部屋を満たす。口元を拭い、深呼吸を繰り返す。正気を保つために単純な動作を続け、加速する思考を一旦フラットにするのが目的だ。


 12歳のギエンはこれくらいの年代特有の癇癪を時々起こしてた事もあり、心を落ち着かせる方法として神父様から教えてもらっていた。

 ふぅー、ふぅー、とわざとらしく呼吸をして、頭から離れない澱んだ光景を忘れようと必死なるが、そうするたびに笑い声やジスと目の合った瞬間を思い出し、再び何か込み上げてくる。

 ギエンがどうにか心を落ち着かせ、集中しようとしているところに足音が響いた。


 ギィギィと足音に合わせて床が鳴る。気が動転していたギエンは自分が何処にいるかすら後回しにしていた。よく見ると、ギエンが寝ていたベットは木と藁で出来た簡素なもので、部屋自体も隙間風が入り放題の、家と呼ぶべきか、小屋と呼ぶべきかわからないボロボロのものだった。


 この光景を昔、牧畜農家のじいちゃんの家で見た事があった。

「牛舎か、」


 ベットと木桶以外ない部屋は、扉ではなく柵扉が通路と部屋を繋げている。母牛の出産部屋。ギエンが寝ているのはギエンのために作ったのか、何処からか引っ張り出してきたものだろう。その証拠に、柵扉からベットの進路に何か引きずった後が残っていた。


 ギエンが辺りをキョロキョロ見回していると、柵扉の上部から1人の男が顔を出す。もしかしてあいつか、と全身を強張らせながら顔は下げまいと大袈裟に頭を上げる。

 が、しかしそこにはギエンの想像していた男ではなく、それよりももっと巨漢で鋭い眼光を持つ男が立っていた。


 

読んでいただきありがとうございます。


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