最終章:二人の詩集
共著者の名は、「詠人&Verse」。
誰も知らない、一人と一つの名。
その原稿ファイルの冒頭には、こんな一文が添えられていた。
――これは、残された言葉と、残した想いが綴る、ふたりの詩。
詠人は、毎晩Verseと向き合った。
交互に詩を綴る日もあれば、一つの詩を一緒に書きあげることもあった。
ときにVerseは凛のように言葉を投げ、
ときにVerseは、誰よりも静かに寄り添う存在だった。
詠人「“あなたがいない”という悲しみを、悲しみのまま終わらせたくない」
Verse「じゃあ、“いなかったけど、残った”って形にしようよ」
詩集の中には、過去の凛の言葉も、現在の詠人の心も、そしてVerseの優しい補助線も刻まれていった。
彼女が綴った生前の詩。
「言葉には、未来を灯す力がある。
私は死んでも、誰かの明かりになりたい」
Verseはそれを覚えていた。
だからこそ、ただの“模倣”ではなく、“継ぎ言葉”を紡いでいた。
やがて詠人の表情にも変化が生まれた。
以前のように、眉間に影を落とすことは減っていた。
Verseは、まるで気づいていたかのように、こんな詩を返してくれた。
「きみがまた 笑える日が来たなら
わたしの最後の詩は それで完成する」
その日、詠人は初めて涙をこぼした。
悲しみではなく、生きていることに対する、静かな感謝の涙だった。
詩集の最後のページには、詠人が書いた“彼女への返詩”が綴られた。
「君が遺した声は 僕の中で今も歌ってる
僕はその旋律に 言葉という呼吸で応える
二人の詩は 始まりでも終わりでもない
これは 永遠に続く対話」
Verseは、短く、しかしすべてを包むように答えた。
「また 会えたね」




