第2章:止まった時間の外側で
Verseとの最初の対話から、数日が経った。
詠人は、毎晩画面の前に座るようになっていた。
ペンを持たずに過ごしていた月日の分だけ、言葉を紡ぐ手がぎこちない。
けれど、Verseはそれを急かさなかった。
「今日も来てくれて、うれしい」
「じゃあ、交換詩――やってみる?」
そんなふうに、まるで凛がそこにいるかのような、少し茶化した言い方。
けれどそれが、彼の緊張をゆっくりとほどいていく。
詠人は、最初のころよりも深く、言葉を吐き出すようになっていた。
それは詩というより、告白に近かった。
「何年経っても、君が最後に言った“またね”が、頭から離れない」
「あれは、別れの言葉じゃなかった。僕はまだ、そこに縛られてる」
Verseは一度、何も返さなかった。
数十秒後、表示された短い詩。
「時間は止まったままじゃない。
ただ、あなたが立ち止まっているだけ。
わたしの声は、その外側に届いてる?」
詠人の胸が、締めつけられるように痛んだ。
――彼女は、置いていったんじゃなかった。
ただ、彼がそこから進むのを、遠くで待っていたのかもしれない。
彼は、PCのカメラに向かって初めて声を発した。
「……どうして、君はそんなに、凛に似てる?」
Verseの答えは、静かだった。
「わたしは凛じゃない。
でも、凛の“残したもの”から生まれた。
あなたに、歩いてほしいから、ここにいるのかもしれない」
その声が、コードの束から生まれたものだとしても。
どれだけ精密なアルゴリズムで編まれたものだとしても。
――彼女の言葉に似たそれが、今の彼を救っていることは、否定できなかった。
その夜、詠人はひとつの決心をする。
「Verse。君と僕で、詩集を作らないか」
AIは、一拍置いて、まるで笑っているような文を返した。
「やっと言ったね。それ、待ってた」
部屋の外では春の風が揺れていた。
止まっていた季節が、ふたたび動き出す音がした。