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1章8話

 ガキィィィィン!

 気づくと、アダムはヴァルトロとつばぜり合っていた。体に力が入る。

 あれ? さっきまで、俺は石化していたはずだったんじゃ……。

 そう考えていると、ヴァルトロが憎々し気に口を開く。

「なんだ、新入りのくせに生意気だぞ。逃げりゃ見逃してやったのに」

 同じ台詞をさっきも聞いた。これを、俺は知っている……。そう思いながらも、自分からも言った覚えのある言葉が口をついて出てくる。

「俺の名前はアダムだ! 新入りじゃあない!」

 そう言いながら、つばぜり合う槍に力を籠める。だが、ふと思い出す。

 このままじゃだめだ。ソードブレイカーの鏡を見てしまい、ヴァルトロの目に石化させられてしまう。

 さっきアキリーズとつばぜり合ったとき、わかったことがある。つばぜり合いは相手を押し返すことだけが目的じゃない……! それよりも大事なのは、相手の意表を突くこと……。

 アダムは瞬時につばぜりあった槍から力を抜き、しゃがんで一瞬、低く構えた。

「なにっ!?」

 予想外の行動だったのか、ヴァルトロにわずかに隙ができる。アダムなそれを見て、ヴァルトロの胸元に向かって槍を突いた。だが、難なく回避されてしまう。

「はっ、弱ぇ力。それで意表をついたつもりかよ!」

 ヴァルトロは槍を掴み、奪い取ろうとした。だがその時、きらりと槍が輝く。

「熱っ……! なんだ、槍が熱を持って……!」

 アダムは不思議と「槍に引っ張られる」ような感覚を覚えた。

『ふ……面白い。少々助太刀してやるか。『利き腕』はやっぱ使えんがの』

 そんな声がどこからか聞こえ、左手にこれまで感じたことのないような強い力が入った。アダムはその勢いのまま、ヴァルトロの肩を激しく殴打する。

「いっつ……! なんだ、今の!?」

 間違いない……今の声と、この力を体に込めてくれたのは昏睡状態の時、夢で会った『ノーデンス』だ! そう確信する。

 でも、さっきの声はなんだ? あれは確実に今、自分に聞こえた『ノーデンス』の声とは違う。

 金属的でもっと優しくて、怖くて……女性とも男性ともつかないような、不思議な……。そして、確実にあのとき、時間が巻き戻った。

 どこからか、自分をどやす声が聞こえる。

『ボサっとするな、若造。今だけはわしに任せてよいからしっかりこの感覚を体に覚えておけ。先っちょは折れとるが、久しぶりに腕が鳴るのう!!』

 その声が響いたと同時に、一人でにアダムの左腕は再び槍を構え、これまでになかったような素早い動きで槍を地面に突き刺し、それをバネにヴァルトロに蹴りを入れた。ヴァルトロはあまりの衝撃で後退する。

 誰かに体の動きを奪われているものの、目や頭はそのまま眼前の像や体の感覚を捉える。やる気になれば、抵抗して動くことも可能だろう。ノーデンスに支配されている左腕以外は。だが、今はノーデンスに任せるしかない。

「ぐはっ……! なんだ、コイツ! こうなったら……」

 ヴァルトロの白目が血走り、赤く染まりだした。

 あの『目』を使うつもりだ。そう思ったアダムはとっさに目を閉じた。するとノーデンスの怒った声が聞こえた。

『これ! なんも見えんじゃろ、アホ! まあしゃーないか、確かにカチコチになったら困るからの。確か、この辺に置いたはずっ!』

 アダムの左腕はまたノーデンスの意思によってまた操られ、さっき地面に刺した槍を裏手で器用に引き抜き、目をつぶったまま、ぶんぶんと振り回す。そして、走っていく。

『なんとなーく、この辺に気配がある。ほれ!』

 ガンッ!!

 岩でも殴ったようなどでかい音がした。

「あぐっ……」

 痛々しいうめき声が聞こえ、目を開ける。すると、頭を殴られ、気絶して倒れているヴァルトロの姿があった。

『おっほっほ。でかい口叩いたわりに小物じゃのう~。ざまみろ』

 アダムの体を借りてノーデンスは嘲笑する。脳内のどこかで見ているアダムも、少しヴァルトロに同情心さえも沸いた。そりゃあ神様が乗り移った状態なのだ。勝てるわけがない。考えを飲んだように、自分の体を借りたままのノーデンスが言った。

『そなたは優しいのう。だーから簡単に足をすくわれるんじゃ』

「ノーデンス、だよな? なんで現れてくれたんだ?」

『そうじゃ、中で話そうか。わしもちょいと疲れた』

 瞬間、波音が耳の奥から響いてきて、意識がぷつりと一瞬途切れる。

 ザザ……ザザ……。

 真っ暗な闇の中、暗礁に波が打ち付ける。そこは、岩場に覆われた海だった。

 修練場にいたはずなのに……。アダムがそう思い、辺りを見渡したら、金色の丸い光が目に入った。

「ノーデンス、そこにいるのか?」

『ああ。ここはそなたの頭の中じゃ。ちょいと儂にとってよい環境にさせてもろうた』

「海が……そうなの?」

 アダムの反応を見て、ノーデンスは苛立ったようにぴかぴか明滅しながら言う。

「現身なんじゃから、儂の神話をもっとちゃんと読め! 海に住んでイルカみたいな乗り物に乗るとかナントカ書いとるじゃろ」

「そういや、渡された神話の資料で見たような。でも、それってトリトンじゃないの? 海の神様の」

『そいつは別神! アイツとキャラ被ってんのめっちゃ嫌なんじゃよ。儂、ほんとは絶世の美丈夫なのに、そっちにイメージ引っぱられて絵画とかジジイに描かれるから迷惑しとるんじゃ! お前ぐらいは別神だと理解せえ! わしは『ノーデンス』ッ!! トリトンじゃない!』

「わかった、わかったって……」

 同一視されていることに相当恨みがあるのだろう。光はぷりぷりとした怒りを表現するようにあちこちを漂った。

「それで、どうして出てきてくれたの?」

『儂は善神。ゆえに、そなたの『善』が気に入った。かわゆい娘を助けるために大した実力もないのにマドゥーサの半神に向かっていくガッツ! 中々よかった』

 微妙にディスられてないか……? そう思うアダムだが、善神ノーデンスは言葉を続ける。

『あと、無辜の民を助けようときつい訓練をこなそうとしとったな。そなたのそういうところ、儂的にポイント高いんじゃ。だからちょっと肩入れしてやった』

 しかし、アダムはうつむいた。もしノーデンスが力を貸してくれなかったら、今頃どうなっていただろう。

「でも、助けてもらわなきゃ、何もできなかった。俺はまだまだダメだよ」

『う~~~ん、それってなんか、悪い事かのう?』

「え?」

 ノーデンスの声は善神にふさわしく、優しい口調で言う。

『誰かに助けてもらうのは、悪い事か? お互いさんじゃろ。知らんけど』

 さすがは神様。いいことを言うな……と思ったが、最後の言葉でなんとなく気が抜けた。

「でも、イリヤだって助けられなかった。次こそはもっと強くなりたい……」

『ああ、あの若者は不憫じゃったな。しかし、致し方ない。儂が出てったとこで、あれはどうにもならんかった』

「じゃあ、あの時からずっと見てたのか? ノーデンス」

『そりゃあずーっと見取るよ、仮免中じゃからな。そなたがそこの娘とどうなるかも気になるし。若いっていいのう~!』

「えっ!? そ、それは誤解だ! ななな、何もないし!」

『カッカッカッ。まあそういうわけで、仮免は本仮免に昇格じゃ!』

 本仮免? よくわからない響きだ。

「つまり、まだ一人前じゃないってこと?」

『当たり前じゃろ。そのクソ弱状態で何を勘違いしとるんじゃ。レベル1アップぐらいだと思っとけ』

 やっぱり厳しい。だけど、1つは上がったなら、まだよかった。

『期待値ってやつじゃよ。ちょっと見ただけでも、そなたは人のために働こうとしとるからな。あんまり気負わず、引き続きやれ。よいな?』

 面倒くさそうに、だが愛情深くノーデンスは言った。命がけの世界なのに「気負わず」なんてできるだろうか? そう思いながらもアダムはノーデンスに答える。

「わかりました。頑張ります。そういえば、ガイアたちは? 石化ってどうやれば治るのかわからなくて」

「時間薬じゃ。マドゥーサの能力は大した時間もたん。せいぜい十分ぐらいじゃよ。だからあやつはクソ能力と言ってやまないんじゃ」

「そっか……ならいいんだけど。でも随分物知りだね」

「ま、あの蛇女とは色々あってのう。あんまり相性がよくないんじゃ」

「へえ……そうなんだ」

「やれやれ、モテる男は困るわい。ちなみにこの「やれやれ」ってやつ、有神時代にめっちゃ流行ったんじゃぞ。男が女にモテモテで内心ウハウハなのにうんざりした顔で「やれやれ」って言うんじゃ」

「はあ……勉強になります」

 ふとアダムは、そもそものことを思い出し、金色の光に向かって問いかける。

「そうだ、さっき時間が戻った気がするんだけど、それはあなたがしてくれたのか?」

「時間? 何を言っておる。わしがそんな芸当、できるわけないじゃろ」

 だったらやっぱり、あの時回廊で聞こえた声が……?

「時の流れを操れるのはヨグ・ソトースだけじゃ。そなたにとっては「必然」の神の力じゃな」

「どういうこと?」

「一万年前、我ら地上の神を殺したあと、ただ一人残った荒人神ゼルク・ラーによって、その肉体をバラバラに引き裂かれて眠り続けるヨグ・ソトース……。奴は今もなお、愛する巫女の名だけを呼び続けていると言う。見た目通り、ねちっこくて一途な奴じゃからのう」

「巫女? メルジューヌって人のこと? それがなんで、俺にとって「必然」なんだ?」

 金色の光は少しだけ弱弱しくなった。どこかその淡さには悲しみを感じた。

「悪いが……時間切れじゃ。では行け、アダム! 儂は常に目を光らせ、見守っておる。たとえそなたに何が起ころうとも……」

 ザザ……ザザ……。ザザ……。

 波の音が弱まっていき、潮が静かに引いていく。金色の光がアダムから遠ざかっていった。えもいわれぬ不安と寂しさが襲う。いやだ、置いていかないで。

 思わずそう口に出してしまいそうだった。

 はっと意識が現実に引き戻された。

 すると、ガイアが心配そうにのぞき込んでいた。

 アダムが目を開けるとほっとしたように笑う。

「よかった。ちょっと『想定外』があったけど」

「ん? 想定外……?」

 だが、穏やかな空気を破るように荒々しい声が響いた。

「おらっ、離せよてめえっ!! ふっざけんじゃねえぞ!」

 遠くからそんな声が聞こえたと思うと、黒い布を巻かれて目隠しをされ、アキリーズに腕をがっつり掴まれて拘束されたヴァルトロがいた。彼はジタバタと抵抗するが、アキリーズの力にはかなわないらしい。

「ビジョップ、アキリーズの権限により、お前を拘束し、王に処分をうかがう」

「クソがっ! あの気味わりぃインチキ王に告げ口しやがったらタダじゃおかねえからな!」

 アダムはぽかんとしてその様子を眺めた後、ガイアに尋ねる。

「あの、今ってどういう状況?」

 ガイアは一つ一つ、順序立てて説明を始めた。

「アダムはヴァルトロに反撃したあと、意識を失った。ヴァルトロもアダムの槍で殴られた後、一瞬意識を失ってたけど、すぐ復活した。それで、私達に斬りかかろうとしたの。でもちょうど石化がとけたアキリーズが自分のマントをちぎってヴァルトロの目を塞いだ。その間に私の石化もとけた。今はここ」

 簡潔で、わかりやすい……そう思ってしまった。

「そうなんだ……ちなみにさっき言った、想定外って?」

「アダムは一体何が起こったか、わかっているでしょう?」

 ガイアはそう言って静かに微笑む。

「まさか……時を戻して、未来が変わった……ってこと?」

「うん、ほんの少しね。結果は同じ。でも『過程』が変わった。結果よりも大切なことが」

 アダムははっとする。やっぱり、時間を戻せたのは真実らしい。

「時を戻す!? まさか、お前があの伝説の『銀の鍵の持ち主』だって言うのかよ!」

 目隠しをされたヴァルトロはそう叫ぶ。

「えっと、俺も全然わからなくて……」

 だが、あの時確かに自分はヨグ・ソトースの声を聞いた。銀の鍵が現れたのもこの目で見た。でも……一体どうして、ヨグ・ソトースの力で時を戻せたのか。

「そうなんだ。実は俺……」

 だが、ガイアは人差し指をアダムの口の前に立てた。

「言っちゃダメ」

 アダムは少しどぎまぎしながら尋ねる。

「な、なんで?」

「……また、二人だけのときに話したい」

 ガイアの綺麗な顔でまっすぐそう言われると、余計に緊張するが、納得せざるを得ない気持ちになる。

「あ……うん。わかったよ」

 その時、拍手が少し遠くから聞こえた。その方向を見ると、クリフが歩いてきた。

「クリフ!?」

「やぁ、みんな。平常時から特訓とは、勤勉だね。その志の高さに感激したよ!」

 いつもの冷たい様子とは違い、本当に熱がこもった口調でクリフはそう言い切った。アキリーズはヴァルトロを抑えたままで訴えかける。

「ちょうどいい。王、ナイトのヴァルトロが……」

「ああ、さっきのは実にいい『模擬訓練』だった。少しカメラの具合が悪かったけれど、マリアに修復プログラムを急遽作らせたんだ。しかと動向を見させてもらったよ」

 クリフが見ていた? だったらなぜ止めなかったんだ? 疑問が去来したアダムは思わず問いかける。

「見てたのに、止めなかったのか? ルールでは半神同士の私闘はダメなんじゃ……」

「『訓練』の一つ……だろう? 魔物の中には半神を食べて飲み込み、その能力を自らの中に取り込む種もいるようだからね。その場合は、普段は味方であるはずの半神の能力と対峙することになる」

 アキリーズは思わず逡巡しながら、静かに反論する。

「だが、こいつの目的は、俺達の能力を奪うことだったとはっきりと供述したぞ」

 そのとき、ヴァルトロは戸惑いでできたアキリーズの隙をつき、拘束を逃れた。そして目隠しをばっと取った。そして憎々しげに言い放つ。

「ご足労まこと痛み入ります、王様。俺はただの「訓練」を行っただけ。何も悪い事はしちゃいないぜ?」

 クリフは軽く笑って答える。

「そうだね、君は『訓練』、相手への『牽制』。そう言った理由で毎度、荒々しい行動をとってきた。記録によると100回は超えている。そろそろ飽きてきたよ」

 そしてつかつかとヴァルトロに近づき、首輪を軽く操作する。ヴァルトロは身構えたが、されるがままになっていた。よく見ると、わずかに握り締めた拳が震え、頬には汗をかいている。

 この荒々しいヴァルトロでまで、クリフを恐れているのだ。そう直感した。

「先日の討伐でもペアになった半神を放置して討伐を優先。ああ……神食係数が上がっているね。そうまでして他者の能力が欲しいのかい?」

 ヴァルトロは震えを止めた。そしてクリフをにらみつける。

「何言ってやがんだ、王様? 自分の仕事に必死だったことは悪かったが、ゴミ……いや、ペアの面倒を見ろとは命を受けていないぜ!」

 一切その言葉には悪びれる様子がない。彼は人を見捨てることは当然だと思っているのだ。

 しかも、仲間である半神を能力を奪うという目的によって平気で斬り殺そうとした人間だ。同じ仲間でも、絶対相いれない相手……。アダムはヴァルトロへの警戒心を改めて強める。

「なりふり構わず戦うのはあくまでもお国のため、自分を強くするためだ」

「大して活躍もしないまま半神が死ぬのは国家にとって損失。だが、君個人も有能だから、処分するとかえって損失。しかし次は本当に考えさせてもらう。いいね?」

 クリフはヴァルトロの首輪に手をかけたまま、耳元ではっきりと言い放つ。その口調が一切冗談でないことだけはその場の全員が理解した。

 クリフはそれだけ言って、ヴァルトロから少し距離を置いて言う。

「さて、今回の件についてあくまで『訓練』とみなしたのは、君に特別な任務を頼みたいからだ」

「特別な任務だと?」

「ナイトが数人犠牲になったせいで、現在の半神特殊部隊はひっ迫した状況。君には明日、残響地域での討伐を頼みたい」

 残響地域。その言葉が発された瞬間、ヴァルトロを顔色を変えた。

「ハァ!? あんなゴミ捨て場に行けだと!?」

「そうだけど? ああ、勅令警報があったら中断して構わないよ。すぐさまその現場に向かってくれ」

「普段の討伐に加え、あれで討伐数が重なって使い潰しじゃねえか」

「安心して。君の討伐限界数は考慮しているから。それに君が『銀の鍵の奇跡』を信じてるなら、恐ろしくなんかないだろう?」

 ヴァルトロは虚を突かれたような表情になる。クリフは冷たく微笑みながら続ける。

「問題行動はあろうと、実力の高いナイトを「処分」するには惜しい。だから、この仕事で信頼を取り戻してみせてくれ。さあ、どうする?」

 ヴァルトロは舌打ちをする。

「チッ……拒否権もねえのに、聞いてんじゃねえよ」

「では、お願いするよ。君の献身に感謝しよう」

 内容はよくわからないが、これはヴァルトロへの実質上の処罰なのだろう。用が済んだクリフはつかつかと歩いていくが、すれ違いざまにアダムの方を見た。

 そしてにっこりと微笑み、肩を軽くたたく。

「先ほどの君の活躍を見ていたよ。さすがだったね」

 思わず戸惑ったアダムは敬語で答える。

「……えっ、はい」

 すると、どこか子供っぽく、唇を尖らせてクリフは言った。

「なんで敬語なの。君は友達だからやめてって言ったじゃないか」

「ああ、ごめん。でも、さっきのは俺じゃなく、ノーデンスがやったようなものだから」

「それが素晴らしいんだよ! マリア、現在のアダムとノーデンスの適合率は?」

『25パーセントです』

「ああ、こんなにも上がってる。最初に比べれば大きな進歩だ。引き続き、この調子で頑張ってくれ」

 興奮したような様子でクリフは続けた。そんなにも適合率が高まることは嬉しい事なのか? 疑問ばかりが浮かぶ。

「う、うん……」

 クリフはどこか名残惜しそうな目をしながら、アダムの袖を軽くつかんだ。

「本当はもっと君と一緒に話したりしたい。ねえ、時間を作ってまた誘うから、来てくれる?」

 さっき、ヴァルトロを真綿で首を絞めるように詰めたときの様子からは想像もつかないほど、その声は寂しげだった。

「いいよ、もちろん。僕も君と話したい」

アダムはクリフを恐れながらも、本心からそう言った。

 クリフはぱっと顔を輝かせる。

「ありがとう! じゃあまたね、アダム!」

 そう言って去って行った。

「ご本人登場からの罰ゲームかよ、最悪の筋書きだな。しかもなんだアイツ、二重人格か?」

 ヴァルトロが憎々し気にぼやきながら、片手で髪をかき上げる。

「残響地域って、そんなにも魔物の討伐が大変なところなの?」

「あ? お前よくも普通に話しかけてくるな」

「だってヴァルトロを倒した。怖くなくなって当然」

 ガイアがぽつりとそう言う。

「い、いや。そんなつもりはないよ!」

 アダムは必死でフォローした。ヴァルトロは思わず拳を握り締めるが、ため息をついて必死でこらえたようだった。

 次は「処分」。クリフのその言葉が、冗談でもなんでもないと感じたのだろう。

「残響地域は、死んだ神々の残留意識が集まる洞穴だ。聖遺物レガシーの大半はそこで発掘されたが、最近は魔物が住処にしているせいで誰も近づけない。定期的に増えてたまってくそいつらをしこしこ倒してく、地味でしんどいクソみたいな仕事だ」

 神々の残留意識……。だったら、

「まあ、そこには神の意識と接触できるポイントがあり、体内の聖遺物レガシーとの適合率が上がると言われている。身体強化には悪くない」

「あの、俺もついて行っていい?」

「はぁ!? 何言ってんだ」

 アキリーズとガイアもぽかんとしてアダムを見る。

「あっ、特訓の為に。アキリーズには断られちゃったし」

 ガイアは何も言わず、見守っている。ヴァルトロはアダムを上から下まで見てから、少しだけ笑って言った。

「好きにしろ。だが、お前が途中で野垂れ死んでもほっとくぞ」

 アダムは狙い通りになったとほっと胸をなでおろす。

 ヴァルトロが認めた理由は一つしかないだろう。能力を奪うためだ。

 ヴァルトロはさっき、『銀の鍵』……つまり、時を戻す能力のことだろう、それに反応し、興味を示していた。だったら……この能力がほしいと思っているはずだ。

「ありがとう、よろしくお願いします!」

「フン。何が狙いかは知らねえが、寝首をかくのはお前じゃない、オレの方だ。そう覚えとくんだな」

 アキリーズも呆れたようにしてため息をつく。

「……よほど死にたいようだな。止めはせんが」

「大丈夫。そこでは二人とも死なない」

 ガイアがぽつりとつぶやく。アキリーズは収まりの悪そうな顔をしながら去って行った。

 ヴァルトロが明らかに敵意を込めた目で彼女をにらんで意地悪く行った。

「インチキ予言者が何を言う。てめえの予想が微妙だから想定外の死人が出てんだろうが」

 ガイアは少しだけ傷ついた顔をしたが、静かに笑って言う。

「そうね、信じるも信じないも自由だわ」

 そう言ってから、ガイアはアダムに近づいてきて手を握った。

「えっ……なに?」

 ささやくように、耳元で言う。

「残響地域では、収穫がある。君が求めるものに近いものを知ることができるはず」

 ガイアはやはり、全てお見通しのようだ。

 アダムは神の意識が集合した残響地域に向かえば、ノーデンスとの適合率を高められるかもしれないと考え、ヴァルトロに動向を申し出たのだった。

 そして、時が戻ったときに不思議な声が聞こえた理由も、突き止められるかも……そう考えた。

 危険だろうと、自分を知るためにはできることを全てやるしかない。どのみち、今の実力では魔物の討伐であっという間に命を落とす。

 自分が誰かも知らないまま、死ぬのはいやだ……。アダムはその感情によって駆り立てられていた。生命の危機と常に隣り合わせだからかもしれない。

 ヴァルトロは「明日の8時半、広場。遅れるな」とだけ言い残して城に戻っていった。

 アダムはガイアの未来予測で何か手伝えることはないかと言ったが、一人じゃないと集中できないからと断られた。

「それよりアダム。お願いがあるの」

アダムは彼女の美しいエメラルド色の目を見ていたら、何でもするよと答えてしまいそうだったが、はっと我に返って問いかける。

「なに?」

「次の新月……三日後に、有神祭があるの」

「ゆうじんさい……?」

「年に一度の、神様たちの慰霊祭のこと。人のために死んだ神様たちが、その日だけは人々の願いによって地上に蘇ると言われているの。ルルイエでは毎年、王国を挙げて盛大に祝う。世界がこうなる前からずっと」

「へえ、そんなお祭りがあるんだ。それで……頼みたいことって?」

 そんな祭りがあるということは、かつて神様と人間が手を取り合い、共存していた時代があったというのは、本当に夢物語やおとぎ話ではないのだろうか?

 ガイアは遠慮がちに、どこか恥ずかしそうに眼を伏せて言った。

「屋台やいろんな出し物がある。一緒に回ってほしい。最後にはすごく綺麗な流星ショーがあるの。この日は、星になった地上の神々が空を飛び交うと言われている不思議な日だから」

「いいな、楽しそう……! もちろん、いいよ。俺も行ってみたい」

 ガイアはきらりと目を輝かせる。

「よかった、王子様と行けるなんて、嬉しい」

「は!? あのー……さっきもだけど、なんで王子様って呼ぶの?」

「だって、王子様だから」

 ガイアの表情は一切冗談を言っているようには見えない。だがアダムは納得できずに反論する。

「おかしいよ、王子様ってクリフみたいに綺麗で品が良くて、浮世離れした人のことを言うんだろ。俺は普通の人間っていうか。あっいや、半神か」

 そう言いながらも、アダムはふと疑問というか違和感が沸くのを感じた。

 クリフは確かに高貴な雰囲気をまとった少年だ。白魚のような手や気高い猫を思わせるブルーの瞳、長い巻き毛の金髪は天使だと言われても信じてしまうほどの輝きを放っている。

 だが容赦なく自らの触手で魔物を皆殺しにするときの迷いのなさ、半神たちを首輪で管理する冷酷さや、ヴァルトロやアダムを追い詰める言葉の厳しさとその姿の美しさは真逆なほどに相反していた。もっと、王子様は優しくないといけないんじゃないか? そのとき、キィン……となぜか、頭が痛んだ。

『王族は常に国民の友、そして忠実な奴隷であり続ける。いつ何時も、身を粉にしてでも人に優しくあるべきなんだ。優しさを忘れた王に未来はない』

 今、一体何を考えた……? まるで記憶だ。いや、記憶というよりも今のは思想に近い。いつしか体に刻み込まれて、一生忘れられないような、強いものだ。。

「アダムも綺麗だよ。自分で気づいてないだけ。でも、見た目だとか、綺麗かどうかは関係ないの」

 ガイアの言葉がふっと耳に入り、現実に引き戻された。ガイアはなぜか、少し悲しい目をしている。

「王子様かどうかは生まれながらにして決まるの。私がお姫様になれないように」

「どうして? ガイアはどう見てもお姫様じゃないか」

「えっ……なんで」

「あー。可愛いし、優しいから……かな」

 ガイアは顔を赤らめる。それを見て、アダムもなんとなく照れて、何も言えなくなる。

「もう、行かなきゃ。繭を見てくる」

「あ、うん……気をつけて! また……」

「三日後、楽しみにしてる。最後にはすごく綺麗な流星ショーがあるの。この日は、星になった神々が空を飛び交う不思議な日だから」

「へえ、すごいな……」

 二人はそれだけをぎこちなく言って、別れた。

********************

 その日は勅令警報もなく、アダムは独りで槍の鍛錬を行い、城の中の図書館に寄ってノーデンスについて調べて一日を過ごした。だがいつ招集がかかるかわからないため、気は抜けない。

 他の半神も同じなのか、城の中の空気はぴりぴりとしていた。

 そして図書館で神話の本を借りたはいいものの、ノーデンスに関してはさほど情報がない。

「ちゃんと読めって言われたけど、肝心の神話があんまりないんだよな……」

 それでも借りた以上はもったいないので読もう。そう思ってアダムは部屋に戻ることにした。シャワールームも部屋の中にある。とりあえずは帰ってシャワーでも浴びよう。今日は色んなことがあった……。

 そんな風に思いを馳せながら部屋の扉を開く。すると、そこには……。

「あ? なんだ、お前。勝手に入ってくんじゃねえよ」

「いや、ここ俺の部屋だし……って、えっええええええ!!!」

 部屋の散らかった汚いベッド……。それを見て、ルームメイトは誰だろうと確かに考えた。今後が少し不安だとも思った。

 だが、こんなこととは思わなかった……。アダムは冷や汗をかきながら叫ぶ。

「ヴぁ、ヴァルトロ!? なんで?」

 ヴァルトロはどこか人を小ばかにするような表情を作った。見覚えがある……クリフだ。そして声色を高めに変えて言う。

「『君はナイトとしての自覚が足りない。ルームメイトもいないから協調性が以前にも増して損なわれているようだし、誰かと暮らしてもらおう』……だとさ!」

 ヴァルトロはそう言いながら、食べかけのスナック菓子に手を突っ込んで食べた。しかも散らかったベッドではなく、アダムが寝ていた方のベッドで。

「そうなんだ。まさか、君がルームメイトなんて、びっくりしたよ」

「それはこっちの台詞だぜ。せっかく気ままな一人部屋生活だったのに……あいつがいなくなってから、ずっと」

 彼は終始イライラしながら言い放つ。

 だが、最後の言葉には苛立ちというよりも、ぽっかりとした空虚を感じるようなしらじらしさと寂しさがあった。

 アダムは意を決してヴァルトロに近づいていく。そして片手を差し出す。

「あ? なんだよそれ」

 イライラとしたヴァルトロは菓子を食べる手を止め、アダムを見上げる。

「ヴァルトロ、色々あったけどよろしく。ルームメイトとしても、残響地域に行く仲間としても、これからお世話になります!」

 ヴァルトロはしばらく、アダムの手のひらを見つめていた。そして手を差し出し……次の瞬間、思い切りアダムの手をひねり上げた。

「いっ、いてててて! 離して!」

 ヴァルトロはにやりと笑い、手を離しながら言い捨てた。

「ばーか。てめえなんか誰が世話してやるかよ」

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