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1章4話

「だ、大丈夫かな? 城に戻ったら、お見舞いに行かなきゃ……」

 イリヤと共に山を下りながら、アダムが呟いた。

「さっきあんなにアキリーズ長官に釘刺されたのに!? そのメンタル、ある意味尊敬するわ……まあ、ともかく帰ろう。麓まではあと少しだよ」

「でも、ガイアが心配でさ。急に倒れるなんて」

「見てわからないか? 手の打ちようがないし、仕方ない。きっと神食が進んでるんだろう。彼女は二重神性だから、僕たちよりずっと早いはずだ」

「二重神性って……さっき言ってた、神様を体内に二人ぶん取り込んでるって言うのだよね。あと、神食って何?」

「質問ばかりだな……。目覚めて最初に渡された資料ちゃんと読んだの? むしろそこがボクたち半神にとって一番重要なぐらいだけど」

「そこが一番重要? なんで」

 イリヤは顔を曇らせ、言葉を紡ぎ始める。

「君も知っておくべきだね。アダム、半神って言うのはさ……」

 だがエリアを一つ越えたところに差し掛かったそのとき、大勢の蝙蝠が飛来してきた。

「なっ、なんで!? 今日の分は全部倒したんじゃないか!?」

 イリヤは意外と冷静に弓を構えながら言った。

「繭の破裂の予測洩れだな。最近、よく外れるんだ」

 弓から矢を放つと一匹の蝙蝠が断末魔を上げながら死んだ。だが、その背後からさらに大量の個体が現れる。

「ひっ……たくさん出てきた! 帰り道にここを通った半神は大丈夫だったのか!?」

 アダムがそう言いながら前方を見ると、半神が二人、倒れていた。二人とも血まみれで、もう命がないことは明らかだ。そのうちの一人の体からはなぜか、肉厚の触手のようなものがぬらりと這い出ていた。まるで、何かが内側から体を食い破ったかのような……。それでいて、彼には頭部がなかった。ショックで思わず、吐き気を覚えるアダムだが、イリヤは淡々と言った。

「『神食』で死んだみたいだな……、もう一人はたぶん、その暴走に巻き込まれたんだ」

 だがふとアダムはイリヤの背後を狙う蝙蝠に気づく。

「イリヤ、危ない!」

 すかさず槍で刺し、仕留める。ほどなくして蝙蝠は黒い灰となって消えた。

だがその時、イリヤは首の後ろにぞわりと熱を持った肉厚の何かが這う感触を覚えて、ぞくりと背筋を震わせた。

明らかに見たことのない怯えの表情を浮かべたイリヤにアダムは違和感を覚える。

「イリヤ? だい、じょうぶ……?」

イリヤは質問に答えず、本能的な恐怖と嫌な予感から、自分の首輪を操作してボタンを連続で押す。すると首輪の電子盤に、赤く染まったゲージと共に、「1」と数字が表示されている。それを見た瞬間、イリヤの顔は一気に真っ青になった。

「なっ……なんで!? まだ、討伐限界数には余裕があったはずなのにっ! いや、倒してなくても、あのムカデを攻撃したせいか……!? そうだ、ガイア・モイラが倒れたのも……!」

「どういうこと? 何かあったの?」

 アダムはパニックに陥ったイリヤの肩を思わずゆする。だが、横からまた蝙蝠が襲って来て、槍で貫いて倒す。するとイリヤがあきらめたように、意を決したように言った。

「アダム、悪い、ボクはもう無理だ……。あとの奴らはお前が倒してくれ! 頼む!!」

 事情は理解できないが、切羽詰まって懇願するイリヤの声にただごとではないと感じたアダムは必死でうなずいた。

「わかった、この間に逃げろ、イリヤ! ここは俺がせき止めるから!」

 さらに襲ってきた魔物を倒しながらアダムはそう言い切る。イリヤは一目散に走っていく。だが、イリヤの後を数体のこうもりが飛来し、追っていく。

アダムはその追っ手を倒そうとしたが、ほかの個体に遮られてしまう。仕方なく、イリヤが逃げ切れることを祈りながらその後姿を見守るしかなかった。

「頼む、逃げ切ってくれ……!」

アダムを襲う蝙蝠の魔物たちは手強く、槍で貫き、あるいは殴打してどうにか倒せるが、個体数が減ることがなく戦うたびに消耗していく。

何度も噛みつかれ、鋭い爪で裂かれて体が傷だらけになっていくが、どんどん敵は増える一方だった。

「ぐっ……さすがにまずいかも……」

 アダムは息もたえだえに呟く。

でもなぜ、こんなにも増える……? そう思って辺りを見渡すと、いくつもの卵を身の回りに張り付けた蝙蝠が一体、木の傍にいた。卵にはいまにも孵らんと、徐々に膨らんでいく。おそらくあの母体の蝙蝠を倒さないと、卵を産み続け、出現が止まらないのだろう。

 アダムは絶望に震えた。だが、イリヤを逃げ切らせるためにも、蝙蝠は全て自分が倒す必要がある。

でも、あの巨大な母体を相手に倒せるか……!? 小型の蝙蝠だけでも必死なのに。

「あああああああああ!!」

 その時、少し離れた場所からイリヤの声がした。声が下方向を見ると、血まみれの矢を持ったイリヤがわなわなと震えながら必死で叫んでいた。

「し、仕方なかったんです! 追っ手が、首に噛みついてきて……殺されるところだったから矢を放った! それだけなんだ! 討伐限界数を超える気なんて……」

 イリヤは天を仰ぎ、何か大いなるものに祈るようにうわごとを言う。

「イリヤ!? 今行くからっ!」

 アダムは目の前の敵を倒しながら走り、どうにかイリヤの元に向かった。魔物に邪魔されて、とてもじゃないが先に進めなかったのだろう。

「イリヤ、大丈夫? 俺ももう、ボロボロで蝙蝠を抑えてられない。一緒に山を下りよう! 二人で一緒に逃げればなんとか……」

「アダム、ボクから離れて!」

 しかしイリヤは、矢を抜いて振りかざし、アダムを拒んだ。

「えっ、どういうこと……!?」

 体を震わせながらもイリヤはにっこりと笑った。そして震える声で続ける。

「なあ、アダム……ムカデの目に槍、刺してくれてありがと。そうじゃなきゃ、きっとあのときに死んでた」

 そのとき、イリヤの首辺りや腕をぼこりと太いミミズ状の何かがボコッ!!と這うように膨らんだ。

アダムは驚き、思わず後ずさる。その膨らみはひどく禍々しく恐ろしく……あまりに非現実的な様相を帯びていた。

「な、なんでお礼なんて言うんだ? だ、大丈夫だよ、イリヤ。一緒に山を下りよう。イリヤみたいな先輩がいてくれないと、俺、不安だし……」

だが、そう言いながらもアダムの足は静かに後ろへと遠ざかっていく。イリヤの皮下を這うミミズのようなものが、今にも肌を食い破って弾けてきそうだったからだ。

「ご、ごめん。なんで離れちゃうんだろ? おかしいな……」

「いいよ、アダム。できるだけ後ろに下がりながら聞いてほしい」

 イリヤは笑顔のまま続ける。すると彼の目から、血の涙が流れ始めた。

「ボクは君みたいに機転がきかない。だからずっと、入隊から2年も経つのにポーンのままだったんだ……。かっこ悪いだろ?」

「そんなことない。イリヤは頼れるし、いい先輩だよ!」

 だが、イリヤは首を横に振る。

「ウザいとか言って、ごめんな。ほんとは少し、初陣であんな風に動けたアダムのことがうらやましかったんだ」

 イリヤの歯はガタガタと震える。首輪の電子盤が赤く光り出し、そこには共通言語バベルトで「Fulfillment(天命成就)」と記された。

「首輪が……!? なんで!?」

「なあ、アダム、ボク、実はね……」

 だがその瞬間、イリヤの口から肉厚の触手がぐちゃりと何個も這い出た。アダムは思わず声にならない叫びをあげた。

「ひっ……!」

 するとイリヤの首輪が激しい警報音を鳴らしながら、間髪入れずに「ピシュン」という音がした。瞬間、イリヤの瞳が光を失い、その体が崩れ落ちる。口から出た触手もしおれるように力を失って萎えた。

「……い、いりや……?」

 アダムは恐れのあまり、槍をカラン、と地面に取り落とし、膝から崩れ落ちた。

 さっき聞いた、首輪の針毒でイリヤが死んだのだと遅れて察する。

でも、イリヤが逃げたのは担当外のエリアだ。逃亡もしていないし、違反もしていない。なのに一体どうして……?

「お、起きてよイリヤ……! 俺達、帰らなきゃ……早く! い、一緒にいてくれなきゃ、こま……困るよ!」

 あまりのことに声が震えて、言葉さえまともに出てこない。背後に近づいてくる魔物の気配すら忘れて、アダムはイリヤの元へ駆け寄りながら叫ぶ。そして触手を吐き出し、息絶えた体を必死でさすった。

「い、イリヤ……死んじゃだめだ! き、きっと気絶しただけ、だよな?」

 だが、そんなわけはないんだと、すでに冷たくなった体を触って確信した。

初めて、目の前で人が死ぬのを見た……。

 ギシャアアアア!!

 蝙蝠の魔物が牙をむき、襲い掛かってくる。アダムが呆然と振り返ろうとした瞬間、その魔物は無数の青紫の触手のようなものに貫かれて息絶えた。

 カツン、カツン、とブーツのヒールが地面を叩く音がした。そこに立っていたのは……。

「アダム。初陣にしては不運が続いたね。心から同情するよ」

 イリヤと共に地面にうずくまるアダムの上から冷たく、何の感慨を抱いているのかと常に疑わせるような声が降ってくる。

命が奪われる戦場で恐ろしいほどに冷静な声の持ち主はただ一人……

クリフが立っていた。クリフが現れたこともだが、それ以上にアダムは目の前の光景に驚き、息を呑む。

 蝙蝠を刺し貫いた触手。それはクリフの背後から現れた。さっきイリヤの口から這い出たものとも似ているが、それよりもっと禍々しく、太く恐ろしい様相だ。

なぜ、どうやってこれをクリフが操っているのか……?

「君の体力も精神力もすでに限界寸前、さすがにここは処理が難しいだろうから、あとは僕が引き受けよう」

「じゃあ、今のは君が……?」

 クリフは気配を感じ、アダムに背を向ける。蝙蝠の卵が割れて、新たな蝙蝠が生まれたのだ。

瞬間、クリフの白いマントが風に吹かれて巻き上がり、大きく開いた背中が見えた。そして……背中から無数の触手が這い出て、まるで素早い毒蛇のように激しくうねりながら前方へ伸びていく。

「ひっ……!」

「恐ろしいなら、目をつぶっていてもいいよ。アダム、君は僕の友達だからね。特別に許可しよう」

 その言葉をもかき消す勢いで、クリフの背から這い出た青紫の触手は一気に、空へと舞い上がる無数の蝙蝠を串刺しにした。

とどめには、母体となった大蝙蝠と卵も全て触手で貫き刺し、辺りの地面とクリフの触手は、魔物の体液で覆われる。

ギシャアアアアア!!!

 激しい断末魔と共に、魔物たちは黒い灰となって消えた。

クリフはわずかに息を吐き、触手を全ての獲物から、ずるりと引き抜いた。

するとほどなくして、すべての触手がまた激しくうねりながらクリフの背中へと戻って吸い込まれていく。

空中に大きく広がりながら収縮していくそれは、まるで黒い天使の翼のようだった。

「クリフ。き、君は一体何者なんだ?」

クリフは再び振り向き、少しだけ笑った。アダムは畏怖のあまり、気づけば腰を抜かし、地面に尻をついていた。

「もう名乗ったと思うけど? 君と同じ半神……クリフ・クトゥルー・オールドワンだ。そしてこの触手こそが、僕が夢見の邪神クトゥルーより継承した異能」

クリフは冷静な様子で右手人差し指の赤い指輪に向かい、「マリア、想定外の繭の破裂と魔物の急なレベル上昇について説明しろ。僕が担当していたSクラスのヒドラも今回は処理に少してこずってしまった」、そう語り掛けた。

『解析できません。原因があるとすれば、アザトースが力を増したからかと。証拠に、ユゴスから繭へと送られてくるエネルギー値が以前より上昇しています』

「なるほど。今回は死者がいつもより多かったしね。レベルごとに割り振りはしたが、想定外だった。もっと個々の強化、および人員を増やすしかないな」

 クリフは淡々と言い放ち、マリアに「もういい」と声を賭け、少し肩がこったように首を軽く回した。壮絶な戦いを終え、何より人の死を見たばかりとは思えないような仕草だった。いや、それともあまりに「これ」に慣れているのか?

「アダム、いつまで座り込んでいるんだ? ちなみに、今日の君の働きは悪くはなかった。監視モニターで見ていたが、初陣でレベル50のムカデの目を貫いた機転の良さは評価に値するよ……だが、やはり適合率の低さが問題だな。もっと、ノーデンスとの親和性を高める努力をしてくれ」

 クリフの話していることが頭では理解できても、目の前で起こった束の間の相棒の死に、アダムの心は囚われていた。思わず、クリフに向かってどこか抗議のような色を含んだ声で問いかけてしまった。

「い、イリヤはどうなるの……? なんで、魔物を攻撃しただけで死んだんだ?」

「彼は討伐限界数に達した。すなわち、神食度が最大限となってしまったんだ。もしも首輪の粛清機能で眠ってもらわなければ、体内に埋め込んだヨグ・ソトースの肉塊に神食されて二目と見たれない異形と化し、暴走していただろう」

「ヨグ・ソトースの、肉塊? 俺達が体に埋め込んでるのは神の遺物レガシーじゃないのか?」

 クリフはどこか可愛らしく小首をかしげて言う。

「うーん……? 神食度を鑑みて、低レベルのエリアに割り振ったんだけど。今回はイレギュラーなハイクラスの魔物との戦闘があったせいだな。こんな不運は避けたかったが仕方ない。今回の損失はポーンのみ、ナイトは独り治療中。想定内の範囲だ」

 その言い方にはどこまでも感情がこもっていない。イリヤの死についてまったく心が動いていないのだというだけははっきりとわかる。

「ちゃんと質問に答えてくれ、クリフ……僕たちは神様の遺物レガシーを体内に取り込んだ半神なんだろう!? なのに……その、ヨグ……とかいう肉塊に食いつぶされるのはなんでだ?」

「資料の最後の方に記載があるじゃないか。まあ仕方ない、友達の君には説明してあげよう。ただし仕事が混んでいてね。いったん城に戻って、僕は仕事、君はお茶でも飲みながら話をしようじゃないか」

 クリフはやや乱れたマントの位置を直し、地面にしりもちをついたままのアダムに手を伸ばす。

「ほら、立って。アダム。戦いは始まったばかりだよ」

 容赦なく明るい月明かりが照らす中、クリフの美しい顔に浮かべた笑顔が空恐ろしかった。それに、イリヤの最後に見せた限界の笑顔が一瞬被る。

 あんなことがあったのに、人の死をどうにも思わない、黒い触手の天使。それがクリフ・クトゥルー・オールドワンという人間なのだ。

この青白く美しく……だが痛々しいまでに痩せた儚い手を取ってしまえば、もう二度と戻れないんじゃないか……?

 いや、すでに「半神」となり、この首輪をつけられた時点で、俺たちに逃げ場はないんだ。だったら……。

 アダムはクリフの手を借りずに立ち上がった。その動きを見たクリフは少し悲しそうに眉をひそめて、手をひっこめた。

「そう。やっぱり僕がいやかい?」

 その不機嫌で悲し気な声を聴くと、なぜかちくりと胸の奥のどこかが痛んだ。だが、アダムは強い意志を持って伝える。

「いや、そうじゃない。俺も、君と同じ半神だ。だからこそ今は弱くても、自分で立たなきゃいけない。足を引っ張らないように……これ以上、誰も死なせないために」

 クリフはその言葉を聞き、少し驚いたように目を丸くしたが、ふっと不敵に笑った。 

「初陣ご苦労様。君を信頼しているよ、アダム」


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