1章3話
城の庭、すなわち広場には大勢の軍服を着た者たちが集合した。外は薄曇りのような明るさで、ハチの巣のような赤い網状のホログラム線が張り巡らせている。
アダムは思わずつぶやく。
「へえ。あの赤い網みたいなのが、シールドなのか……」
「すごいでしょ。ボクも最初見た時びっくりしちゃった。でもあれが守ってくれるのは王都だけだ。もともと都会生まれのエリートか、移住できるお金持ち以外は悲惨だよねえ」
からりとした軽い声に振り返ると、肩ぐらいまでの薄青い髪をした小柄な少年がいた。
アダムはふと、さっきクリフに確認するよう言われた「初回戦闘に備えて」という資料に載ったペア相手の顔写真を思い出そうとするが、記憶があいまいだった。目の前の少年に悪いなと思いつつ、「マリア、初回戦闘のペア相手は?」、そう呟く。
すると「わかりました」という機械音声と共に、ホログラム状の透明な薄板が浮かび上がり、初陣のペア相手の画像が表示される。
顔を見比べると、間違いなかった。マリアに資料をしまうように要請したあと、アダムはイリヤに向き合い、握手の手を差し出した。
「君がイリヤなんだね。今日はよろしく! こんな名誉ある使命に選ばれて嬉しい。初めてで迷惑かけるかもだけど、精一杯頑張るから、何でも言って! 後輩だし、荷物持ちでも何でもやるからさ!」
イリヤは戸惑いながらも、手を握り返し、苦笑いを浮かべて言った。
「ウザ……いや、なんか前向きだよねえ、君。こんなにもテンションの高い半神は少ないから驚いちゃった」
「えっ? そういえば、確かにみんな、静かっていうか、落ち着いてる……な?」
アダムは思わず周りをきょろきょろと見渡した。すると、あたりには緊張した者や、苛立ったように眉間にしわをよせている者、いずれもこわばった表情の者ばかりだった。
「まあ、今のうちに周りを見とけよ。場合によっては厄介な人と組まされたりするからさ。僕も左官ナイトのヴァルトロさんと組まされた時は殺されるかと思ったし」
「えっ、ころ……?」
「ああ、不安にさせてごめん。とりあえず君新人だし、補助装置を貸してもらえないか、ビジョップのアキリーズ長官に聞いてくるよ」
「補助装置って?」
「首輪につける補助機能だよ。小さな接続端子で、個数の用意があまりないから新人ポーンだけがつけられるようになってる。それがあれば、敵の接近なんかをアドバイスしてくれるんだ。じゃ、ちょっと待ってて」
イリアはアダムに背を向け、走っていた。顔の半分に仮面をつけた大柄な男性のもとで止まったので、彼がおそらく「アキリーズ長官」なのだろう。
それにしても、初めて組むのが気がよくて、優しい先輩でよかった……アダムはそう思い、ほっとした胸をなでおろす。
「チッ……お友達ごっこに偽善。どいつもこいつもくだらねえ」
どこからか敵意の込もった声まで聞こえ、アダムはその主を探そうとする。
だが、その時どんっと誰かにぶつかった。ふわり、とやわらかい花のような香りがただよう。
「ごめん、大丈夫!? 当たっちゃったね、わざとじゃないんだけど」
ぶつかった相手は長い銀髪の少女で、ややうつむいたまま、「大丈夫」と言った。緑色の目はどこかぼうっとしたような印象で、不思議な輝きを放っていた。アダムは思わずその美しさに見とれてしまった。
視線を感じたのか、顔を上げた少女はアダムを見てなぜかはっとしたような表情を浮かべたが、静かな声で続ける。
「探し物をしていて、私が前を見ていなかったの。だから、あなたのせいじゃない」
「探し物……? よかったら一緒に探すよ。どんなものをなくしちゃったの?」
「緑色のリボン……強い風が吹いたときに、飛んで行っちゃった。だけど、いい」
「おーい、補助装置、借りてきたよ。つけてやるからちょっと……」
ちょうど戻ってきたイリヤはアダムたちの様子に気づき、驚いたようにアダムの腕を引っ張って、小声で耳打ちした。
「お前、何やってんだよ。二重神性のビジョップ、ガイア・モイラに話しかけるなんて!!」
イリヤが何を言っているかはわからないが、彼女はガイア・モイラという名前で、何やら恐れられている存在だということがわかった。
「ちょっとぶつかっちゃって。それより、彼女、大事な物をなくしたみたいで困ってるんだ。助けてあげないと」
「はあ!? 戦闘前だぞ! もう行かなきゃ王に首輪で……」
「本当に大丈夫だから。それじゃあ」
ガイアはそう言って背を向けて去っていく。アダムは周りを見て、目をこらした。風に飛んで行ったと言ってもそんなに遠くまで行くはずはない。
「イリヤ、先行ってて!」
「もう……五分後に出動だからそれまでに戻って来いよ!」
アダムは返事の代わりにイリヤに手を振って広場を走り抜けていった。ガイアもぽかんとした目で見送った。
彼女も城からここに来たのだから、城までの通り道で「風にさらわれた」はずだ。だが、しばらくあちこちを見て回ったが、見当たらない。だが、また風がふいて、かさり、と音が上方からした。
音がした方を見ると、それは高い木の枝にリボンがぶらさがっていた。
「あった! よし……!」
アダムはジャンプして、リボンを掴もうとしてみたが、木の枝は地面から3メートル近く離れており、当然のごとく届かない。すると、後ろから声がした。
「そこにあったんだ。ありがとう、探してくれて」
ふと、振り返ればガイアが立っていた。足音をまったく感じなかったが、アダムを追ってきたらしい。
「うん……ごめん、なかなか届かなくって……!」
「どう見ても無理。私が……」
だがアダムははっと何かを思いついたように、背中に背負った槍を掴み、木の幹に向かって大胆に突き刺した。
「は? 何をやってるの? それは、魔物を倒す聖遺物……」
「この突き刺した槍の上から飛べば、いけるかも!」
さすがに冷静なガイアも少しだけ目を見開き、反論した。
「やめて、危ない」
だがアダムは言うことを聞かず、棒の上にひょいっと乗っかり、ぐらぐらとする槍を足場として、さらにジャンプし、リボンをつかみ取った。
……だが、次の瞬間。
「あっ……! お、落ちる!」
うまく棒の足場に着地できなかったアダムは思わず恐怖から目を閉じる。
しかし落ちていきながら、本能的に頭を庇って体重を分散させようと、うつ伏せの体勢を取り、手と膝を地面に着いて墜落した。
しかし、なぜか勢いよく地面についたはずの手や膝には大した痛みを感じなかった。なんて運がいいんだろう……。
「は~びっくりした! でも、あんまり痛くないし、リボンは取れたし、よかっ……」
だが、ゆっくりと目を開けると、すぐ自分の顔の真下にガイアの顔があった。
つまり、ガイアを押し倒しているような体勢になったアダムは驚き、顔を赤くしながら急いで離れた。
「あっあああああ! ごめん!」
大きな瞳に桜色の小さな唇。近くで顔を見たら本当に可愛い……。そう思ってしまったことも含めて、恥ずかしくてたまらなかった。
「君が真下にいるとは思わなくて! こ、このリボン……どど、どうぞ」
ガイアは特に気にする様子もなく、顔をそむけたままのアダムからリボンを受け取りながら言った。
「ありがとう。助かった。本当はこれ、ママからもらった大事なものだったの」
ガイアはリボンを安堵したようにやさしく撫でたあと、それで髪を束ねて結んだ。苦手なのか、ひどく雑な結び方で、ともすればまたすぐに解けてきそうな危うさだった。
アダムは手持ち無沙汰になっていたが、思い出したように、木に突き刺した槍をぐっと引き抜く。
ふと一瞬、槍が金色に輝いた気がした。だが、すぐにその輝きは元に戻る。アダムは気のせいか、と特に気に留めることもなく、背中にしょった。
「それにしても、この辺の地面って柔らかいんだな。あんなにも上から落ちたのに全然痛くなかった」
「だって私が地面、少し柔らかくしたから。傷はないはず」
「えっ……? じゃあ君が?」
それが半神の異能なのだとアダムはしばらくして理解した。ガイアは呆れたような、どこか愛おしいような様子でつぶやく。
「あなた、やっぱりお節介」
「やっぱりって?」
「……じゃあね、アダム。もし生き残れたらまた」
そう言ってガイアは去っていく。ふとアダムは首輪の操作盤を押し、時間を確認して焦った。
「やばっ、一分前……! 急がなきゃ!」
走って広場に戻っていきながら、アダムの胸にはある疑問が生まれた。
何故ガイアは俺の名前を知っていたんだろう? 彼女には名乗っていないのに。
だが疑問を忘れるほどにイリヤにこっぴどく叱られ、そのことに頭を悩ませる暇もなく、アダムたちは現場に急いだ。
「ねえ、少し疑問なんだけど」
討伐を命じられた地点を目指しながらアダムは聴く。
「なんだ?」
「繭が壊れたなら、もっと早く行かないといけないんじゃないか? 近隣住民もいるだろうに」
「直前までガイア・モイラの落とし物探ししたお前が言うの、それ?」
ジト目のイリヤにイラっとした物言いをされて、アダムは急いで謝る。
「本当にごめんって。悪かったよ」
すると、イリヤはため息をつきながら答えてくれた。
「警報は繭破裂の一時間前に予報告知があるようになっている。急な出動だと、半神部隊が揃わない可能性があるからな。だが遅刻したりすると罰則があるんだよ。ペアだと連帯責任だ」
「なるほど、そういうことならわかる……じゃなくて、ほんとにごめん」
「まあいいや。そんなことよりアダム、ガイア・モイラに何か……言われなかったのか?」
イリヤはどこか恐れるような口調で聞いた。だがアダムは飄々として答える。
「何も。探してくれてありがとうって言ってくれたよ。大事なものだったみたいでさ」
「そう……ならよかった。彼女、『死の予言』で有名なんだ。何人もの半神が彼女に死を予言されて、その日にまったく彼女が言った通りに死んでる」
「えっ……」
思わず、アダムは息を呑んだ。だがイリヤは冷静にエリアマップを開き、「こっちを右に行けばあと少し」と指さしてアダムを導く。
ここはルルイエ北東の山岳地帯だが、足場がどこもかしこも悪い。歩きにくさに思わず、つんのめりそうになりながらアダムは進み、さっきの話題を続ける。
「それって、あのガイアって子は未来がわかるってこと?」
「そういう噂だ。何せ、二重神性、二つの神を同時に取り込んで適合した規格外の半神だし、素質も戦闘力も普通の半神の倍以上だからな」
二つの神を取り込んだ……? そんなことが可能なのだろうか。
「さっき、ビジョップとか言ってたよね。僕たちが歩兵のポーンってことは、あの子、僕たちとは何か違うの?」
「当たり前だろ、ボクたち下っ端のポーンなんかより、ビジョップはすごく偉い。チェスの駒の名前がボクたち半神特殊部隊の階級になってる。ボクや新人のアダムはポーン(歩兵)でただの兵卒、ナイトとビジョップは右翼と左翼を担う将軍、ルークは元帥、クイーンは王に匹敵する権限を持つ副王……クイーンだけは今のところいないみたいだ。軍服に駒の形のバッチがついてるから、それを見ればわかる」
ふと、イリヤは立ち止まる。そして空を指さした。ちょうど少し真上に、今にも破れそうな繭があった。無数の目を持った蜂のような巨大な虫が中に入っている。
アダムは思わず息を呑みながら、金の先がない槍を構えた。イリヤはその姿を見て、少し不安げに問う。
「お前の武器、ほんとにそれなの?」
「うん。これで突いたり、叩いたりしたら倒せるってクリフが言ってた!」
「雑……。ってか、何で王様を呼び捨てなんだよ。あの人が怖くないのか?」
「友達って言ってくれたから。あと、同じ半神の仲間だって」
「はあ……どう考えても冷たそうで厳しくて、腹の中がわからなくて怖いだろ。あの綺麗な顔が余計におっかないし。そうだ、アダム。一個だけ言っとくよ」
「え?」
イリヤは少し顔を曇らせ、唇を震わせながら笑顔で言った。
「ボクは神食係数が高い……。つまり、討伐限界数がもう残りわずかなんだ。だから、もしボクが危なくなったら、その時は全力で逃げて……。いいね?」
「神食? その、さっきも言ってたけど、討伐限界数って何?」
イリヤはどこか不安そうな顔で口を開き、何かを言おうとした。だが、アダムの首輪に装着した小型装置が発光し、機械音声で告げた。
「敵襲察知。頭上に注意」。
アダム達が思わず上を向くと、いくつも垂れ下がった繭がバリバリバリッ! と割れて蜂の魔物が現れた。アダムはとっさに槍で突こうとするが、飛来する蜂は難なく逃れる。
イリヤは弓矢を取り出し、瞬時に放った。すると命中し、蜂が黒い灰となって消滅していく。
「アダム。コイツらはみんな、邪神アザトースの眷属だが、位が下だ。つまり、どこに打っても攻撃が届く」
「届かないのもいるの?」
「上位になるとな。コアと呼ばれる必中部位に命中させないと倒せない。だが、幸い雑魚的だ。これぐらいならボクの討伐限界数も持ちそうだしね! アダム、後ろ!」
アダムは思わず振り向く。すると、ばっくりと口を開けた蜂がこちらへ向かってくる。恐怖が襲うが、アダムは震える手で槍を握り、口に向かって突き刺した。
すると、黒い灰が散っていく。
「お見事、それでいい! この調子でここの奴らを殲滅してくぞ。アダムはそっち側を頼んだよ!」
「ああ、わかった!」
繭からは無限に魔物が生まれていく。初心者でも大丈夫、というクリフの言葉を思い出して苦笑する。彼らしい。クリフは初心者相手だろうが、手加減も何もしない。でも……なぜか寂しい目をする、不思議な人だ。
友達だと言うなら、いつかあの網しげな目の理由を、教えてくれるんだろうか。 色んな思いが渦巻きながらも、アダムは戦う。戦闘の様子を見たイリヤが言った。
「アダム、君、半神になる前は何してたんだ? 意外とセンスいいじゃん」
「それが、全然わかんない! ……あっ、そっち行った!」
「オッケー!」
だが、そういうイリヤは的確な弓の射撃で魔物を射抜く。
アダムはマリアに呼び掛けてエリアマップを出し、自分たちの担当箇所の魔物の数を確認した。あと数体……。
案外楽勝かもしれない。これでこの近隣の人たちが助かるならよかった。
だがふと、マップの中の魔物を表す表示のうちの一つが赤く光っていると気づく。
「なんだよ、これ……?」
イリヤはふと気づいて矢を放ちながら声をかける。
「アダム、どうした?」
「マップにすごく大きな赤い点が現れたんだ。こっちに向かってる」
ギシャアアア!!!
その時、明らかにこの世のものではないほどの大きな鳴き声、そして地響きがしてアダムは背後を勢いよく振り返る。
そこにいたのは……巨大なムカデのような魔物だった。
「ひっ……! こいつか!」
アダムは思わず、声をあげる。その体は想像を絶するほど長く、終わりが見えないほどの体長だが、見えるだけの分を見るとゆうに20メートルは超えている。
何より、牙でびっしりと覆われた口にはまだ新しい鮮血が生々しくまとわりついた。コイツは、誰かを殺してきたに違いない……!
「マリア、エネミー情報確認!」
イリヤがそう言うと、空中に敵の姿を映したホログラムが表示され、バベルトで情報が表示されていく。
「レ、レベル50!? やばいな……。コイツはきっと、違うエリアから移動してきた魔物だ。ナイトクラスの誰かが討伐をしくじったんだ……!!」
イリヤは焦ったようにつぶやく。
ナイトクラス。ビジョップのガイアの階級が上なように、ナイトも自分たちよりレベルが遥か上のはずだ。瞬時にそう察したアダムは危機を感じた。
「じゃ、じゃあ……俺たちではコイツは倒せないよね。いったん引かなっきゃ!」
しかし、イリヤの口から意外な言葉が発せられた。
「ダメだ。ここはボクらの担当エリア。「討伐終了」のアナウンスが流れるまではここから出られない」
「なんで!? 逃げなきゃ、あんなの絶対に倒せないぞ!」
イリヤはアダムの目を見て真剣に続ける。
「逃げれば、位置情報で離脱とみなされて首輪に内蔵された毒針が刺さり、すぐに粛清される」
「え……?」
アダムは驚愕し、首輪を思わず触った。そんなものが入っていると聞いていない。
「ボクたちは王の勅令でこの区域での討伐を請け負った。つまり、討伐が終わる前にここから出れば、反逆とみなされるんだ」
その瞬間、魔物が勢いよくアダムたちのもとへ向かってくる、イリヤが矢を放つが、その体は硬く、はじき返されてしまった。
「くっ、硬い……矢が通らない!」
「で、でも……この魔物が来ちゃったのは他の区域からだろ!?」
なお、違和感を口にし続けるアダムに対して、イリヤは苛立って声を荒げた。
「『半神は階級がどうであれ、担当区域の討伐すべてを請け負う。逃亡することはすなわち国民を見捨てること』……最初に、王から説明を受けなかったか?」
……聞いていない。
その言葉を返す余裕を失ったアダムはふと周囲を見渡す。
今は人気がないが、この周辺の山間部にも、人が住んでいるはず。ここに来るまでに住居をいくつか見た。なけなしの避難場所で彼らは恐怖に身を震わせながら、救いを待っているのだろう。魔物に対抗しうる武器を持つ自分達よりも、その恐怖は信じられないほど大きいはずだ。
「そうだね、クリフの言う通りだ……! 逃げずに戦おう!」
「って、アダム! あぶない!」
ムカデが大きく体をくねらせながらアダムに近づいてくる。アダムはふと直感した。すべてが硬い敵……。
……でも、本当にそうなのか? アダムは自分に問いかける。
『大切なのは観察だよ、アダム。相手をよく見るんだ。言葉であれ何であれ、相手のどこかに必ず、響いて届く部分がある。困ったときは目を凝らして、それを見つけなさい。』
頭の中で誰かの声が響く。これは……存在しないはずの記憶のかけらか?
だがアダムは瞬時にひらめき、槍を思い切り、ムカデの黄色く光る目らしき部分に突き刺した。
グオオオオオオ!! ムカデは苦しみ、体を横転させながらのたうち回った。
「やっぱり……体は硬くても、目は柔らかい! イリヤ、君は後ろに下がって、攻撃が効きそうな部分を見つけて矢を打って!」
「あ、アダム! 意外とやるな……、本当に初陣か!?」
「いいから早く!」
「ああ!」
イリヤは後ろに下がり、もう片方の目に矢を放つ。
すると両の目をつぶされ、ムカデはもさらにのたうち回った。
だが、アダムが片目を刺し貫いたままで抑えている金の槍を今にも弾き飛ばしそうな力で抵抗してくる。もし、はじき返されたら、自分たちはあっという間に餌食になってしまうだろう。
「ぐっ……まずい!!」
だがその時、
ドゴオオオオオン……。轟音と共に突如地面が割れ、ムカデがその割れ目へと沈み込んだ。
「!? 地割れ……! そんな、急に?」
戸惑うアダムの鼻腔を柔らかい花の香りがくすぐる。不器用にリボンを結んだ銀髪の少女が気づくと、傍に立っていた。
アダムはガイアの持つ異能が大地を操るものだったと瞬時に思い出す。
「ガイア……? 君が助けてくれたの?」
「……さっきのお礼」
そう言ってガイアはさらに地面に向かい、手をかざす。すると割れ目がせばまり、ムカデの体を圧迫していく。ガイアは少し低い声でつぶやいた。
「このままいけば、つぶせる……」
だがその時、空から大剣と共に降ってきた男が、ムカデの頭部を勢いよく貫いてとどめを刺した。
「ガイア、また馬鹿なことを!!」
大剣の持ち主であり、そう憎々し気に言い放った仮面の男……アキリーズは体勢を整え、自分の体と同じぐらいの大きさがある剣を引き抜いた。
「アキリーズ、あなたこそ。また神食が広がってしまう」
しんしょく、さっきも聞いた言葉だ。そう思っていたが、アキリーズはガイアの言葉に答えず、ぎろりとアダムをにらむ。黒い仮面で片方の顔が覆われているが、その表情にありありと怒りが浮かべながら言った。
「補助装置を借りたのだから、救助要請を呼べたはずだ。このレベルの魔物はお前達ポーンには対応不可能、今後は即座に救助を呼べ。さもなければ、お前達の命はない」
「す、すみません……アキリーズ長官!! お互い必死で、それどころじゃなかったんです」
「うわっ、イリヤ! 痛い痛い!」
イリヤは急いでアダムの頭をぐっと手で押し込んで下げさせた。だが、ガイアは微笑んで二人に言う。
「気にしないで。アキリーズはいつも私に過保護なの。君たちのことも、心配で言っているだけ」
アキリーズはその言葉を聞くや否や、どこか具合が悪そうにして背を向け、剣を背負いなおす。
そしてしばらくして、ファンファーレのような音楽がどこからか聞こえてきた。
「えっ……何」
『勅令警報。本日の討伐は終了……。すべての半神に、城への退却を許可する』
「……今日はこれで終わりだ。城に帰るがいい」
だがアダムは突然アキリーズに駆け寄って言った。
「あの……さっきの剣、すごかったです! アキリーズさん! びっくりして見とれちゃいました! 一体どうやって特訓したんですか!?」
しっぽを振る犬のように、興味津々に目を輝かせるアダムをイリヤはぎょっとした顔でにらみ、その頬をぎゅっとつねった。
「おわっ、何するんだよ! 痛い!」
「アダム、まーたお前はウザいことして!!」
「えっ、ウザい……?」
アダムは青天の霹靂だとでも言わんばかりの顔できょとんとした。
「そう! 自覚ないかもだけど、相っ当ウザいぞ! 数時間一緒にいただけで言うのもなんだけど、誰にでも無遠慮に絡みすぎなんだよ!」
「そ、そっか……。だったら控えめにする! それじゃアキリーズさん、余裕ができたら教えて下さい!」
「はぁ? 今の話聞いてたか!?」
アキリーズはわずかに仮面ではないほうの顔で振り向いて言った。
「鍛錬ならば、己で時間を見つけてやれ。この半神特殊部隊は新人育成に時間を使う余裕はない」
なんだかんだで話をちゃんと聞いてくれるなんていい人だ! そう思ったアダムはさらに顔を輝かせてにこにこと笑った。
イリヤはあきれた様子でため息をつきながら、ガイアの方をふと見る。ガイアは胸を押さえ、少し息を荒く吐いていた。思わず声をかける。
「……大丈夫、ですか?」
ガイアはふらりと体がゆれたかと思えば地面に膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
「ガイア!?」
かけよって様子を見ようとしたアダムを押しのけ、アキリーズがすばやく彼女を抱きかかえた。
「だから、無茶をするなと言っただろう!」
「どうしたの!? ケガでも……!」
アキリーズは駆け寄ろうとしたアダムの首に向かい、ガイアを抱えていないほうの手で剣を勢いよく抜いて突き立てた。
「なっ……!」
「もう一つ警告する……。この娘にあまり近づくな」
うろたえるアダムの答えも待たず、アキリーズは剣をしまい、彼女を抱えて去っていった。