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2章6話(23話)

 ヴァルトロに連れられ、城を出てかなり歩いた。目的地まで、一体どれぐらいかかるのか……。

 ついていきながら路地をいくつも曲がっていくと、風景が徐々に変わっていく。トタン屋根の家や、見たことのないほど風化した作りの家やバラックが多く並ぶ通りだ。

 物乞いをしている若者、道端に倒れている中年の女……。見たこともないような貧困の吹き溜まりがそこにあった。

「こんなところが、王都にあるのか?」

「お前、路地のスラムも知らねえのかよ。この温室育ちが」

 温室。確かにその通りだ。王子だったならば無理もないかもしれない……。

 アダムは言い返せず、あたりを見渡す。こちらをどこか憎むような目で見つめる子供や、ぼろをまとって杖をついた老人。

 明らかに敵意が浮かんでいることを感じた。

「ま、身ぐるみはがされることは覚悟しとけ。こいつらは一般市民以上に半神は贅沢な化け物だと思ってるからな」

「ええっ、じゃあ来る前に言ってくれよ……」

「安心しろ、オレは一応この辺では顔が知られてる。みんな、『おこぼれ』が欲しけりゃ、大人しくしてるさ。……それよりおせえぞ。もっと早く歩け」

「君の倍の荷物持ってんだよ、こっちは」

「さっきまでめそめそしてたくせに、よく吠えるな」

 そしてヴァルトロは細い路地をまた曲がった。すると、十五歳ぐらいの少年が座って縫い物をしていた。彼はそっと口を開く。

「相変わらず足音が大きいぞ、ヴァル。内職の手が狂ったらどうする。あと、もう一つの足音はだれだ?」

「荷物持ちだ。ここは大喰らいばっかだからな」

 少年は針を器用に布に向かって安全に止め、立ち上がる。

 そしてこちらを見ようとしているようだが、一向に目線が合わない。よく見たら、眼球に光が灯っていないと気づく。

 目が見えていないんだ。

 瞬時にそう悟ったアダムは近くに立って、名前を名乗った。

「俺はアダム、よろしく。ヴァルトロとは同じ半神で最近部屋が一緒になった。今日はここまで荷物を持たされたんだ」

 身もふたもない自己紹介だ、とアダムは我ながら思った。

 盲目の彼は声でアダムの位置を認識してか、体の向きを変える。そしてくすりと笑って言った。

「お気の毒さま。こいつ、片づけられないだろ。グレンの兄貴がいつも嘆いてた」

「おい! コイツ呼ばわりすんな。誰のおかげで食えてると思ってんだ」

「もちろん感謝はしてるさ。そうだ、一応名乗っておくよ。おれはオリオン。このスラムに住んでる」

 この人のために食料を持ってきたんなら、もう下ろしていいはずだ。

 アダムはそう思って荷物を置いた。その瞬間、周囲がざわついて子供達がそこら中からぞろぞろと出てきた。

 みんな、靴も履いておらず、顔にはすすがついていたり、そして……手や足がない子供が多くいた。

「ここは戦災孤児たちが住むスラムだ。七国大戦が終わった後、孤児への保証はただひとつ……「王都への永住権」だけだった」

 記憶がないから当然だが、そんなことは資料にも記載がなかった。アダムは思わず驚き、周囲を見渡す。子供達はいちもくさんに食料にむらがる。

 父であるアーサー王は剣聖、ルルイエが誇る英雄だ。誰も見捨てずに救ったはずなのに。

「ヴァルトロ。もしかして君もここに……」

「なあなあ! ヴァル! 今回カサカサしたもんばっかじゃねーか!」

 一人の茶色い髪の少年が不満げに言った。だがそういいながらも、腕一杯に食料を抱えている。

「文句言うなら次から来ねえぞ、リース」

「あーあ。グレンの兄貴が生きてりゃな~!」

「言ったろ。あいつは集中任務で戻って来れねえんだよ」

 ヴァルトロは特にさっきと調子を変えずに言う。

「死んでるって。もう一年も来てねえもん!」

 ほんのわずかにヴァルトロの顔が曇る。だが、不敵な表情に戻って言う。

「そうかもなぁ? アイツ、弱えし」

「バカ言うなよ! グレン兄ちゃんは男前で、強いヒーローだったのに! ヴァルじゃなくてグレン兄ちゃんがいい!」

「へーへー、お呼びでないなら次から来ねえよ。適当に野垂れ死んどけ」

「そう言って、来なかったこと一回もないくせに!」

 それでも子供達はヴァルトロの周りに集まり、自分の話を聞いてもらいたがっていた。ヴァルトロは半分以上聞き流しているようだが、いつも偉そうな彼が子供達にからかわれながらもどこか慕われているのは意外だった。

 少し離れた場所でその様子を呆然と見ていると、盲目の少年が近づいてきた。

「アダム、だっけ。元気がないけど、大丈夫?」

 思わずどきりとする。顔が見えていないはずなのに、なぜわかったのだろう。

「……ああ、ちょっと……いろいろあって」

 途切れ途切れにそう答える。するとオリオンは穏やかに言う。

「目が見えなくなってから、声の調子で人が何を考えているかわかるようになったんだ。君、一年前のヴァルトロと同じだから」

 アダムは思わず驚きながらも、彼の意図するところを理解した。

「そうか、君は知ってるんだ。グレンさんが……」

 その先の言葉をアダムは飲みこんだ。子供達に気づかれるとまずいと思ったためだった。

ふっとどこか寂し気に、皮肉るようにオリオンは笑って言う。

「いいことばかりじゃないだろ。『見える』のも」

 オリオンのさみしげな表情を見て、アダムは言う。

「俺の大切な人も半神の能力で、未来が見えたんだ。きっと、俺が知らない悩みをひとりきりで抱えてた」

「そう。それはさぞかし……」

 オリオンは言葉に困りながらも続けた。

「徐々にやわらぐよ。そうとしか言えないけど、それだけは確実だ。同じ感情は決して続かない」

 アダムはふと、目に涙がにじむのを感じた。ガイアの顔が脳裏に浮かぶ。これまでこらえていたものが 一気にあふれてきそうになり、あわてて袖で目を拭った。

 それもきっとオリオンには『見えている』のだろう。だが、彼は知らないふりをして話題を変えてくれた。

「ヴァルは乱暴者で聞かん気で、グレンの兄貴ぐらいしかうまくいなせる相手がいなかった。でも……悪い奴じゃない」

「そうなのかな?」

 皮肉りながらも、ヴァルトロを見ると子供に相変わらずからかわれていた。

「君も大変だろうけど、ヴァルをよろしく。おれのわがままだけど……グレンの兄貴のうえに、あいつまでいなくなったらさすがに寂しい」

 そう言ったオリオンはまた、近くにある不安定な木椅子に座り、途中になった刺繍の内職をはじめた。

指だけで布地を探り、器用に柄を作っていく技術に驚きながらも、それ以上オリオンにかける言葉が見つからず、アダムは近くの壁にもたれ、空を見上げた。

 ヴァルトロは、やはりグレンという人のことを大事に思っていたらしい。でも……それならなぜ、彼も忘れていないのだろう。あとで、聞いてみようかな? いや、デリカシーがないだろうか。もし、イリヤがいたら「ウザいことすんな」と叱ってきそうだ。

 冷たい風が頬を撫でていく。スラムは王都の最南端にあるためか、魔物の繭が可視できる。大きな繭がまたひび割れんと待ち受けていた。

 命が保証されても、貧困にあえぐ人たちがこんなにもたくさんいる。大切な人を失って、悲しむ人がいる。クリフが引き継いだからとはいえ、自己希望で半神となった者は遺体まで国家に冒涜される。それは……父アーサーがクトゥルーに叡智を聞き出した時点で予想できなかったのだろうか?

 英雄と呼ばれた父アーサーの統治は本当に、全ての人のことを考え、救うものだったのか……? 大きな手のひらをした、優しく強い彼の姿が、頭の中で揺らいでしまいそうだった。

 そのとき、肩をどんっと小突かれた。

「用は済んだ。オレは帰るぞ」

 ヴァルトロはそう言って赤い髪を揺らしながら先を歩いて行った。

「あっ待てよ!」

 アダムは追いかけていく。

 帰り道、アダムはヴァルトロに思わず聞いた。

「荷物持ちさせといて、礼もなし?」

「は? 新入りは言うこと聞いて当たり前だろ」

「子供には優しいのに」

「優しくねえよ。グレンのかわりをやる奴がいなけりゃ、アイツらきっと王都まで来るからな。んなことになったら迷惑だ」

 おそらくは衛兵に阻まれて終わるだろう。下手したら処罰を受けるかもしれない。

「そうか……なあ、戦災孤児ってみんな、なんであんな負傷をしているんだ? 七国大戦で生まれた孤児と言っても、ルルイエには攻め込まれないよう、アーサー王は国境を死守して戦ったはずだ」

「想像すりゃわかんだろ。食うもんはない、あるのはここへの永住権。盗みか、聖遺物レガシーハンティングで食うしかねえ。魔物が出てからもハンティングに出向かざるを得ず、みんな負傷してあのざまだ。まあ、ガラの悪いハンターに見せしめでやられたガキが半数だがな」

「そ、そんな……! なんでそんなむごいことを!?」

「むごい? 食い扶持が減るからだろ。オレがハンターの側でも同じことをやるね。英雄アーサー王は孤児院の設立に向けて動いていたらしいが、ひどく反対にあっておじゃんになった……って話だ。だが、本気でやる気だったとは思えねえな」

「それはどうかわからないだろう?」

「なんだよ、お前、剣聖にあこがれてんのか? どう考えてもこんな半神クソシステムだけ残して死にやがったクソ王だろ」

 アダムは思わず苛立った。自分の父親だとわかってから、アーサー王のことは見たこともないが、どこか慕うような気持が芽生えていたからだ。

 また、何もすがるものがない不安ゆえかもしれないとアダムは自分で思う。

本音を探ると寂しくて、怖くて、どうにも死んだ父親の影を追い求めたくなる。ノーデンスに呼び掛けようとも、最近は反応がない。きっと、記憶を奪われた自分をあのとき必死で助けてくれたから疲れたのかもしれない。おじいちゃんだし……。

『聞き捨てならんこと考えるな! ちゃんと見とるから、しっかりせえ!』

 ぽかり、と頭を殴られる感覚が蘇る。一応、見てはくれているらしい。怒られたが、ほっとした。

「ヴァルトロ。もう一個だけ質問」

「却下」

「グレンさんのこと、君こそなんで覚えてるんだ?」

「はぁ!? あんなムカつくヤツ、ダチでもなんでもねえよ! いっつも人のもんばっか横取りしてきやがって!」

 ヴァルトロは声を荒げて言う。だが、少しだけ落ち着いた声で続ける。

「本心から嫌いでしょうがねえ。だから、あのクソ王は忘れさせる必要がないと判断したんだろ」

 アダムはそれを聞いて、すとんと腑に落ちた気がした。

「あっ、なるほど。忘れないためにはその手があったか……!」

「なんの手だよ、本気で嫌いだっつってんだろ! ともかく俺はもう帰る! じゃあな!」

 ヴァルトロはそう言って肩を怒らせ、先をずんずんと進んでいった。

 思わずため息が出る。これから城に戻り、アキリーズを……。考えただけで息がつまりそうだった。ため息を吐くと、ふと目の前が暗くなる。後ろから影が差したのだ。

「おっと……浮かない顔のお坊ちゃん。ため息は幸せを逃してまうで?」

 変わったイントネーション。どこかで聞いた覚えがある。そう思いながら振り返ると、そこには赤い燕尾服を着た興行師が立っていた。

ひどく背が高い。このすらりとした長身痩躯のせいで影ができたのと気づく。

「あなたは……この前の、有神祭の……?」

 彼は帽子を取り、うやうやしく深い礼をする。

「朕はさすらいの興行師。あるときは裏路地の墓守、またあるときは神話の語り部……またあるときは亡国の……ま、このへんでええか。今見せる姿は神話の語り部のみや」

 あまりの怪しげな自己紹介にアダムは身構える。だが、不思議と丸眼鏡の奥の金色の瞳から目が離せなくなる。

「よければ一つ、ルルイエ王家に伝わる神話を披露したく。これでも王家には詳しいてなぁ」

その声は歌うようによく通るものでありながらも、どこか妖しく不思議な響きをまとっていた。

男はキセルをくわえ、煙を吐き出す。くゆりながらもゆっくりと立ち上がっていく煙から、甘くて優しい花の香りがした。その香りはまるで……。

「アダム。私はここにいるわ」

気づくと隣に、愛しい少女の髪が、柔らかな頬が、美しい瞳があるのを見た。

「がい……あ……?」

 最後の時に着ていたドレスを身にまとった彼女は微笑み、蝶のようにひらりと去って行く。

「待って、ガイア!! 行かないでくれ!」

アダムはただ、心がはやるままに必死でガイアの背を追いかけた。


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