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2章5話(22話)

 傷の痛みを感じながらアダムは、水晶碑の裏にある扉を出た。自分の部屋までの道のりが、ひどく重苦しく感じる。

 ガイアは……どうしてほしいと言うだろうか? でも、アキリーズを殺すなんて間違っている。

 下を向きながら歩いていたせいか、どんっと何者かにぶつかった。

「気をつけろ」

「あ、アキリーズ!?」

 あの話をしたところだ。アダムは思わず身構える。

「……殺気。そんな風に洩れていては、魔物に気づかれるぞ」

 アキリーズは冷静にそう言った。

「いや、そんなつもりない!」

 それよりもアダムは違和感に気づく。

あんなにも守り、大切にしていたガイアが死んだのに、アキリーズは平然としていた。むしろ、これまでよりも声の調子も明るく感じた。

「アキリーズ、ガイアのことは……ごめん、俺、何も知らなくて」

「ガイア……? ああ、先日犠牲になったという、未来を読む半神か」

 その調子は軽く、まるで他人に言及したかのようだった。

「え? でも、アキリーズ。ガイアといつも一緒にいたのに」

「……そんな覚えはないが」

 アダムはふと思い出す。そうだ……クリフは親しい者を亡くした半神の記憶を操作すると言っていた。兵器とするために。

 自分だけでなく、ガイアを大切にしていたアキリーズからも記憶を消した……いや、まるでガラスの破片のように粉々に砕いたのだ。

「哀れだな。石碑には名前を刻んでおく」

「でも! あんなにも、いつも守ってたのに……!」

「……? 悪いが忙しい。それと、俺の背後を狙ったところで無駄だ。何が狙いかは知らんが」

 アキリーズはそう言って去って行く。

 アダムは思わず、拳を握り締める。

「アキリーズからも記憶を消すなんて……あんまりだ……」

 だが、あのアキリーズを殺さないと、ガイアは変わった未来で助からない。

 その事実が重くアダムに圧し掛かる。クリフの残酷で美しい笑みが頭に浮かぶ。

 どうして……そこまでするんだ? 『羨ましい』から? クリフも何かは抱えているのだろう。だとしても、やっていいことと悪いことがあるはずだ……!

思わず、胸に激しい怒りがたぎる。

『ほんとうに可哀想……なのかな?』

「え?」

 頭の中に、ヨグ・ソトースの声が響いた。ふと、考える。

 さっき見たアキリーズの表情はすっきりとして、穏やかだった。たぶん……ガイアに最後、殺してくれと頼まれたことも全部、忘れたからだ。

 アキリーズはいつも頑健ながら、表情に影があった。それはきっと、ガイアの最期の願いを聞いていたからだ。もし、ガイアを手にかけた記憶があったとしたら、彼は永久に苦しみ続けただろう。

 アキリーズは前よりも、幸せなのかもしれない。

それなのに、自分がガイアのために命を奪っていいのか?

 答えが出ない問答が頭の中を渦巻くなか、アダムはとぼとぼと部屋に帰っていった。

アダムが部屋に戻ると、医療キットが入り口にそのまま置かれていた。ゴミを足でどけながら、自分のベッドに腰掛ける。ヴァルトロは隣で寝ていた。

 気づけば夜になっていたらしい。

 アダムは傷が痛む中でシャワーを浴びた後、血の跡に治療薬を塗布した。

「明日、8時」

「ごめん、起こした?」

「物音がうるせえ。8時」

「ごめんって。それで、8時がどうしたの?」

「荷物持ちやれ」

「悪いけど、用事があるんだ」

 やりたくはないが、どうすべきか考えなくてはならない。ガイアを助けるために実行するか……それとも拒んで、ただあの虹色の海に沈むか。アダムはそう思って気が重くなるのを感じた。

「は? 新入りのくせに断れると思ってんのか。寝てたらぶん殴って起こす」

 アダムはため息をつく。

「はぁ……部屋って誰かに頼んで変えられないのかな? ほっといたら汚部屋になるし、ルームメイトは強引で意地悪だし」

「フン。嫌味言う余裕はあんのかよ。クソ雑魚が結構なこった」

「もしかして、心配してくれてたの?」

「んなわけねえだろ、ばーか」

 本当にそうなのだろう。

だが不思議と、アダムは少しだけ気が軽くなった。

 さっき言い渡された命令などと一切関係のないヴァルトロはいつも通り、自分をこき使ってくる。

「荷物持ちしたら掃除してくれる?」

「誰がやるか。お前がやれ」

「すぐ散らかすくせに。せめてゴミはゴミ箱に捨ててほしい」

「お前だって大して掃除うまくねえだろ。部屋の端っこが汚くて嫌になる」

「それ……絶対に、ヴァルトロだけには言われたくないんだけど」

 くだらない話をしたが、ヴァルトロはすぐに寝付いた。

 アダムは目がさえ、一睡もできないまま朝を迎えた。考えがうずまいて、とても眠るどころではない。

 時間になって当然のように身支度をしているヴァルトロに続いて着替えたが、その間も特に何も話さなかった。

  部屋を出てから初めて、アダムはヴァルトロに話しかけた。

「何するの? 用って」

「だから荷物持ちだ。耳聞こえてんのか?」

 しばらく歩いたあとに辿り着いたのは食堂だった。まあ、朝食は食べるか……。

 そう思ったが、食欲が一切沸いてこない。

 ふと、アキリーズを探した。だが、食堂にはいないようだった。

 いつも守っていたガイアが死んだんだ。当たり前だろう……。ぎゅっとアダムはこぶしを握り締める。

 相変わらず、料理をたくさん盛ったヴァルトロは隣で気ままに食事をした。

「食わないなら前で待っとけよ。目障りだ」

「別に迷惑かけてないだろ。あのさ、アキリーズは?」

「巡回に行ってる。繭の様子を見にな」

「そうか……ちなみに、いつ繭が破れるかの予測は今、誰がやってるんだ?」

「あの女が死ぬ前に予測した分が残ってる。それを元にってことらしい」

「そう……なんだ」

 それを聞いて、アダムはうなだれる。ガイアに会いたい。輝く銀の髪からいつも香っていた花のような香りが幻のように鼻腔をくすぐる。

 もう一度だけでいいから、彼女のそばに行きたい。

 顔を見るだけでいい……。話せなくても、触れられなくても、ただそばにいてくれる幸せだけを感じたかった。

 ガンッ。

 そのとき、ヴァルトロの肘がアダムの脇腹にささった。

「いてっ! なにするんだよ!」

「湿っぽくてうぜえ。いつもバカみたいに人にずかずか踏み込んでくるくせに、自分は腫れものみたいなツラしやがって」

「別に踏み込むな、なんて言ってない。聞きたいことがあるなら聞けばいいだろ」

「ねえけど?」

「じゃあ、いいじゃないか。別に俺がどうしてようと!! ほっといてくれよ!」

 声を荒げてしまったせいか、周りがざわつく。それよりも彼らは不思議そうに、ともすれば不気味そうにアダムを見ていた。

「あんだけベタベタしてたんだ。お前が『覚えてる』のが不思議なんだろ。あの仮面野郎は完全に忘れてるしな」

 ベタベタ……その言い方に反論したくなったが、周りから見たらそうだろう。だが一つ、疑問が去来する。

「でも……誰も何も言わないのはなんで? 君以外」

「変に関わったら、王に何されるかわかったもんじゃねえだろ」

 あまりにむごい……。そう思っているあいだにヴァルトロは食べ切った。

 相変わらず掃除機かと思うぐらい、食べるのが早い。掃除はできないのに。

 ヴァルトロに連れられ、アダムは厨房の裏に来る。厨房係とヴァルトロが何か話した後、厨房係がいそいそと用意に向かう。

 待っている間、アダムはヴァルトロに話しかけた。

「ねえ、ヴァルトロ」

「あ?」

 さっき出た話題を再度確認するために聞く。

「本当にみんな、大切な人が死んだら、その記憶を奪われるんだね」

「大切かどうかはしらねえが、かかわりが深かった奴や、友達~だとか寒いこと言ってた奴はそうだな。ごく少ないが」

「少ないの? 共同生活してるのに?」

「生き死にがかかったキツイ仕事の上に、人間関係まで負うと煩わしいだろ。そのうえ、誰かが死んだと思ったら、次の日にはそっくりそいつのことを忘れた相棒がへらへら笑ってる。毎度そんな不気味な光景見せられて、誰が友達なんか作りたいと思う? ……ああ、そこ置いとけ」

 ヴァルトロは厨房係がどんっ! と勢いよく床に置いた大きな袋を難なく二つ背負った。袋はあと五つ残っている。

「残りはお前が持て」

「はぁ!? 五つも!? 不公平すぎだろ!」

 アダムは陰鬱な気持ちも吹っ飛ぶほど驚いた。試しに持ってみたが、明らかに重量50キロは超える荷物だ。

「後輩なんだからそんぐらいやれ」

「ていうかこれ、なんなんだよ。大量の保存食品……か?」

 袋の中身を確認しながらアダムは言う。缶詰や乾燥食品がぎっしりとそこには入っていたのだ。

ルルイエの食糧生産は基本的に保存食で多く賄われている。主に二年前まで産業が豊かだった際に生産されていた備蓄食品だ。

 アーサー王は七国大戦のさいにルルイエを襲った長期的な飢餓状態、そして竜玉公国と手を組むきっかけともなった『ルナティアの戦い』で兵糧不足により兵士を多く失った苦い経験を慮ってか、戦後すぐに、備蓄食品の大量製造に着手した。

 和平の立役者でありながらも実質的な戦勝国であったルルイエは、戦後輸出入がさかんになったこともあり、食品加工と保存産業が奨励された。

当時はそこに金を回しすぎだと反発の声もあったが、アザトースの侵攻が始まってからは恐ろしいまでにその備蓄品が尊ばれるようになったのだった。

魔物の影響、そしてユゴスが現れてから曇り空となってしまった天気のせいで産業の機能が落ちているためだ。

 半神に振舞われている食品も保存食品と、城に優先的に運ばれてくる貴重な生鮮食品が半分ずつぐらいの割合で提供されている。国民の半神への不信もそこにあった。国民にとっては生鮮食品は高額でかつ貴重であるゆえだ。

「全部、消費期限切れのもんだ。一か月ぐらい過ぎてても死にゃあしねえ」

「一か月はやばくないか?」

「せいぜい腹壊すぐらいだろ」

 確かに、見るからに保存食だとわかる食品は食堂でもいつも余る。

半神は普段の過酷な生活もあって、どうしても栄養価の高そうな生鮮食品にばかり手を付けるのだ。

「じゃあな。廃棄処分物資の有効活用に感謝しろよ」

 厨房の係は答えもせずに、ただヴァルトロが去り際に置いて言った紙幣数枚をポケットに入れる。おそらくは口止め料だろう。


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