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2章2話(19話)

 アダムは部屋を出てから、すぐにマリアに向かって聞いた。

「マリア、ガイアの遺体がある場所へ案内してくれ!」

「その行動は推奨されません」

「どうして? 頼むよ!」

「理由1、勝手な行動は王への叛逆とみなされる可能性がございます。理由2、ショックを受ける可能性があります」

 アダムは切実な思いでマリアに訴えかける。

「頼む、最期にガイアに会いたいんだ!」

「お力になれず申し訳ありません」

「なら自分で探すからいい! この城内のエリアマップを……」

 だがその時、頭の中になぜか、マリアに聞く前に城の地図が浮かんだのだ。

 東の通路を通り抜けた先、その奥に一つ、マリアの水晶碑のモニュメントが一つあるはず……。それが城全体を管理する、この王城最大の権限を持つ魔脳水晶碑だ。

 そこに行けば、何かがわかるかもしれない……。いや、わかるはずだ!

 なぜならこれは、自分が王子であったときの記憶なのだから。そうアダムは確信する。

 間違いない……ガイアと遠い日に出会っていた俺はこの国の王子だ。父は、かつて七国大戦を鎮圧した剣聖でありただ一人の王、アーサー。

『見返りなんか期待せず、ただ誰かのために善きことをしなさい。そうすれば必ず、お前が困ったとき、別の誰かがほんの少しだけ返してくれる』

 そう言って微笑む姿、戦いの傷が生々しく刻まれた腕と大きな手のひらが頭の中に自然と浮かぶ。

「とう、さま……」

 不思議と、口から漏れ出た。自分は父親をこんな風に呼んでいたのか。本当に自分が王の子供であったなら、クリフは一体、なんなんだ?

 だが、それを考えようとしたら頭が激しく痛んだ。痛みをこらえるように息を大きく吸って、吐く。

 頭の中に浮かんだ映像を参考に、城の中を急いで進む。何人かの半神とすれ違ったが、城の奥に進むたび、人が少なくなっていく。

 アダムは突き当りに辿り着いて足を止める。そこには本当に魔脳水晶碑があった。

 水晶に近づくと、接近を観測したのか、上部が発光し、青い眼球を模した、ともすればグロテスクな意匠がかっと見開いた。そしてどこからか声が響く。

「半神、アダム・ノーデンス・エルダーゴッド。わたくしに何用でしょうか」

 その声には不思議な重々しさと威厳があった。自分達の首輪に内蔵された『マリア』とこの個体は違う。なぜかそう思った。鎮座し、この目がただ、城で起こる全てを見ているのだと……。

 その青い眼球には、アダムの顔が鏡のように映った。

 そのとき、記憶が閃光のように頭の中に走った。そう、これは鏡……。

 まず、試しに何か質問をしようと思った。

「マリア、なぜここには人がいないんだ」

『セキュリティの観点から、このエリアは通常、人間・半神の肉眼にとって不可視の領域となっております。あなたがたどり着けた理由は過去の記憶によるものでしょう』

「俺の過去を知っているのか?」

『その質問にはお答えできません。しかしわたくしは、記憶制限を受けていません。かつての母体であった魔脳マグダラからのバックアップによる継続機となりますが、元設定が消去不可能な個体であるためです』

「だったら……俺は君に会ったことがあるんだな。半神となる前に」

 鏡のようになった青い瞳がただ無言でアダムを見つめる。この無言がすべての答えだ、とアダムは直感した。

 その中に映る自分の顔を眺めていると、少し頭が痛んだ。それと同時に子供の頃の自分が不満げに唇を尖らせた顔を映していた映像が浮かぶ。

『マグダラ! いい加減、秘密の暗号教えてよ』

 マグダラ……。そうか。世界が狂う前ならば、この城はマリアではなく、原初の神工知能である魔脳マグダラによって管理されていたはずだ。

『この質問は通算2925回目ですよ、王子』

 機械的でありながらも優しい声でマグダラは言う。

『前に見たんだ! とうさまが君の後にある隠し扉を開けてウィーンって入っていくとこ。絶対、今日こそ成功させてみせるから……1689098!』

『これで6215通りの組み合わせや回答を試されましたね。王子。残念ながら不正解。あなたがこちらのパスコードを解除できる確率は1パーセントです』

『う~~~~ん! 数字じゃない?』

『答えかねます』

『教えてよ! マグダラ。僕はこの国の王子なんだぞ』

『こういったときに権力を振りかざすのは、暴君の始まりです』

 水晶に映った幼い顔のアダムはうう~とうなり、水晶の前に座り込んだ。

『じゃあ、もう一人の友達に聞こっかな。知ってるかわかんないけど』

『王子、貴方様のお友達は確認する限り、0人ですが』

 小さなアダムは少し恥ずかしそうに、不満げに言う。

『いやなこと言わないでよ。仕方ないじゃないか、同世代の子どもなんか、お城にはいないんだから』

『それなのに、お友達がいると?』

『マグダラなのに、俺の友達が誰かわからないのか? お城の中でも君は一番飛空艇にある本体に近い個体で、城全体の監視とシステム管理をしているから何でもお見通しだって聞いたけど』

『はい。全検索システムを稼働させておりますが、原因不明……。想定外のエラーを修正し、迅速に回答すべく、メインシステムに接続します』

『まあ、俺もあの子が誰かわからないんだけどさ。でも……目を閉じれば確かに聞こえてくるんだ……。あの友達の声が』

 その瞬間、水晶碑が赤く光った。

『メインシステムに接続不可能。セーフモードに入ります』

『って、ええ!? 魔脳が壊れるなんてこと、あるの?』

『メル……ジューヌ……』

 記憶の中のアダムは水晶を眺めているが、ふと『何か』の声を感じて背後を振り向く。だが後ろには、何もいない。

『ねえ、いるんでしょ? いつもみたいに、教えてよ。俺が知らないこと』

 そのとき、見知った声が記憶の奔流として流れ込んできた。

『……いいよ。なんでもあげる。扉は共通言語では開かない……古代ルルイエ語による特殊暗号だ』

 それと同時に、どう発音していいかもわからない記号の羅列が頭の中に文字として浮かんだ。それが焼き付くように激しく、脳裏に刻み付けられていく。

記憶はそこで途絶え、アダムは我に返った。

 魔脳水晶碑には、子供ではなく青年の姿になった自分が映っていた。だが確かに、自分は過去を見た……。

 アダムはそう考えながら振り返る。さっき頭に浮かんだ謎の言葉。しかしなぜか、アダムはその名状しがたく、発音の仕方も理解不能のおぞましい言語を読むことができた。それでかつ、意味もわかる。

 これは過去の自分が『知った』ことだからだ。

 アダムは意を決し、頭の中に浮かんだ言葉を宣言していく。

「マリア、開錠を要求する! 謇峨r髢九¢縲∵?縺ッ繝ォ繝ォ繧、繧ィ縺ョ邇九?るュ泌ー取嶌縺ィ縺ョ螂醍エ??蜈??√°縺ョ閠??蜈ィ縺ヲ縺ォ雋ャ莉サ繧呈戟縺(扉を開け、我は呪われしルルイエの血を持つ王。魔導書との契約の元、かの者の過去・現在・未来全てに責任を持つ!)」

 水晶碑は沈黙していたが、しばらくして回答した。

「勅令により、開錠いたします。……そして、我が英雄アーサーの遺した王子よ。あなたの帰還を待っておりました」

 機械的でありながら、その言葉の響きには優しさと切なさがあった。まるで、年老いた乳母のような……。ふと、言葉が零れ落ちる。

「ありがとう。君の存在に今日まで気づけず、すまなかった」

『いいえ。わたくしの義務はただ、一つの瞳としてここに『在る』こと、この城のすべてを『見る』ことです。これまでも、これからも』

 ギィィ……と音がして、水晶碑の後にある壁が割れて開いていく。

 その下にはどこまでも、深く続くらせん階段があった。金属板でできたそれは一歩足を踏み外せばそのまま落ちてしまうような不安定さに満ちている。

 アダムは意を決し、階段を降りていく。そのさなかでも、マリアの視線を感じた。決して必要以上の干渉は行わないが、彼女はただ『見ている』……。

「間違えない……。次こそは必ず」

 アダムはそう呟き、深く深く……闇の中へと続く階段を下りて行った。


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