1章16話
アダムは目を開ける。すると、すぐそばに顔があるガイアと目が合った。でも、何を言うべきか、言葉が出てこない。
かわりに、ガイアの冷たくなりつつある唇にもう一度、自分の唇を重ねた。
息を吹き込むことも、温めることもできないとわかっていた。
頬を涙が伝う。許されることなら、何度でも、いつまでもこうしていたかった。
空には無数の流れ星が流れていた。これが有神祭の目玉だと言われる、神々の流星群。ガイアの記憶の中で見たものと同じ……歳月が流れようと、星空だけは変わらず、同じ日にこの美しい流星を見せてくれるのだ。
だが、アダムはそんなことを思う余裕もなく、ただ、ガイアの記憶に衝撃を受けていた。
「よかった。最初も最期も、君で……」
薄目を開けて微笑むガイアにアダムは静かに言う。
「ガイア、やっぱり、僕たちはずっと前に出会ってたんだね。ごめん、忘れるなんて最低だ……結婚の約束までしたのに」
「いいの。ちゃんと星になった神様は願いを叶えてくれた。アダムに、もう一度会えたから」
「ガイア。必ず僕は時を戻してみせる……! 君が半神になる前、いや、世界がおかしくなる前に……!」
少し前にも発したその言葉を反芻しながらアダムは、もはや今はガイア以外を救いたいと思っていなかった。目の前の彼女さえ、助けられたらそれでいい……。
そのためなら、自分はなんでもするだろう。
「悲しまないで。全部、決まってたの。でも、『過程』は変えられた。決められた運命に逆らえるとしたら、そこだけ……。私は最期まで抗った。アダムに、伝えられた……」
「誓うよ。今度こそ、誰よりも、君に優しくするって」
ガイアにはアダムの声がもう届かないのだろう。答えを返さず、彼女は目を閉じた。
「アダム……思いは残るわ。たとえ、すべてを失っても……愛した人のことは忘れない」
そしてガイアは、完全にこと切れた。
その時……ふと、どこかからか、声が降ってきた。
「あーあ、ダメじゃないか。真実を話してしまうなんて。まあいいけど」
ブーツの足音、そして白い軍服を着た姿……クリフが現れた。
「クリフ……今までどこに!」
「安心して。君が彼女を看取っている間にあのキメラは僕が倒したよ。到着が遅れてすまないね……どうしても外せない所用があったんだ」
それ以上は追及させない。その圧がはっきりと感じられた。
少し離れた場所で、周囲がなぜかざわついている。
「王様、ばんざーい!!! 王様、ばんざーい!!!」
「なんてすごい……! あんな化け物を一撃で倒すなんて!」
避難していたはずの国民が戻ってきているのか? よく見ると、群衆が蛇と亀のキメラの死体……触手でめった刺しにされたものの近くでひたすら、クリフを称賛していた。
「不便なものだよ……。クトゥルーの『オリジナル』ではなく半神の力は限られている。いくら『書き換え』ようと、人は実際に起こったことと現在の状況に矛盾が大きければ信じない。全くの絵空事は通用しないから少しの事実を混ぜる必要があるんだ。そして、彼女のように『愛』がからめば、僕がどんなに能力を使ったところで忘れない記憶も存在してしまう」
「な、なにを言ってるんだ……?」
だがクリフはアダムの言葉に答えず、ただ近づいてくる。
「高い税をかけ、軍隊を所有するのは、国民を守るためだ。だが、実際のところ、生活に悩む国民はすぐに疑いを持つ。『なんで? 不公平じゃない?』現状を変えるために何もしようとせず、国防も何もかも国と半神に任せきった分際でよく言うよ……。まるでよく吠える家畜のようだ」
クリフの触手が伸びていく。
「どうせ忘れる……。そう思って、服も貸してあげた。ああ、もともと君のだけど。綺麗な別れを演出してあげたことに感謝してくれ」
忘れる。その言葉を聞いて、アダムは確信めいたものを掴んだ。だが、それを信じるのも怖い。
「クリフ……? 君の能力は一体何なんだ?」
「もうわかっているだろ、アダム。僕の能力は」
そう言って、クリフの触手が伸び、アダムの首の後ろにぴたりとはりつく。
「『記憶の書き換え』。さあ、楽にして……優しくしてあげるから」
瞬間、クリフの触手がアダムの首を貫いた……。アダムは遠ざかっていく意識の中で、脳髄を直接かき乱されていくのを感じた――。
こちらで1章完結です。次から2章に入ります。




