1章14話
一方、クリフは玉座の窓から、暴れまわる『吉弔』……蛇と亀のキメラを恐れる人々の悲鳴を聞いていた。そこへ、四つの靴音が響いた。
「お招きいただき、感謝するで。クリフ・クトゥルー……なんやっけな」
クリフは乾いた拍手を送る。
「不快ですが、いつもの呼び名で構いませんよ。こちらこそ、素晴らしいショーでした。炎龍陛下は興行師がやけに似合っていましたし、鈴麗殿も美しかった。目的はあの『吉弔』でしたので、まさかサーカスまで見られるとは思いませんでしたよ」
「ルルイエのこの祭りは思い入れ深い。余興に丁度ええ思たんや。朕は魔脳マリアにちょこっと心づけしとるおかげで、他国の人間には顔を知られとらへんしな」
そう答えたのは黒髪に金の瞳を持った男……先ほどまで興行師に扮していた楊炎龍だった。そして傍には棒上りの雑技を披露した美女、鈴麗が控えている。
だが変装したままの炎龍と違い、鈴麗はドレスからすでに軍帽と軍服に着替え、長い髪を帽子の中にしまっている。いわば完璧な男装姿だった。
はぁ、とため息をついて彼女は言う。
「陛下はやると言ったら聞かないのです。御国の『国防作戦』ご協力のため、キメラを送り込むだけのはずが、お得意の『遊び心』からわたくしまで雑技団の真似事までさせられるとは」
「だって、おもろいやろ? どこの馬の骨ともつかん皇帝と廃嫡された姫君でやるサーカスやなんて。言葉の通り、道化もいいとこや」
意地の悪い表情でそう言った炎龍に対し、鈴麗は冷静な顔を崩さずに言った。
「鑑賞に堪えうるものであったならば何よりです。ではわたくしは帰り支度を整えますゆえ失礼いたしますわ」
彼女はそうして玉座を後にする。扉の外に出てから、拳を握り締め、吐き捨てるように言った。
「……今に見ていなさい……。ドブネズミ皇帝」
一方、玉座に残った炎龍とクリフは外を眺める。
「しかし、クリフちゃんは心ないことするやなぁ」
クリフはぴくりと眉を動かす。炎龍がいつもの『不快な呼び名』をしたからだ。
「高税にあえぐ国民の不満をねじふせ、感謝を買うために、あえて半神の殺戮ショーをやるやなんて」
クリフは軽く笑って答えた。
「それを言うなら、協力する陛下もでしょう? さすがに結界を破って魔物を王都に呼ぶわけにはいかない。なので、あなたがたが作ったキメラをお借りすることにしました。……当然、親交国家であるあなた方ではなく、『百年の安寧』に身をゆだねた諸国からのテロという形にさせてもらいますが」
「ほんまに、それだけか?」
「ええ。国民の主な不満は『自分たちが損をしている』という感情に基づいている。特に王都に住まう者は、高税が苦しいとは言いながらも、安全な環境への感謝を忘れている。得をしているはずの半神の命が刈り取られるのを目の当たりにすれば、『危険』と『国防の重要性』にいやおうなく関心が行く。不満を忘れて、税を納めてくれるでしょう」
「まあ、目的はそうやけど……ショーパフォーマンスなら半神を国民の目の前で戦わせるだけでええはずや。なぜに半神をわざわざ殺すために、殺傷力が強い『吉弔』を選んだ? 朕ら竜玉公国はおかげさんで大事な大事な同胞たちを犠牲にせんと運用実験ができてよかったけどな」
竜玉公国は共産思想の強い国。貧富の差はあれど、富は徹底的に分配し、『同胞』とみなした国民を犠牲にすることをもっとも嫌う。故に半神の生成技術も使わず、一般軍隊と砲弾、そして古代呪術と受肉結晶の力を使い、魔物同士を融合させたキメラの開発によって国防を行っている。クリフは首をわざとらしく横に振り、答える。
「さあ……? 僕も派手なことが好きなので。そして、わがルルイエにとってもこれは大切な実験になる、とでも言っておきましょうか。さあ、僕もそろそろ失礼。王の務めを果たさなくては」
そう言ってクリフは白いマントを翻し、玉座を後にする。青黒い触手が背中から延び出て、楽し気にうねった。
炎龍はクリフの背を見守った後、まだ流星として降ってくる前の星々を見上げ、わずかに手を伸ばした。そしてつぶやく。
「ヘレナ……懐かしき夜やなぁ」
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アダムはできる限り、国民を避難させたあと、園庭に戻ってきた。中央では、蛇と亀のような魔物が暴れている。何人もの半神が立ち向かうが、とげのはえた尾に振り払われ、もしくは鋭い牙によって殺傷されていく。
そこにはすでに倒れた仲間が大勢いた。血を噴き出し、あるいは明らかに骨が折れてぐったりとしている。死んでいる……。アダムは即座に察した。
この短期間で、刃が立たずに半神が何人も死ぬなんて。ここまで強い魔物は初めてだ。アダムはそう思い、体中の血が一気に冷えていくのを感じた。
「まずい……」
アダムは金の槍を持ち、キメラの元へ走って行く。すると、ソードブレイカーを構えたヴァルトロが気づいて声をかける。
「やっと来たか、新入り! ったく、今日は部屋でゆっくりできると思ったのに……てかなんで王都にこんなもんが出やがったんだ!」
「ヴァルトロ、ガイアは!?」
ヴァルトロは少しうんざりした顔であごを右に向けた。するとその先にガイアがいた。
「ガイア! ごめん、みんなを避難させてた!」
「よかった、こっちは大丈夫。もし国民がいたら危なかった……みんな、あっという間に皆殺し!」
ガイアはアダムの言葉の中に含まれた罪悪感をくみ取ったのだろう。あえてトーンの高い声で元気そうに、フォローするように言った。
アキリーズが飛び上がり、大剣で蛇の姿をした頭部を斬りつける。たが、キメラは叫び声を上げてさらにこちらに向かってくる。
「こいつ、きっと甲羅の中にコアが隠れてやがる! だから、いくらやっても倒せねえ!」
ヴァルトロが言った情報がすべてなのだろう。そのせいでこれほどの犠牲が出ても、今なお倒せていない。
「だったら、甲羅を壊すしかない!」
アダムは槍を構え、下から喉に突き刺す。だが、硬さにはじかれてしまう。
ノーデンスの異能が覚醒したら、何か、変わったのだろうか? 時を戻して……いや、今戻しても一瞬では何も変わらない。それに、発動できるかもわからない。
考えろ……だったら、あるもので、戦うしかないだろ!!
アダムは敵を観察する。
そして、裏側を注視する。
「ヴァルトロ、石化使える!?」
「何度もやった! だがその間に攻撃しようが、甲羅を破れないまま、すぐ復活する!」
その時、ガイアが言う。
「地域変動を……強めに使えば、壊せるかも」
アキリーズがガイアの両肩を掴み、揺さぶって言う。
「ダメだ! 能力を使えば神食が進む! こんな平坦な場所を変動させるとどれだけ負担がかかるかわかっているのか!」
「そうだよ、ガイア! 何か方法はある! それにクリフなら倒せるかも……あんな強い触手があるんだ!」
ガイアはふっと笑う。
「お願い。アダムもアキリーズも……一応、抗いたいから」
アダムは違和感を覚える。「一応、抗いたいから」……? 何に? ガイアの神食が進むことに?
「アダム、みんなも後ろに下がって」
「ダメだ、ガイア!」
ガイアは手を前にかざした。そして、力をこめる。
すると、大地が揺れ、めきめきと割れていく。そして、亀の甲羅の下部にとがった山が形成された。鋭利な土の剣が一気に持ち上がり、亀の甲羅に届く。
だが……甲羅はびくともしなかった。
「ああ、ダメか……。一応、私なりに抗ったんだけどな……」
ガイアはどこか達観したような口ぶりで言いながら、力なく腕を下ろした。
「諦めるのはまだ早いよ! 後方に下がってて! ここからは俺が頑張るから!」
アダムはガイアの肩を掴み、そう声をかける。その時、ガイアの首がボコリと触手の形に膨れた。
「え……? が、ガイア!?」
「力を使ったうえ、今のも「攻撃」とみなされた……。神食が進んでしまったみたい」
アダムの脳裏に、記憶が蘇る。イリヤが最後に見せた、あきらめの表情と、首元に浮かび上がった触手。
ガイアはアダムからゆっくりと離れていく。
「な、なんで離れるんだ? そうだ、避難……だよね? 城に向かって休めばいい! 大丈夫だから」
ガイアの首輪の文字盤が赤く光った。
首輪の電子盤が赤く光り出し……そこに共通言語バベルトで「Dispose(廃棄)」と記された。あまりに既視感のある光景だった。
「嘘だろ!? なんで……!」
瞬間、ガイアの心臓から大剣の切っ先が出てきた。ガイアの口から血が流れる。ガイアはふっと笑った。
「アキリーズ……あり、がとう……」
そして後ろに倒れる。アキリーズは呆然と立ち尽くしている。
「アキリーズ!? お前!」
「私が……頼んだ。瀕死の傷を負えば、首輪の『廃棄』機能は停止する……。それに、体の中の触手も……動きが止まる」
「え……?」
「アキリーズ、もう行って……あいつを倒して。ごめんね……こんなことをさせて」
アキリーズは黙って背を向けた。そして魔物に向かっていく。どこか投げやりさを感じるほどに。仮面に覆われた方の顔しか、二人には見せなかった。だが、去り際に一言だけ言葉を残した。
「アダム……その娘が息絶えるまで共にいてやれ」