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1章13話

 約束の時間になり、アダムはガイアと待ち合わせをした園庭へ向かった。

この祭りは民間にも開放され、今日は王城の大きな園庭が自由に開かれ、そこに屋台や出し物を披露する舞台のようなスペースが設置されている。そしてその横には大きな石碑があった。

 やっぱり、着飾り過ぎたんじゃないか……? アダムはそう思って、改めて自分の服を見下ろす。部屋の鏡でも確認したが、普段ずっと黒い軍服で過ごしているためか、どうにもくすぐったい。

何度もすれ違う半神たちに見られてしまった。それどころか、待っていると顔を赤くした民間人の少女に恐る恐る名前を聞かれた。

 笑顔で答えようとしたアダムだったが、首輪を見てぎょっとした母親に少女はあっけなく連れていかれたため、助かったが、アダムは改めて半神という存在が民間人からはどこか距離を置かれ、恐れられている存在だと気づく。

 ガイアを昨日罵った男もそうだった。国のために戦っているとはいえ、神の一部を体に入れて魔物と戦い続ける存在、それは人から見たら化け物と違いないのかもしれない。

もうすでに祭りの準備はされているようで、あちこちに屋台や、祭りランタンが吊るされていた。

  ガイアが遅いな……マリアに時間を尋ねようとしたその時、後ろから声がした。

「アダム、お待たせ」

 振り向くと……見事にドレスアップしたガイアが立っていた。

「が、ガイア……?」

「似合わない?」

「い、いや。すごく似合っててびっくりした」

 銀色の髪をいつもとは少し違った華やかに結い方にしていて、普段はずれ気味のリボンがちゃんとした位置で結ばれていた。淡い紫のドレスは肌の露出をおさえるためか、首元はわずかに透ける素材のレースで覆われており、ふんわりと指先にかけて広がっていく袖が優雅な雰囲気を醸し出していた。どこかの国から来たお姫様だと言われても、納得ができただろう。

「髪の毛やるの、すごく時間がかかった。ママならすぐやってくれたんだろうけど」

「へ、へえ……」

 ガイアはじっとアダムを見る。アダムは緊張しながらも、思っていることを伝えようと思った。

「……きれい」

 だが、必死で絞り出せたのは一言だけだった。ガイアはくすくすと笑う。

 ふと、二人を大きな影が覆った。

「アキリーズ。お仕事終わったの?」

 ガイアはそう問いかけた。

「仕事? 有神祭の?」

 アダムがそう聞くとアキリーズはうなずき、淡々と答える。

「そうだ。この有神祭は、国民の慰霊祭でもある。アザトースの侵攻以降は魔物の犠牲となった人々を悼んでいるんだ。庭園の中央にある石碑に名を刻むのは俺の仕事。直近でも死者が出たためだ」

 慰霊祭。確かに言われてみれば、そのような雰囲気もある。中央の石碑

「へえ、それなのに楽しんで……いいのかな?」

「楽しまなきゃいけないの。今日ばかりは死者を悼みながら笑えば、星となった神様たちが、いつか死んだ魂を地上に返してくれると言われているから」

 どこからか音楽が聞こえてくる……。見てみると、楽隊が演奏を始めていた。

「お祭りが始まる合図。来て」

 ガイアはアダムにそう声をかける。アキリーズを見たら、顔を反らした。

「アキリーズ、また後でね」

 そう言って、ガイアはアダムの腕をつかんだ。自然と腕を組む。

「え……?」

「人が多くてはぐれちゃうと大変」

「アキリーズ、置いてっていいの?」

 アキリーズはこちらを見ている。とは言っても威圧感はない。穏やかに……ただ、ガイアを見ていた。

「自立キャンペーン、続けてるから」

「それ、キャンペーンなんだ……って、どうしていきなり? 結構いつも一緒にいるみたいだったけど」

「……鈍感」

 ガイアはボソッとそうつぶやく。アダムは頭の中に「このタイミングで『やれやれ』ムーブすんな! あほか!」とノーデンスの声が響いた気がした。

そっちこそ、こんなタイミングじゃなくて、もっと大事な時にささやきかけてくれないだろうか……。そう思いつつ、アダムはガイアと手を組みながら歩いた。

ドレスアップした人たちが多いからか、有神祭の屋台では少しつまんで食べられるフィンガーフードのようなものが多かった。一つ一つは小さいが、味はとてもおいしい。当然だが、普段食堂で供されているもの数段上を行くとは思った。

ガイアによると、これらは国のお金で賄われているらしい。

 国中の人々が集まるのも、この祭りが無償だから。普段は厳しい税金を納めていて決して誰も豊かではない暮らしをしているからこそだ。

 そう思うと、アダムは少し複雑な気分になった。こんな大盤振る舞いをするぐらいなら、普段から税金を少し下げればいいんじゃないか?

 その考えを代弁するように、前を歩いていた青年同士が話している言葉が聞こえた。

「ったく、国防とこんなことにじゃんじゃん金かけるぐらいなら、「王都税」を下げてほしいぜ」

「安全を買うためには仕方ないっつってもなぁ……痛いわ」

「しかも、半神特殊部隊は完全に討伐できるわけでもねえしよ。暮らしのために聖遺物レガシーハントをしようと思うと、魔物に殺されて野垂れ死ぬし、あいつらなんのためにいるんだ?」

「国のために化け物になったかなんか知らねえが、ちゃんと仕事しろよなー! 何が悲しくて俺らがあいつらの食い扶持のために働かなきゃなんねえんだ」

 ガイアはすっと列を外れる。

「いいの? ここの食べ物」

「うん、もうすぐ出し物が始まるから。見に行こう?」

 ガイアはそう言って、石碑とステージの方を指さす。

「出し物かぁ。なんだろ」

「竜玉公国のサーカス団が来てるみたい。すごい雑技なの。いすをたくさん積み上げて、その上でポーズを取ったり」

「そんなことできる人間がいるの?」

 ふふ、とガイアは笑う。そして、用意された椅子に座ろうと促した。

 しばらくして、赤いシルクハットと礼装に身を包んだ興行師が現れた。東の血が入っていることが明らかな、あでやかな黒髪に丸眼鏡の中の金の瞳が際立つ男だった。 

ところどころに編み込みが入った長髪は結んでサイドに流している。

「これはこれは……素晴らしき祭典にお招きつかまつり、感謝痛み入ります」

 そう言って帽子を脱ぎ、頭を深く下げる。

 ふと、隣を見るとガイアの顔が少しこわばっている気がした。

「それでは、私どものショーをお楽しみください。ごほっ……」

 少しだけ、言葉のイントネーションが不思議だと思った。まるで、最後の咳払いはそれをごまかすためかもしれない。

 ステージの照明がいったん消え、東方の顔立ちをした女性が中央に現れる。気品高く凛とした雰囲気の美女で、誰もが息を呑んでその姿を見た。彼女はいつの間にか中央に立っていた棒を難なく、しなやかな動きでするすると上っていく。

「すごい、一体どうやってバランス取ってるんだろう……」

「アダム」

「何?」

「今日のこと、覚えててくれる?」

 女性が棒の頂上につま先で立ち、観客たちが歓声を上げる。

「もちろん。忘れるはずないじゃないか」

 ガイアは微笑み、アダムの手を握った。少しだけ、目が潤んでいた。

「ガ、ガイア……」

「あと二十秒だけでいい。こうさせて」

 アダムは返事をすることもできなかった。言われた通り、二十秒を数える。

 できれば、数え終わってもずっとこうしていたいと思った。

でも、ガイアは嫌がるだろうか……? 緊張で手が汗ばんできてしまった気がするし。

 3、2、1……。

 ステージの照明が消え、激しい地響きがした。

「な、なんだ!?」

王都には、魔物が現れないはず……。

だが、「それ」はやってきた。

 体長30メートルは優に超える、カメの甲羅を背負った蛇のような生き物が突如園庭に現れたのだ。

「魔物……!?」

 ガイアの手がぱっと離れる。

「ありがとう、アダム。私も忘れない」

 そう言ってガイアは、「それ」に向かって走っていく。

 アダムも共に槍を持って走って行きながら、怯え切った民間人を見る。混乱のあまり、みな右往左往して、どこに行ったらいいかわからないようだった。

「どいて!」「怖い、助けて!」色んな人の声が耳に響く。ほうっておけば、暴動が起きるのは時間の問題だ。そう判断したアダムは思い切って叫ぶ。

「城内に、避難してください!」

誰にも命じられてはいないが、非武装の人たちは逃がすしかない。

「ど、どこ? 案内してよ!」

 混乱しきった声が響く。地割れの音が再び響く。

 あれほどに強いガイアなら、大丈夫だろう……。アダムは瞬時にそう判断した。

『守るべきは、戦う術を持たない弱い人。この世には、何も言わずに踏みにじられる命がある。そんなことがあってはいけないんだ』

 頭に、誰かの声が聞こえる。ノーデンスでも、ヨグ・ソトースでもない、誰か……。意識を持って初めて聞いた声と同じだった。

 だが、その声は何よりもアダムの行動に影響する力強さを持っていた。これは……記憶なのか、それとも……。

「こっちです!」

 アダムは大きな声を出し、国民を誘導して城に避難させることにした。そうだ、クリフだっている……。有神祭が始まってから姿を見かけないが、あんなにも強い触手があるんだ。きっと、あの怪物を倒せるだろう。

 そう思い、アダムは必死で手を挙げ、国民を先導した。


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