1章11話
『勅令警報、勅令警報、ノーザラン鉱脈地帯における繭の破裂確率、100%。三十分後に各半神、広場に集合。』
「はぁ……またか~。討伐限界数、増やしたくねえんだけど」
一人の半神が、食堂で憂鬱げにため息をつく。隣にいた別の半神が慰めるように言う。
「ま、頑張って生き残ろうぜ。有神祭は明日だからな」
「そ、そうだ! 楽しみにしてたんだ。やっぱり流星ショー、見たいし!」
みんなもガイアが言っていた祭りの話をしている。ルルイエではよほど有名なんだろう。
アダムはそう思いつつ、食べかけの昼食を急いでかきこむ。隣の席のガイアが思わずやさしく背中をさすって言った。
「急いじゃダメ、喉に詰まらせちゃう」
「ごめん、早く食べないと逆に焦るからさ」
そのとき、山盛りの皿をトレイに乗せたヴァルトロが近づいてきて、アダムの隣の椅子を引きながら言った。
「一生詰まらせとけよ。ここ座るぜ」
ガイアは穏やかながらも怪訝な目を向ける。
「どうしてわざわざ私たちの隣に座るの?」
ガイアは焦る様子もなく、フルーツヨーグルト(彼女の食事はそれだけだった)をゆっくり食べながら、少し嫌そうな様子で言う。
「他に席空いてねえんだよ、見りゃわかるだろ」
「空いてる。その席の人たち、みんなあなたを怖がってるけど」
「お前だけには言われたくねえ。なんだ? 色ボケした女神さまは俺がこいつのルームメイトだからって嫉妬してんのか?」
それに対し、ガイアは寸分も置かず、即答する。
「うん、かなり」
アダムは思わず、飲みかけの水を噴き出しそうになった。頑張ってこらえると、またガイアが背中をさすってくれる。
「でも男女は部屋が別。仕方ない……大丈夫?」
「う、うん……」
アダムは改めて疑問に思う。
なんでガイアはこんなにも自分を好いてくれるのだろう。
最初は冗談だと思っていた。だが、どの行動を取っても、嘘をついているような気はしない。大事なリボンを取ってあげたから……?
それぐらいのことで自分を好きになってくれる人がいるなんて、とてもじゃないけど信じられない。
「やっすい青春ごっこしてる場合じゃねえぞ。今日の魔物はレベルが高いはずだ」
「ちゃんと予測を見ているの? 当たらないとか言うくせに」
「対策のためだ。てか、あの仮面野郎は?」
「アキリーズは先行して向かった」
「珍しいじゃねえか、いつもあいつ、お前の後ろにぴったりくっついてんのに」
「そういうときもある。お互い、自主性が大事」
その言い回しに思わずアダムは噴き出す。ガイアもふふ、と笑った。
食事のあと、広場に向かったアダムは驚いた。今日の討伐ペアはガイアだった。
「よろしく、改めて」
「足引っ張らないように、頑張るから」
「大丈夫、この戦いでは二人とも無事だから」
未来でそう予測できているのだろう。だが、ガイアは少しだけ気の重い顔をしていた。アダムとガイアは指令があった場所に向かいながら軽く話す。
「そういえば、前のガイアの予測、当たったよ。ほら、服がボロボロになるってやつ。昨日、鍾乳洞でヴァルトロと一緒にアストラルと戦ってひどいことになっちゃった。マリアに聞いてみたら服の替えをもらえたけどさ」
「もらえるんだ、よかった」
言葉少なにガイアは返し、また黙る。
「何か、気になることがあるのか?」
アダムがそう聞くと、ガイアはこくりとうなずく。
「うん……でも、今日は王子様が一緒にいるから」
アダムはまだ照れくさくなり、思わずよそ見をしながら頬をかいた。
移動先の鉱脈地帯は実質、有神の時代、神々がヨグ・ソトースと激しい戦いを繰り広げた際の瓦礫によってできた山だと言われている。
全体的に岩場の地形で歩きにくい。前回言った山とは違い、土ぼこりが常に舞い、岩の匂いが感じられた。鉱山の隣には大きなクレーター型の穴がある。
周辺にはあちこちバラックが点在しており、アダムは珍しい光景に息を呑んだ。つるはしや発掘道具を持った聖遺物ハンターたちが、魔物発生警報が出ているのに移動している。
「聖遺物ハンターは恐れ知らずな人が多いから」
「詳しいんだね」
「ママが、聖遺物ハンターだったの。一日も休まずに鉱山に行って、聖遺物や受肉結晶を探してた」
意外だった。華奢でなよやかな雰囲気のガイアの母親にしては逞しい……。そう思ってからアダムははっと気づく。ガイアも見た目は美しく可憐だが、戦闘の強さを思うと、似ているのかもしれない。
「亡くなったん……だよね」
ガイアは自分のリボンを結びなおしながら言う。
「うん、ママはまだ29歳だった」
「えっ、ガイアのお母さんにしては若すぎない?」
「血は繋がってないから」
「そうなんだ……」
何を言っていいかわからずに黙る。
その日の討伐は、ガイアの言う通り、比較的穏やかに終わった。何よりガイアは未来が見える能力でかなりサポートしてくれた。
「アダム、次は東からくる。そのあとは南から二匹。私はそれ以外を倒すから」
そのナビゲートはかなり助かる。アダムも戦闘に慣れ、ノーデンスが以前乗り移ってくれたときを思い出し、槍の扱いを器用にこなせた。
だが、あの湖の中で見たような矛先がついていたらとは思ってしまう。
それに、適合率が上がったんだから、何か異能が目覚めるかと思ったが、その兆しはない。
『ないものねだりはやめい。変化はちょっとずつしか見えん。一歩ずつじゃ』そんな声が頭の中で響く。
最近あんまり出てこないが、体の中のノーデンスは一応自分を見てくれているらしい。
アダムはそう考えると、どこか気が引き締まるのを感じた。ちゃんとやろう。まずは目の前のことから。
『このエリアでの討伐は終了。帰還可能です』
その放送がどこからか流れ、アダムはほっとする。ガイアの予想通りだった。だが、ガイアは顔をどこか曇らせている。
「無事終わったけど、どうかした?」
「大丈夫……」
心配しながら、アダム達は帰路に着く。
だがその先で、人の叫び声が来た。
「ぎゃあああ! 助けてくれえ!!」
「討伐残りか!? 助けなきゃ!」
アダムは瞬時に駆けつけようとする。だが、なぜかガイアが腕をつかんで止める。
「本当に?」
「え……?」
「魔物発生警報があったはず。それなのに、彼はわざわざここに来たんでしょう? だったら『自己責任』じゃない?」
そう言ったガイアの顔は恐ろしく冷たく、悲しげだった。拳を握り締めている。
それにさっき言ったこととは真逆だ。ハンターは恐れ知らず、と言ったのに。
「でも、助けなきゃ……! 具合が悪いなら、先に帰ってていいから……ね?」
アダムはそう言って走り出した。ガイアは唇を噛みながら、重い足取りでアダムに追随する。
「ひ、ひいいいいい!!」
パニック状態になった男は採掘道具のつるはしを取り落し、しりもちをついてガタガタと震えていた。彼の眼前には巨大なコヨーテのような、角の生えた魔物が息を荒くして飛びかかろうとしている。その間にアダムは勢いよく滑り込み、槍を構える。
「大丈夫ですか? 下がっていてください!」
「は、半神!?」
アダムは体の中心……魔物の心臓を狙い、槍を突き刺そうとした。だが、動きが想定よりも早く、交わされる。そして角を掲げ、魔物をアダムを狙ってきた。
「くそっ……!」
アダムがかわそうとしたとき、魔物の立っていた岩場が突如崩れ、相手の足が瓦礫に取られる。
大地の割れ……! ガイアだ。アダムから少し離れた場所からガイアが異能を使ってくれたらしい。
アダムは足を瓦礫に取られた魔物をこの隙に槍で突き刺して、とどめを刺した。
「ガイア、ありがとう!」
ガイアはなぜか、その言葉に答えなかった。
「はっ……化け物の半神のくせに! もっと早く助けにこい!」
目の前にいたハンターが、激しい悪態をつく。化け物……? 半神をそのように呼ぶ人間には初めて会った。ハンターは太った体にところどころはげ上がった頭、ゆがんだ唇をした男だった。
「えっ、ああ……すみません。来るのが遅くて」
「アダム、謝る必要なんかない。私たちは自分の仕事をちゃんとやってる」
ガイアの声のトーンが異常に低い。
「ガイア……そうか、お前、あの女の娘じゃないか! はっはっは!! どっかで野垂れ死んでると思ったら、半神になっていたとはなぁ!」
ハンターの男はどこか下卑た様子で言い、ガイアに近づく。
思わずアダムはガイアを庇うように前に立った。
「なんなんですか、あなた……。急に会ったのに、失礼です」
だが、ガイアは震えて下を向くばかりで何も言わない。
「あーあ、懐かしい。二年前、惜しくもお前の母親はこの鉱山で俺達の囮作戦の犠牲になってくれたんだったっけなあ!」
「な、なんだって……?」
下卑た笑みを浮かべ、男は罵り続ける。
「女ごときがハンター稼業に手を出して、俺達の食い扶持を荒らしやがった報いだ! 売女は売女らしく、体売り続けてりゃ死なずに済んだのによう!」
アダムは詳しい事情はわからないとはいえ、ひどく胸が焼けるような不快感を覚える。この男は心からガイアを軽蔑し、本心から下に見ている……それが伝わってくる。思わず、反論の言葉ができた。
「何言ってるんだ! ガイアも、ガイアのお母さんも侮辱するのは許さない!」
男はそれでも、罵るのをやめようとしない。
「ああ~、そもそもが間違ってたか? ガイア、あの女がもしお前を引き取って育てていなきゃ、今頃あの女は死んでなかっただろうからなぁ!」
だがその時、周囲の大地が割れる。
「そうね、その通り……。だから私は、全ての報いを受ける」
ガイアが手をかざし、異能の力をより強く込めているようだった。
「ぐあっ! 足場が崩れて!」
「が、ガイア!?」
「ハンターにとって最も屈辱的な死に方は何だと思う?」
ガイアは一切の感情をこめない口調で言った。
「は……? 犬死にした売女の娘が何を言う!」
「答えて」
いつもの冷静な様子が一切消えている。本気で怒っているのだとわかった。だが男は舐めた態度を崩すことがなかった。
「……み、ミイラ取りがミイラになり……何も持ち帰れずに、瓦礫に埋もれて死ぬこと……」
「正解。あなたもそうしてあげる」
周囲の瓦礫が浮かび上がっていく。そして男の座す岩場はどんどん崩れて、地に埋もれていく。
「お、おい! なんだ、地面がどんどん下がって……!」
そしてガイアが浮かせた瓦礫が、男の頭上へと移動していく。あれが落ちれば、あの男は死ぬ……! そう察したアダムは思わず叫ぶ。
「ガイア! だめだ、殺しちゃ!」
はっとしたガイアは手を下ろす。自然と瓦礫が、元の場所へと戻っていった。男が沈み込んだ大地だけがそのままだ。
「消えて。5秒以内に」
「ひっ、ひいいいいいい!」
ガイアはうなだれた様子で、立ち尽くす。
「ごめん。全部見えて、わかってたのに……我慢できなかった」
アダムは戸惑いながら、ガイアと目を合わせて聞いた。
「一体、何があったんだ?」
「ママは……あいつらハンター団の奴らにはめられて殺された。あの男が言った通り、私のせいなの。ママは自分を自由にするために必死で働いて貯めたお金で、ハンター団に売られてきた子供の私を買い取って、育ててくれた……。幼い私が、かつてのママと同じように、身を売らなくて済むように……。死んでしまったのは、私をあいつらから守るために、魔物の囮を引き受けたから……」
声が震えている。ガイアは今にも泣き出しそうだった。
「そんな辛い事を抱えていたなんて……。でも、ガイアのせいなんかじゃない。悪いのはあいつらだ」
ガイアはそれ以上は何も語らず、アダムの肩にもたれかかる。
「が、ガイア……?」
「今は、私にだけ優しくして……。お願い、私の王子様」
アダムは戸惑いながらもガイアの肩にそっと手を添えた。それぐらいしか、寄り添う方法が思い付かなかったのだ。
もし、自分が何か過去を持っていれば、ガイアをもっとうまく慰められただろうか? アダムはふとそう思い、ふがいなさに襲われた。
二人は城に戻ったあと、城の園庭のベンチでしばらく何も話さずに一緒にいた。
討伐が早く終わったから、まだ昼だったが、徐々に夕暮れに景色が染まっていく。不思議と、何もしゃべらずに隣にいるのが、気まずくもなんともなかった。
ふと、ガイアがようやく口を開く。
「部屋に帰らないの? アダム」
「いや、今はいい……かな。ガイアは?」
「アダムがいるなら、しばらくここにいる」
「そう、じゃあ……もう少し、俺もここにいるよ。ガイアが帰りたくなるまで」
「嬉しい。優しくしてくれて」
アダムはうつむいて言う。
「全然、できてないよ。君に何も言えないし……俺にも、何か過去や記憶があれば、言葉が出てきたかもしれないのに」
ガイアはくすっと笑った。
「いいの。何も言わなくて……私にはわかってるから」
「何が?」
「私が知ってるからいい」
「あの……一つだけ、俺にできること、あるかも」
ガイアは笑う。次に言うことがわかっているのだろう。それでもアダムは言った。
「もし、時が戻せたら、ガイアのお母さんも助けられると思うんだ。だから……」
「みんなにも同じこと言ってるんでしょう?」
ヴァルトロにも確かに言った……。アダムはそう思い、なぜか少しばつが悪い気持ちになる。
「そ、そうだけど……それが一番いいじゃないか! みんなが幸せになれば!」
「わかってる。でもちょっと寂しい。私にだけ優しくしてほしいのに」
アダムは思わず黙ってしまう。確かに、みんなを幸せにしたいということは、そういうことかもしれない。
「ごめん、意地悪した」
「……いや、俺こそ。ちなみに未来だと、どうなってる?」
ガイアは少しだけ眉をぴくりと動かした。答えたくないのか……?
「そっか、変えた未来はわからないよな」
「明日の有神祭でお願いすれば、叶うかも。死んだ神様たちが一年に一度だけ星となって蘇り、流れ星を降らす日だから」
あえて話を変えてくれたのか、ごまかされたのか……わからないが、アダムは思わず好奇心を刺激された。
「へえ、いいな! あっ。もちろんお願いごとに頼るだけじゃだめだけど」
「本当に、叶えてくれる。時間はかかるけど……私の七年前の願いも、ちゃんと叶った」
「そうなんだ、ちなみに何を祈ったの?」
「……秘密」
ガイアははにかむようにそう言った。