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堂の杜の鳥  作者: 橘わに
3/9

エレベーター (スガ/エイ)

謎リーマンのスガと訳あり坊ちゃんエイの話。BL未満。

 パーティの最中、遠くに母の姿を見つけて、そしてその幸せそうな笑顔に踵を返した。叔母に言われて来たが、とある企業の新部門披露のために開かれた場は、親子の私的な会話をするには公的で、大規模過ぎる。

 それに僕は、母と話すにはあまりに言葉がなかった。

 母はキャリアウーマンで、ほとんど家にいなかった。父とは妊娠期間中に離婚していて、彼は僕の存在を知らない。僕は叔母夫婦と家政婦に育てられたようなものだ。

「帰るの?今から始まるのに」

 エレベーターを待っていると、見知らぬ男性に声を掛けられた。

「……ええ、はい。特に用事があったわけではないので」

「ふうん。君、暇なら一緒に飲まない?私はパーティーに来たら、お見合いがセッティングされていてさ。それから逃げるところなんだ」

 にこにこと笑うその表情からは何を考えているのか掴めない。悪意はなさそうだったが、純粋な善意でもなさそうだった。そう、暇つぶしぐらいの、面白がるような笑顔。

「それは、――お気の毒です。でも僕は、つまらないですよ」

「うん?」

「その、一緒に飲んでも、つまらない。今も、気の利いた言葉を捜して、でも、なく、――思いつかなくて」

 ああ嫌だ。こんな短い返事に、何度詰まっているんだろう。

 母はあの会場でよどみなく会話をし、にこやかに笑っていた。

「君、人見知りだろう」

 男性はにこりと笑い、僕は顔が強張った。

「ええ、…そうです」

 例えば見知らぬ人でも道を聞かれたりすれば、答えられる。その後の展開が予想できるからだ。でもこういう先の展開の読めない会話はとても、緊張する。

「じゃあ、友達になろう。友達なら気安いだろう。私の名前はスガだ。君は?」

「……叡、です」

 咄嗟に下の名前を言ったのは、母の顔が浮かんだからだ。知り合いだったら、迷惑をかけるかも知れない。

「じゃあエイ君。酒は飲める?」

「一応、二十歳です」

「年齢に一応って」

「今日が誕生日なので」

 僕の言葉に面白そうに笑った彼は、その笑みを引っ込めると、今度は柔らかく微笑んだ。いくつぐらいなのだろう。長身でスーツがよく似合っている。こんなにもスマートな物腰の人と話すのは初めてだ。

「それはお祝いしないとね。あ、でも二十歳の誕生日なら、先約ありかな?」

「いえ。特に祝わないので」

 そう答えると同時にポーンと音がして、エレベーターの扉が開いた。そっと背を押され、乗り込む。スガは少し考えるようにしていたが、ややあってまた感情の掴めない笑顔になった。

「じゃあお祝いしよう。車呼ぶからちょっとエントランスで待っていて」

 広いエントランスにぽつりと残されて、巨大な生け花を眺めていると、どんどん不安になった。知らない人について行ってもいいのだろうか。だがあのパーティーの参加者ならば身元はきちんとしているはずだった。政財界のそこそこの地位の人ばかりだ。そう思うと逆に失礼がなかったかが気になって堪らなくなった。

「どうしたの?」

「あ、いえ、……小心者なので」

「うん?」

「――居た堪れなくなっていました」

「君は面白い子だなあ」

 スガは笑う。常に笑顔で、目を細めている。いつかこの笑顔を剥がして怒鳴りだすのではないかと思うと、怖くもあり、心地良くもあった。そうなればいい。僕を突き放してくれればいい。

 車の中で僕は死にたくなって堪らなかった。

 情緒不安定なのは前からだが、それが度を超してきたのはここ二週間ほどだ。見かねた叔母が母と話し合うように僕を追いたて、そして今、何故か見知らぬ男の車に乗っている。

 堪らないのは自分が何をしたいのかわからないからだ。先が見えないのに、前へ進めと。

 ふと我に返るとスガにキスされていた。目元にかすめるようなキス。

「……なに…?」

「ひどい顔してるから。大丈夫だよ。襲ったりしない」

 スガは身を引き、そして寂しそうに目を細めた。

 どうしたんだろう。僕は、この人に惹かれている。

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