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彼女が用意してくれた昼食を食べ少し休んでからユリ殿に戻る。
約束の時間より少し早かったがすでに設営のための人たちが来ており挨拶をしてから鍵を開ける。
場所を確認しながらテントなどを設置していく。
むしろ確認をしていた時間の方が長かったのではないだろかと感じるほどの手ぎわのよさに感心しつつ、最終確認を済ませ受け取り確認のサインをする。
「アズハ君!良かった、知ってる人がいる神殿で。」
入れ替わりにやってきた3人の女子生徒は姉さんの知り合いのようだ。
「きてくれたのがあなたたちでよかったわ。」
姉さんも心底安心と言った声で言葉をかける。
「まず3人に紹介するわね、このユリ殿の花姫よ。」
「ユリ殿を預かりました、ミリア。華名はリリーです。」
姉さんに促されるように挨拶をする。
「こっちの3人は花姫候補でユリ殿の手伝いに来てくれた私の同級生よ。」
「マホロです。」
「アサヒです。」
「ツムギです。」
慣れているのか3人がテンポよく名前を言っていく。
「マヒロはどうしたの?」
「マヒロは前回の課題成績があんまり良くなかったみたいで、選外になっちゃったんだって。」
4人がそんな話をしているのを見ているとそれぞれの肩からティーがこっちを覗いている。
ワンワンワン!
そう元気に鳴きこちらへと飛んできたティーを受け止める。
「この3人。正確にはもう1人いるんだけど、それぞれ毛色の違うシバイヌのティーよ。」
マホロからは白、ツムギからは黒。そしてアサヒは赤地に黒い模様で下顎から腹にかけては白の三毛。
それぞれが姿の似た、されど個性的なティーだ。
「あはは、遊んで欲しいのね。」
黒白が肩を登り、三毛が尻尾を千切れんばかりに振りながら期待するような視線を向ける。
「本当はもう1人、赤毛のシバイヌを連れた子がいるんだけど今回は欠席ね。」
イヌのティーと遊ぶのは少し慣れたものがある。
試しに指先から影を伸ばし3匹の前で振ってみると嬉しそうに飛びつき地面に降り追いかけ始めた。
「ねえねえ、この子が噂の子?」
3匹をそれぞれ相手するのはかなり集中力が要る。
追いかけ回して、勢い余りひっくり返ってしまったティーのお腹を陰で作った手でわしゃわしゃと撫でると他の2匹もうらやましそうにひっくり返ってお腹を出す。
「どの噂かわからないけど、私の可愛い後輩で花姫様よ。」
姉さんの言葉にはそれ以上は今聞くなという圧が見え隠れしていた。
その後、案内をすると言う程で今設営した神殿裏のテントに向かった。
「皆さんはここで作業を行なってください。祭り期間中も休憩の時とかはここを使ってください。」
「えっ、ココを私たち3人で使っていいの?」
マホロが驚いたように言った。
神殿裏のスペースにテントを2台、4方向を布で塞いで中には机と椅子を並べただけの簡単な作りだ。
「やっぱり、ここでは簡素すぎますか?他に必要なものがあれば言ってください。」
貸出品の中からできることをやったが、足りなかっただろうかと不安になる。
「そうじゃないの!」
「そうそう。他のところだと私たちが休憩する場所なんてなかったし、事前作業も神殿の廊下とかでやってたのよ。」
なるほど、他のところはこう言った準備はしていないのかと思った。
「6時や12時みたいに大きい神殿なら余分に部屋もあるんだけど、他のところはここと同じだからわざわざ私たちにこんな場所作ってくれる花姫様が初めてなの。」
そう言うと3人は、ねーっと顔を見合わせていた。
「外は寒いですし、簡単なものしか用意できませんけど私たちは神殿の方にいるのでよろしくお願いします。」
机の上に段ボールを1つ出し、姉さんと2人で外に出た。
「そういうもの?」
「あの子たちが言うならそうなんでしょうね。」
姉さんもそのあたりは知らなかったようだ。
「さぁ、私たちも作業しましょうか?体はキツくない?」
「今のところ異常はありません。」
中央の道以外の地面に影を広げる。
しばらくやってみてわかったが、思った以上に違和感がない。
紐は何十本も束になって段ボールの中に入っているが、もちろんそのままわたすわけではない。
両手を広げた長さよりも少し長い紐を半分に、そしてさらに半分に3回くり返す。
そうしてできた束を白い紙で巻き中央を留める。
これをひたすら作らなければならない。
「アズハ君…?」
それぞれの場所で作業を始めて1時間ほど経った頃だろうか、マホロが建物の方へやって来てみた光景に思わず語尾が上がった。
「えっと、何してるの?」
「ティーの行動練習。」
ミリアとアズハが机を挟んで向かい合って座り、ミリアは少し顔を上げた状態で目を閉じて時々唸りながら眉間に皺を作ったり消えたりしている。
肩からは本来の腕とは違う腕が2本ずつ伸びており、それぞれで作業している。
「ミリア、また力入れすぎてるわよ。」
「了解。」
本来の手は一切動かしてないが、右側と左側でどんどんと作っていく。
「一度休憩しましょう。」
姉さんがそう言ったので作り終わったものを置き出していた腕が消える。
「それで、マホロはどうしたの?」
「うん、ちょっと喉が渇いたから外に飲み物買いに行こうかと思って。」
「それなら、これどうぞ。好きに休憩してもらって大丈夫ですので。」
そう言って影の中から出した籠を手わたす。
「お菓子だ。いいの?」
「1週間も前から来て手伝ってもらってるので、これくらいしかできませんが引き続きよろしくお願いします。」
「アズハ君、どうしよう。この子めっちゃ可愛い!!」
籠を前に抱きながらマホロが言う。
「あなたにも後輩ができたら可愛がってあげるのよ。」
「この子がいいー。」
「この子は私の子だからダメよ。」
ちぇーと言いながら戻って行った。
「ちなみにあのお菓子は。」
「我が家の美人さんが昨夜から張り切って作ってくれました。」
先ほどとは違う籠を出しながら言う。
「参考までに聞きたいんだけど、影で細かい作業してる時ってどんな感覚なの?」
クッキーを1枚口に運びながら聞いてきたので少し考える。
「そうですね、影から手を出して何かに触れる時って手が延長したような感覚なんですけど、数を増やすとそれが分裂してるというか…。掌からさらに2本に分かれてそれが左右の手の形をしてるけど、感覚的には片手分というか…。」
説明が非常に難しい。今のところそれに尽きる。
「なるほど、わからんってところね。」
無理に言語化してみたが、もちろん伝わるわけもなかった。
「余計なことに気を取られず無意識の領域で動かせれば1番いいんだろうけど、それは遠い遠い目標になりそうね。」
「ちょっとそれは思考ごと分裂しないと難しいですね。」
まだまだ試行錯誤を続けることになりそうだ。




