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影はものを持つ事やどこに何があるかを把握することはできるが、影に視覚は無いし話すこともできない。
そして、音もなんとなくでしかわからない。
というのも、振動は触覚として伝わってくるので足音だろうとかガラスのぶつかる音などはなんとなくわかる。
でも、精度が低い。
音の出所を影が直接触れば震えているということは伝わってくるが、それがどんな音なのかわからない。
例えば影に何か話しかけられたとしても、目の前の人物が何か音を出している。
それは顔周辺から出ている音だが、なんの音かはわからない。
怒鳴り声も鼻歌も等しく『鳴っている』としか認識できなかった。
質量に関しては今のところ底が見えない。
一度思い切って自分の足元の影を馬車の中いっぱいに広がるイメージをしてみたところ、最も容易く馬車の内部全てを覆い尽くす事に成功した。
正確には先ほどの馬車いっぱいに広がるといったのも感覚的には「広げる」ではなく「満たす」が正しいのかもしれない。
よくわからない大きな物体を丁寧にこねて掌で大きく伸ばすのはたとえイメージでも大きな労力を必要とする。
でも質量が今のところほぼ無限であるということから発想を得て、影を広げたい空間を大きなコップとイメージした。
蛇口から出た水をコップいっぱいに溜めるように充す。
すると影が満たされる。
風呂の浴槽の水を排水するために栓を抜く。
そのイメージをしっかり行えば影はスルスルと足元に戻ってくる。
言葉は悪いが蛇口と排水溝が同居したような感覚には気付かないふりをすることにした。
あとは影の中にものを入れられることもわかった。
一度試しに食事に添えられていた花を落としてみた。
もうすでに手からは離れたはずの花の感触を一瞬感じたあと、花は影の中に消えていった。
影の中に手を入れてみると、水につけた時のような冷ややかさを感じた。
そして手に触れるものをとってみると、花は落とした時のまま取り出すことができた。
そのあともう一度花を影に入れてさらに一冊の本と鉛筆を入れた。しばらく考えてから本だけを取り出した。
入れた順番に出てくるわけではなく、出したいと思ったものが手に取ることができるとわかった。
少し怖かったが腕が入るならと床に寝そべるような体制で上半身を影の中に入れた。
当たり前だが真っ暗だった。
でもそこがどこまでも広がるだだっ広い場所だということはわかったし。
それほど遠くないところに地面があるのもなぜかわかった。
意を決っして飛び込んでみる。
すぐに足が着く。
5歩だけ歩いて外に出るために手を伸ばしてみる。
すると手はすぐに何かに触れそれが床材だと分かった。
体が浮いたのか地面が持ち上がったのかわからないが、大した労力なく出ることができた。
ベッドの横から影の中に飛び込んだはずだったが、出てきた場所はクローゼットの前。
歩いて戻ってみるとちょうど5歩だった。
他にもいくつか検証してみたいことはあったが、それをするにはこの部屋のスペースでは足りなかったので断念した。
8月10日から18日まで毎日更新予定。
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追記:明日からもしばらくは毎日更新します。
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