5
そこまで終えて、急に空腹がやってきた。
簡易キッチンに向かうと先ほど案内された時にはなかった布巾の掛けられた皿とグラス、置いてあるメモには飲み物は冷蔵庫にと書かれている。
布巾をとると一口サイズにカットされたサンドイッチ。
冷蔵庫の中には水とリンゴと書かれたタグのかかった瓶が入っていた。
グラスにリンゴジュースを入れサンドイッチの皿と一緒に持って戻った。
重ねた本を机の隅に追いやり、1番上から入学案内を取る。
まずは学校の所在地である。
6。
先ほど約2ヶ月の旅と言われて覚悟はしていたがものすごく遠くそして雲の上のような場所だった。
兄が進学した学校が東20で入学に付き添った父が出発して帰ってくるのに3ヶ月ほどかかった。
神様のことを学ぶ事が許された先生ですら12の学校に行っていたときいた。
15には大きな壁がありそれより内側は東西南北の垣根はなくなる。
その壁を越えるための許可はその人自身のティーが大きく関係する。
それゆえに若い数字の場所というのは現実味のないお伽話の中の世界だった。
ワクワクと不安に思う気持ちが辛うじて釣り合っている。
最初の二、三日は随分と退屈だった。
馬は疲れ知らずで朝も夜も走り続けている。
鎧の人は日に数度カチャカチャと軽い音を立てて組み上がり、部屋の掃除や炊事洗濯を行ってはまた元のに戻っていく。
時々話しかけてくることはあったが私のティーについてや勉強の進度について一方的に質問されてその返答を聞きいて少し考えるような仕草をした後に戻っていく。
勉強していても外を眺めていても時間の進みが随分とゆっくり感じる。
唯一あっという間に時間が過ぎると思ったことはティーの正体を探る時間だった。
ティー図録・代表的なものについての本によれば入学する資格があるのはティーがティー自身の意思を持っているモノであること。
犬や猫などの姿をしているティーが圧倒的に多数であり、その大きさはおおよその場合持ち主の拳2つ分だと書かれていた。
そこで影に目を向ける。
床に膝をつき影を掴んで引っ張り出してみる。
ズルズルズルズルと出てくる。
抱えられるだけ抱えて立ち上がってみる。
大きさは明らかに拳2つ分より大きい。
次にティーを使って生産したものが意思や不思議な力を持つ場合も入学資格に該当する。
影はティー自身であり、影は私が作っているわけではないのでこれも除外。
影を触る以外で動かせないか試してみた。
強く願った。影がまっすぐ伸び上がり、天井に触れた。触っていないのに指先に固く冷たい感触を感じた。
離れた場所にある本を持ち上げることを願うと影は本の影まで伸び繋がると本を少しだけ持ち上げた。
ベッドサイドにある円柱型のスツールをしっかり見る。そして影を見てその形をイメージした。
影は少し歪ながらもその形を再現した。腰掛けてみたが、崩れたり歪んだりすることはない。
でも少しでも違うものが意識に入ってくると円柱の形が簡単に歪んでしまう。
こればかりは慣れるしかない。
剣を正しい形で振るうには何度も何度も剣を振る必要がある。字を綺麗に書くには何度も何度も書く必要がある。
それが両親の教えだった。
思い立った次の日からは練習の日々に入った。
勉強中、本の隣にグラスを置いた。
そしてその隣に同じ大きさの影を作った。
最初の10日はグラスを見ていない時の影はゆらゆらと揺れた。少しでも勉強に意識を没頭すると影は跡形もなくなくなる。
10日が経った頃、グラスの底の部分が崩れなくなった。
しかし、上部はゆらゆらとしている。
これではまだグラスとしていつでも使うことはできない。
影がグラスとしての自覚を持ったのか慣れてきたのか少しずつ崩れない部分が増えていき完璧なグラスの形を一日その場で維持できるようになったのは40日が過ぎた頃だった。
その頃には影は意識外でも動くようになっていた。
上階から外を見ている時にふと眩しいと感じたら手で顔を覆うより早く影が動く。
ふと鉛筆を落下させてしまうと腰をかがめて手で掴むよりもはやく影が動いて机の上に戻してくれる。
影と呼んでいるが本当に影なのか怪しい。
8月10日から18日まで毎日更新予定。
20時前後の更新を予定しています(その後はどうするか検討中)
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