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「正面の通りが2番街。その左側が12番街。12番街の正面にある通りが6番街よ。」
「ここも時計の文字盤なんですね。」
「そうよ。ここ以外にも結構そう言うのが多いわ。そして私たちが行くのはこっちの建物よ。」
8番街から12番街までと2番街から6番街までの間にはそれぞれ5軒ずつ建物が並び、12番街から2番街までと6番街から8番街までの間には大きな建物が1軒ある。
今回の目的地は今出てきた8番街のすぐ隣、6番街との間にある大きな建物だった。
開けっぱなしの正面扉をくぐり中に入るとそこは受付のずらりと並ぶフロアだった。
こちら側は大したスペースはないが受付の後ろは事務スペースなのか所狭しと机が並んでいる。
受付はたくさんあるが今他に訪ねてくる人がいないためかそのうちの2つにしか人は座っていない。
1番近くの人が座っている受付に姉さんが進んで行ったためその後ろをついていく。
「失礼します。スミレのマダムはまだこちらに?」
「…少々お待ちください。」
受付に座っていた初老の男性は一度こちらを見るとすぐに返事をし、片手にファイルを持ったままどこかに行ってしまった。
「ミリアってかしこまったお辞儀とかできたっけ?」
「…一応。」
考えたが今は無駄だと思い曖昧な返事を返しておいた。
そうしているうちに男性が帰ってきた。
「まだ部屋に居られます。ですが、訪ねられるなら急いだほうがいい。」
「ありがとうございます。」
そう言って姉さんが奥の階段に向かう。
「よかったわね。時間ギリギリだから居るかどうか不安だったけど。」
そう言って2階を通り過ぎて3階にたどり着く。
正面、左右に伸びる廊下。その廊下を迷うことなく進み1つの部屋の前までくる。
3回ノックすると勝手に扉が開いた。
「マダム、ごきげんよう。」
「はい、ごきげんよう。」
部屋の中にいたのはふくよかな女性だった。
部屋の中はといえば窓の方を向くように机と椅子が1人分あり、部屋の中央に猫足の机とその上に置かれたクッションに乗った水晶が一つ。
「新しい後輩を紹介しにきたの。」
姉さんがポンと背中を押したので、一歩前に出て丁寧にお辞儀した。
「初めまして、ミリアです。」
「そんなところにいないでこっちにおいで。」
ややぶっきらぼうな口調でそう言いながら水晶の前に立つように手招きされた。
姉さんを見れば目線で行くように促されたためそれに従う。
「さぁ、手を。」
水晶の横に差し出された手の上に手を出す。
そのまま手を取り、水晶に優しく押し当てる。
最初冷たかった水晶に徐々に体温が伝わると、目に見える変化が起こり始めた。
触れている場所からジワリと水晶の中が黒に染まっている。
水の中に濃く色付けした別の液体を落とした時のように。
それは広がることも混ざ理薄まることもなく水晶の底に沈んでいく。
ジッと見つめ続け4割ほど溜まった時、手がそっと外された。
「歌え踊れ、分身よ。走れ回れ、預かり物よ。」
歌うような抑揚でそう呟くと水晶の中身がゆっくり波打ち出した。
波紋を描き、右へ左へその中心を変えていく。
「明日、いや明後日。またおいで。それまでに紹介状を用意しておいてあげるよ。」
そう言って一息つく。
「ありがとう、マダム。明後日ね。」
「そうだよ。その時は1人でおいで。」
もう子供じゃないんだ、と言いながらどこから取り出したのか指先でタバコの葉を丸めキセルの先に詰めている。
「わかりました、よろしくお願いします。」
頭を下げる。
「さぁ今日は時間も遅い。早く帰りな。」
そう言われて姉さんと足早に退室する。
「神様も酷なことをなさる。」
普段深く吸わないように気をつけているのにため息と共に漏れ出た言葉をハッと飲み込むように吸ってしまい、部屋の中にチリチリとタバコが燃え尽きる音が響く。
普段より多く口の中から漏れ出る煙に改めてため息をつく。
受付に用事は終わったことを伝え、2人で建物の外に出る。
「時間がなかったから説明できなくてごめんなさいね。驚いたでしょ?」
広場に出て適当なベンチに腰掛ける。
この広場沿いの店の中でもこの時間まだ営業しているのは4軒だけで、広場にも机と椅子を出して食事とお酒そして談笑を楽しむ大人たちがちらほら見える。
「カラー以外のクラブに所属してる生徒って少ないでしょ。どのクラブでもクラブハウスの中に個室があるんだけど、そう言うところを装飾する職人さんたちが生徒を取り合わないように決め事があるの。」
なるほどと思いつつまだ話の先は見えてこない。
「職人はギルドに登録してギルド所属の占い師が仕事の振り分けを行う。それがルールよ。」
ここならではのルールということか。
「この街のギルドは今出てきた職人ギルドとその正面にある商業ギルド。職人ギルドはお客様と職人を出会わせてくれて、商業ギルドは生産したものを買い取ってくれるわ。」
ちょっとしたお小遣い稼ぎをしてる生徒も多いのよと付け加える。
「マダムに任せれば大丈夫よ。きっといい職人さんを紹介してくれるわ。」
そう言いながら姉さんが立ち上がる。
「飛行士の面々も帰って来てるわね。私たちも帰りましょうか。」
空を見上げると高い位置に何かが飛んでいるのが見える。
明らかに見たことない大きさの鳥が飛んでいるように見えるが、まぁ今は気にしないことにした。
クラブハウスの前まで足早に戻り、専用トラムを呼ぶ。
姉さんも一緒に乗って帰ろうと誘ったがやんわりと断られた。
占いは統計や予測などなどの技術だけど、それが外的力で確実な結果を残す物になったときは能力だと定義してる。




