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ちょうどできあがったものを籠に入れ、次に手を伸ばす前に考える。
「何か女性側に問題、いや咲かない理由があるってことですか?」
「そういう事。一般的にそれは、恋心って言われてるわ。」
「それはまた、女の子が喜びそうな話ですね。」
「それこそお祭り騒ぎよ。咲かない花を飾っている子は、心に想い人が居る証って言われてるわ。」
人によっては1番秘密にしたいところを公にするとは、なかなか悪趣味なイベントだ。
「5月に同じようなイベントがあって、その時は男性側に花が届くわ。それまでに想いを伝えて両想いになると相手にも同じ花が届いてお互いが交換するの。相手が手に取った瞬間花が咲いてハッピーエンド。」
「ちなみにワマさんはその光景を見たことは?」
なんとなく好奇心から聞いてみた。
「私が当事者になったことはないけど、蕾のままの子は毎年見かけるわ。」
全く興味もない子もいれば、そういうお年頃ということで当たり前に居るのだろう。
「ちなみに昨年の話なんだけど蕾のままで即日想いを伝えて両思いになったと思ったら、5月に相手側が全く違う花を咲かせたもんだからフルスイングビンタをして男子生徒がそれはそれは綺麗に飛んでいった光景を見たわ。」
「それは相当な修羅場ですね…。」
詳しく話すと結構生々しいんだけど聞きたい?と聞かれたが、首を大きく横に振って拒否した。
「この準備は、手が空いた人が率先してやってるんですか?」
「いいえ、みんなほとんどやらないわ。」
そう言いながら小さく吐かれたため息が聞こえた。
「誰もやらなけらば、あの子たちがやってくれるの。」
そう言いながら扉の方を見れば、小さなブラウニーズ達が少し開けた隙間からこちらをのぞいていた。
「いつも通り仕事をこなして、みんなが寝静まったころにどこからともなく集まって黙々とやってるみたいよ。だから本当は、わざわざクラブハウスまで来て私たちがやらなくてもいいの。」
「そうだとわかっててもやるんですね。」
わざわざなぜなどとは言わなかった。
「私も最初そう思ったわ、でも、先輩が…。私が入学してすぐの頃に色々教えてくれた花姫様が、せっかくなら少しでもお手伝いした方が楽しくない?って言ったの。」
「楽しい?ですか。」
いまいちピンとこない表現に首を傾げる。
「誰かが笑顔になる瞬間、それをほんの少し私も手助けしたかもしれない。そう思うと少しだけ嬉しくならない?」
誰かが聞かせてくれた言葉を思い出しみえない指でなぞるようにゆっくりと声にしている。
「私はそれを納得できなかったけど、否定もできなかった。だからこうやって自分ができる範囲で誰かが笑顔になる手伝いをしてるの。」
ワマはほとんど表情を変えなかったが、声色に楽しさが伝わってくる。
「そして、いつか辞めなさそうな後輩ができたら伝えてあげなさい。そうも言っていたわ。」
「辞めなさそうなですか?」
「そうよ。花園は女子生徒の憧れではあるけれど、常に人手不足が困ったところ。」
そういえば前に双子姫も言っていた。
「冬まつりの神殿メンバーがやっと集まったと思ったら、辞退する。新入生以外をクラブに入れる場合は事前に本人への意思確認が行われるんだけど、大半の生徒は首を縦には振らない。」
「憧れのクラブのはずなんですけどね。」
このクラブハウスは大きな温室のような建物の中に造られた建物。
建物の周りはカフェや露店が多く、大道芸などの声も聞こえる賑やかなところだ。
カフェのテラス席にはいつも多くの女子生徒達がおしゃべりの花を咲かせている。
美味しいから人気があるからという理由は二の次で、ここで飲食をし時間を過ごすことが一種のステータスになっているそうだ。
「ここにくる時や帰る時、ものすごく見られてない?」
「正直穴が開くほどというか、視線が質量を持ってたら私の体が穴だらけになるくらいには見られてます。」
「…今日はちゃんと12号館まで送って行くわ。」
ワマのティーによる移動能力は火のあるところを介して行く方が容易で、ティーが生み出す火だけの場合はかなり消耗するらしい。
「憧れの花を見るのはいいけど、花になった時足もとのいばらがもつ棘に刺されても咲き誇る覚悟がある人は少ない。」
それまで仲が良かったはずの友人達から距離を置かれ、憧れとは程遠い視線を向けてくる。
こんなことなら一輪の大輪にならずに草葉に紛れる無数の小花で居たかった。
頭の中に一瞬でも想像できてしまえば、そうそう簡単に首を縦に振ることはできなくなる。
「まぁ、覚悟なく入ってこられて休学されても困るんだけどね。」
それはその通りだ。
「あなたは久しぶりの新入生で花園に入って、トラブルはあったけど任された神殿の花姫を勤め上げた。だから、今日連れてきた。」
何も花姫に棘を向けているのは外の人たちだけではない。
向けられている自覚はなかったが、また1人棘ではなく手のひらを向けてくれる人ができたということだろう。
「明日からも時間があるときはここに来て手伝ってもいいですか?」
「もちろん。あなたも花姫なんだから好きに出入りすればいいわ。」
そこまで言い切ったワマだが、でもと続けた。
「1人で来るのはやめた方がいいわね。この街でプレパートリー生が1人で歩いてるのはとても目立つから、誰か伴って来るか移動系のティーで直接来るかした方がいいわ。」
「それは要相談ですね…。」
単純な作業を黙々と行うのは好きだが、そのために誰かを巻き込むのは気が進まない。
「あなたならそのうち人知れず移動する能力も開花しそうだけどね。」
ワマがそう呟いたので手を動かしながら少し考えたが、残念なことに今はそういう解釈をできそうになかった。
目の前で突然プロポーズが始まった経験はありますか?
私はあります。




