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「ミリアはトランプの全員を見てどう思う。」
一通り話というには抽象的な授業内容が終わったところでアマジは言った。
「私はまだ全員の顔と名前を把握していませんし、どうと言われてもわかりません。」
全員が揃ったときは皆が顔を隠していたし、そもそも集まる機会にまださほど参加していない。
「私が学園に来る前までは、トランプに欠けがあるなんてことは異常だった、」
アマジは36歳だ。
つまり25年前の事が起こり始めた頃に入学している。
「所持者が亡くなると少し時を開けて次の人物をトランプが選ぶ。全員が全員年寄りというわけではなかったが、大人の集まりに若い人が1人か2人。持ち主不在のトランプが新たに選ぶのは成人前の子供に限られる。」
空席ができるとそこに子供が入り、時間をかけて役割に合うよう育てていく。
その過程でごく稀に脱落、トランプが去ることもあるがほとんどのものが一生をかけて勤めに励む。
「今のトランプは持ち主知れずが6枚、所持者の28人が大人で残りの19人は学生だ。」
今後新たに選ばれたとしても今しばらくは3人に1人は学生というあまりにも平均年齢が低い。
「首謀者が捕まり戦争が終わったとされる時、生きていたトランプ所持者はわずか13人。ほとんど事故のような事件に暗殺、行方知れずでいつの間にかトランプが白紙になって戻ってきたことで死亡扱いになった者が40人。」
誰がどういうティーを預かりトランプを所持していたかは記録が残っている。
トランプの所持者なら閲覧に制限はないので、いつか確認してみるといいと付け足された。
「それから、離脱者が1人。」
「…離脱者?」
聞き慣れない不穏な言葉に思わず聞き返してしまった。
「新品のトランプを開けたとして、中身はどうなっている?」
「Aと2から10までの数字札、それから絵の札が3種類。4つのマークごとに13枚ずつ、それから2枚のジョーカー。」
頭の中で思い浮かべながら言う。
「そう、全部で54枚。それじゃあ、今いるメンバーと白紙を足した数は?」
直前にアマジが言った数を思い出す。
(確か28と19…、それから…。)
「53…。」
白紙の6枚を足した数は53。
先ほどまで確認した数とは合わない。
「そう。現在のトランプは最大で53人。1人分足りていないんだ。」
「その足りていない1枚が離脱者っていう事ですか?」
「その通り。」
所持しているとかしていないではなく、離脱者と表現するところに妙な違和感を感じる。
「トランプの所持者が亡くなる。そうするとしばらくしてティーが帰る、それからトランプが箱の中にいつの間にか戻っている。でも1枚だけ、いつ手にしたのかもわからなければ誰が持っているのかもわからない。」
「それだと、離脱者って言い方は正確じゃないですよね。」
誰がいつから持っていてどこにいるかがわからない、
それだと離脱者という名称は、その言葉の意味として正確ではないことになる。
「正確には記録から消されたんだ。」
「すべての記録からですか?」
「その通り。公的に残る物も私的に残る物からもそこにあったはずの記録から綺麗に1人分だけ消えた。」
「それって…。」
公然の秘密を表立って暴露し覆そうとした人たちの末路と同じではないかと考え付き言葉を詰まらせる。
「25年前、生き残った13人。その中には私の父アダンも入っている。」
いつだったかコウヤがアダンに対して戦争の英雄と言った。
それに対してアダンは生き残っただけだと返した。
ただ生き残ったわけでではなく、生き残ると同時に重大な事を胸の内に抱えてしまったのだろう。
「先生はそのことについて知っているんですか?」
「あの人は何度聞いても教えてくれなかった。それは他の人たちもそうだ。」
アダンはもちろん、他の生き残った人たちにもくまなく聞いて回ったのだろう。
「誰も詳しいことなんて教えてくれなかった。そうしているうちに記憶のある人たちもいなくなっていく…。」
そう言ってアマジは頭を抱える。
「私が学園に入学する前、家に訪ねてくる大人たちの顔をハッキリとは憶えていない。それでも世の中が混乱する中で葬儀に同行させてもらって最後のお別れをした顔が私に笑いかけてくれていた人だったのは憶えている。」
幼いながらに自分に向けられた表情と声にこもる感情だけはハッキリとしなくてもしっかり憶えていたのだろう。
「その中で1番私に笑いかけてなんてことない会話をした記憶がある人がいつの日からか父のもとを訪ねて来なくなり、その人ついて父も母も話をしなくなった。」
アマジが顔を上げ大きくひとつ深呼吸をする。
「あの日、屋敷を襲う土砂をミリアが飲み込んで倒れたところに手を伸ばそうと向かってきた人物にティーをかまえてその顔を見た。もう30年近く見ていなくて思い出そうとしても思い出せなかったはずの顔をハッキリ思い出した。なんせ、記憶の中にあるそのままの顔であの場に居たんだから。」
面影があるとかそういったわけではなく、年月を感じさせずまるで昨日見た顔かのようにその人物はその場に居たのだと言う。
「…歳をとらなくなるティーっているんですか?」
可能性があるとしたらそういうことだろうと思い疑問をぶつけてみるが、アマジは首を横に振る。
「現在までそう言ったティーは確認されていない。」
どんなティーであろうがそれだけは平等ということ。
「ただ、可能性があるとするなら解釈を変えたかだ。」
「解釈…?」
「ミリアは自身のティーをどういうティーだと思う?」
疑問に質問で返され少し考える。
「私が思ったように動いたり、中に入ったり入れたり。あとはもう1人出したりできるティーですね。」
「それ以外にもできることあるだろ。」
「さいげんせい?の関係で非公開です。」
アズハのティーの力を借りて影の中で起こったことを再現させたこともあった。
水の中の影に入ると違った景色を見ることができた。
しかしそれらは2度同じことをするのが困難なため、きちんと方法が確立できるまで安易に言うべきではないし使うべきではないと言われた。
「まぁいい。ティーが思ったように動くからきっとこんなことができるというのがひとつ。手を伸ばしてみたら中に入ったので自分自身が入ることができるし物も入れられるというのがもうひとつ。これはそれぞれミリアがティーの力をそうであると考えた、からできるようになったと言える。」
つまり解釈したとは、できるかもしれないができたという考え方ということ。
「でも歳をとらない、見た目が変わらないって考え方になるティーって…。」
「いまだに数年に1人か2人は、今まで見たことも聞いたこともないティーを預かる子供がいるんだ。その中には見た目は同じでも全く違う力を発揮する場合もある。だからこちらが想像つかなくても絶対に有り得ないとは言えない。」
可能性は無限でいざ敵対した時に対策の先手がとれないというのはやっかいだ。
色々詰め込んだ上に最後に最大の疑問を抱えてしまい、うーんと小さく唸りながら上を向く。
すると急に視界が暗くなったかと思うと、温かい何かが顔の上に置かれた。
「君たち、歴史の授業をやってたんじゃなかったのかい?」
声の主はこの建物の所有者でもあるアダンだ。
そして顔の上に乗っているものを両手でとり、膝の上に置き直す。
アダンのティーは何が起こったか分からないといった表情でしばらくキョロキョロとしていたが、自身を掴んでいる手の主に気付くと慌てて抜け出し一目散に膝から降りて行った。
「答えのない考えで頭の中を埋め尽くすのはおすすめしないよ。」
「それじゃあ、答えを教えてくれますか?」
その問いかけにアダンは唇をキュッと結んだ。
「父さんはこの話題については話さないよ。」
アマジは諦めたように言った。
「どうしても話さなければならないとなれば別だけどね、私の過去は今の君たちには必要じゃないのさ。」
アダンは足元に戻ってきたティーを掬い上げながら続ける。
「それに、一度は友人と呼んだ相手のことを無闇に暴かれたくないと思うくらいにはまだ情が残っているんだよ。」
それがたとえ自分たちの命を奪おうとしてきた相手であっても。
そういうアダンの声はこちらに向けられたものというより、自分自身に言い聞かせるように聞こえた。
間話はこれにて終了。
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