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平穏な場所に新たな住人が…
いつも通りで迎えてくれた彼女にただいまを言いながら手を握ると、いつもニコニコとしてその強弱はあれど笑みを絶やさない彼女の顔が驚き一色になった。
「今だけ。もうあと少しだけ、私からなら触れるよ。」
そう言うと彼女はそっと手を握り返し自身の頬に手のひらを当てるように持っていった。
初めて触れた彼女の頬は陶器の器を触っているようになめらかで、しかし体温を感じず触れた先からこちらの体温も冷ますほどに冷たい。
(やっぱり人とは何か作りが違うんだね…。)
今は彼女の満足するまで付き合ってあげようとされるがままにしていたが、終わりはあっという間におとずれて彼女の握る手が崩れた。
「また触れられるように、今度は時間を気にしなくてもいいように練習するね。」
そう言うと彼女は納得したように笑っていたが、少し悲しみも感じられる顔でうなずいた。
「…今日は収穫の日?」
入浴も夕食も終わり落ち着いたところで彼女はカゴを持ってきた。
この後のことを察して彼女に問いかけると、小さくひとつうなずく。
(あぁ、前回のことがあったから一緒にやろうって言いづらいのかな。)
冬祭り前の収穫の夜。
根拠もなくこの家に居れば安全と思っていたところを襲われ、2人で眠れない夜を過ごすことになった。
その次の収穫の日はこの家に居らず彼女的には話題にし辛いのかもしれない。
「先月は手伝えなかったから、大変じゃなかった?私はとっても楽しみだよ。」
そう伝えると彼女は暖炉の前にあれやこれやと準備をし始め、手招きする。
暖炉の前にフカフカのラグと足の短いテーブルが用意されていた。
指し示されるままにそこへ座ると彼女はすかさず湯気の上がるマグをテーブルの上に置いた。
(寒いから時間になるまでここで待っててってことかな?)
どこかに行ってしまった彼女の意思を考えながら暖炉を見る。
火の種類が違うせいかそれともそもそも何かが違うせいかわからないが、じっと見つめたところで何かが起こるような感じはない。
暖炉に背を向けるように後ろを向けば、伸びる影は濃い部分とそうでない部分に分かれている。
(たくさん話しかけろって言われたけど…。)
さて話そうと思っても何を話していいかわからない。
マグに手を伸ばすともうひとつ手がのびてきた。
もう一つの手の方を見ると自分と同じ背格好でラグに座るもう1人が居た。
「今日も色々あったけど、楽しかったね。」
同じ背格好だが目の前の人は真っ黒で表情はわからない。
投げた言葉にはすぐにうなずいた。
「水はキラキラしてたし、いろんな音がたくさん響いててとっても賑やかで…。」
何を言うか考えていなかったせいもあるかもしれないが、思いついたことがポンポンと口から滑り出てくる。
あまりに幼い喋り方になってしまっているが、それでも目の前の人はウンウンとうなずいて聞いてくれている。
目の前の人は両手を掴んで引っ張る。
引っ張られるまま座った状態で向かい合うと、その両手をゆらゆらと揺らし始めた。
最初は手首だけが揺れ、だんだんど腕が揺れ始める。
揺れが肩まできた時には、ふわふわと楽しさがあふれてきて思わず笑ってしまった。
相手が両手を掴んだままスッと立ち上がりまた引っ張られるままそれに続く。
またゆらゆらと腕を揺らし始めたかと思うと、たまにくるっと回る。
2人が場所を入れ替わるように回ったかと思えば、次に回る時にはこちらの腰に腕を回し自身の周りを回るように華麗なエスコートをしてみせた。
(なるほど、よく見てる…。)
手に書いてもらった線の効果はあくまでもこちらから触ることに限られていた。
だから手を掴んでクルクル回ることはできても、はたしてそれがダンスなのか。
あの場にいた人たちの中で断然背が低かったこともあって、ダンスらしいダンスは見ているばかりになってしまっていた。
「楽しいね。」
そう声をかけると、すぐさまうなずいてくれる。
暖炉の火が小さく爆ぜる音と時より外で吹く強い風の音を音楽がわりにしばらく2人で今日見た踊りの真似事を続けた。
彼女が迎えにきたことに気付いたのは暖炉の火がずいぶんと小さくなってからだった。
彼女の方に駆け寄ると彼女はもう1人の真っ黒な人にも手招きをしてついてくるように促す。
手をつなぎ彼女の後ろをついていくと、もういつこぼれだしてもおかしくないほど花たちが咲き誇っている。
つないでいた手を離してカゴを受け取り、準備をしていると真っ黒な人は植木鉢の前にしゃがみ込んでいる。
植木鉢には相変わらずスケールのおかしい木が植っていて、花が2つもう少し開けば満開と言うところまで開いていた。
「もしかして、食べる?」
カゴを持ったまま隣にしゃがみ込み声をかければ、首をブンブンと横に振った。
食べないと言うことは別に目的があるのだろうか。
そういえば、見た目は真っ黒だが視覚はあるのだろうか。
などと色々考え目ではわからないほどゆっくり開く目の前の花を1つ摘んだ。
そしてこちらを向いていた目の前の人の頭にそっと乗せる。
その時触った感覚は見た目に反してちゃんと髪の毛に触れているような感じがした。
すると目の前の人も残った花を摘み、こちらの頭にソッと乗せた。
短い茎が髪の毛に刺さるのを感じたところで、小さく笑い声を上げて笑う。




