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「化け物じゃん…。」
誰かがそう言った声が聞こえた。
多目的室中央で一定の距離をとりならが走り回る2人は、先ほどの1対多数よりも充実した内容だった。
コウヤの敗戦条件は身体への接触。
こちらは変わらずリボンの奪取。
時間切れは引き分けということにした。
コウヤのティーは目で追えない速さで飛び回り、捕まえても消失してまた新たに本体から分裂する。
先ほどは誰も到達できなかった接触も、ティー自身が突っ込んできてお腹に穴が空いたようになった時は部屋のどこからか悲鳴が上がった。
腕やお腹はあたってもその部分が一瞬散って元通りになるが、足元を狙われた時はさすがに危なかった。
左膝の下が消えた時、思わず大きく体勢を崩す。
そこにティーとコウヤが同時に来た時には思わず全身を影の中に投じて難を逃れた。
「はい、そこまで!」
10分が経過したのだろう、ユノカの声にコウヤのティーがひとつを残して消えた。
「さすがに危なかった。」
「全部消えるのはずるい。」
走り回った事とティーに指示を出し続けたことによる疲労で、2人同時にその場に座り込む。
「やっぱ2人とも動けると勝敗が付かないね、ティー以外使うの禁止とかにする?」
「それだとミリアが有利じゃないか。」
「それもそっか。」
昼食時の提案は、まず向かってくる相手の数を減らそうということ。
相手の実力がわからない場合は謎の自信でがむしゃらに向かってくる可能性がある。
その相手が誰に向くかわからない状況を回避するために、1度手酷くへし折ってしまってはどうかという提案。
(負けるならまだいいけど、リンカのティーはまだ不特定多数に知られない方がいいはず…。)
リンカは一緒に行動していることも多くなったため他のクラスからもSクラスの人と認識されている。
しかし、そのティーの特殊性はまだクラスメイト以外は知らない。
やっと消え始めた噂に新たな燃料を投下するのは、やっと言葉を覚え人並みの生活を送り始めたリンカにとって苦行だろう。
そのための手段はちゃんと話し合い、事前に相談しクラス内で実践もした。
(見る限り綺麗に折れてくれたかな…。)
口先ばかりの反省会をコウヤとしながら辺りを伺う。
もうすでに何人かは退室してしまっているし、残っている数名もユノカに何か説明を受けているがその大半が話をちゃんと聞いているとは思えない顔をしている。
後日再戦の機会があるが、はたして何人がもう1度やってくるだろうか。
「さて、俺たちも帰ろうか。」
先に立ち上がったコウヤが手を差し出してくれるが、当たり前のようにつかめなかった手を見て笑いながら立ち上がる。
「時間もあるし、僕とも遊んでくれる?」
Aクラスの人たちと先生たちはみんな退室してしまいクラスメイトしかいない多目的室に聞き慣れた声が入ってきた。
「お久しぶりです。」
「オベロさん、見てたんですか?」
先に学園に帰ったオベロと会うのは2週間ぶりだ。
「見てたよ。」
そう言いながら上部のガラス窓を指差す。
教職員室の隣、多目的室の様子を観覧するための部屋。
こちらからは鏡のようにしか見えないが、あちらからははっきりと見ることができる。
「ずいぶんと楽しそうなことをしてたから、降りてきちゃった。」
もちろん先生の許可はもらったよ。と言いながら指差す方向には1度退室したはずのノオギが居た。
「よければ、僕とも遊んでくれるかい?」
「遠慮します。」
「分不相応です。」
楽しそうにしているオベロには悪いが、コウヤと2人ですぐにお断りした。
「なんでさぁ。」
「自分たちがおおよそ勝てると見込んでやったゲームです。実力も経験も遥か彼方の相手に間違っても通用しません。」
勉強以外の時間を使ってやっと少しの自信が出てきた程度の相手だからこそ、こちらの労力少なくそれでいて派手に見えるやり方にした。
あくまでスタートラインが少し違って、ほんの少し経験の濃度が違った。
「僕に勝てたら僕の権限で欲しいものをあげるよ。」
「…ご冗談を。」
オベロはやる気がないならやる気の出るエサをチラつかせてみる作戦に出たようだ。
髪に結んでいたリボンを解き両手で持って差し出した。
「与えてもらえるもので今よりより良くなることはないので、お断りさせてください。」
もしその気になればオベロは本当になんでも用意するだろう。
上から見ていたというのはきっと1人でふらっと来て見ていたわけではなく、クラブに勧誘する人材がいないかを見ていたはずだ。
自身のクラブに向かなくても別のクラブに推薦することもオベロなら簡単だろう。
Aクラスまでの基準でもしSクラスにも景品を用意するならそれはクラブへの所属。
今現在プレパートリーでどこかのクラブに所属しているのは3人。
(ほとんど見られなかったからせめてSクラスの誰かもう1人くらい見る機会が欲しかったってところかな。)
対戦を承諾していれば、間違えなくハンデを提案されていたはずだ。
先ほどはAクラスに全員でかかってこいと言ったのだから、今度はSクラス全員でと。
「他の子たちもそれでいい?」
オベロの問いかけに誰も答えない。
その様子を見て少し困った顔をしたが、すぐにリボンを受け取った。
「まぁ確かに今、強欲になってもいいことないっか。」
ケラケラと笑いながらまたねと言いオベロは帰って行った。
いくら触れると言っても、痛いとわかってるときは例外ですよ。
(昔不慮の事故でなかなかのスピード出して飛んでる鳥にぶつかられたことがある)
まぁその辺の選択をどうやってやってるのかはわからないですけど。




