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男性とも女性ともわからない声がどこからか聞こえた。
そして、まばたきひとつのうちにまた風景が変わった。
今度は周りが真っ黒ではない。
座るソファーに右手には大きな窓。
「戻って来れた…?」
戻ると言う表現が正しいのかわからないが、目が覚めたと言うよりはちょっとした冒険から帰ってきたと言う感覚に近いのかもしれない。
首元から何かが落ちる。
目をそちらにやればタモンが自身のティーとして話し自らの手で首に刺したティーが役目を終えてはずれたようだ。
そして左斜向かいの方を見れば、ソファーに座り膝にバラ姫様のティーを乗せた状態で寝ているタモンが居た。
周りの様子を一通り確認すると気持ちに余裕が出てきたのか別のことに気がつき始める。
(これは地鳴り…?)
低い音が断続的に聞こえる。
その音は窓ガラスや家具を小さく揺らし不快な音に拍車をかけている。
タモンの肩に触れ揺らしてみるが起きる気配がない。
さらにバラ姫様のティーも同様だ。
(なんだろう。この部屋、元から煙臭かったけど今はもっと不快な匂いがする…。)
甘いものを煮詰めてちょうど色付き始めたころのような甘いけれど焦げも混ざり始めた匂い。
何かで表すならそういった匂いだった。
体を後ろに引かれて振り返る。
(火が、揺れてる…?)
中庭の中央で燃え上がる炎が不規則にそして不自然に揺れていた。
窓に近寄りさらに目を凝らせば人が1人いる事がわかった。
窓を開ける。
地鳴りの音はさらに大きくなり、触れる窓から震えも感じる事ができた。
1度振り返りタモンの方を見る。
冬の空気が部屋の中に勢いよく入ってきても目を覚ます様子はない。
なぜできると思ったのかわからない。
膝を曲げ勢いをつけて窓の外の柵を乗り越え飛び出した。
地面に着地する瞬間水に飛び込むように影の中に入り、1歩踏み出せば何事もなかったかのように地面を走っていた。
「アマジ先生!」
顔の下半分を布で隠し、いつも背負っている槍のティーを構えたアマジ。
(構えてるってことは、どこかに壁をつくってる。)
アマジのティーは槍を構えた際に見えない壁を発生させる。
何度か実技で見せてもらった。
しかし今周りに壁が必要な状況かと言われればわからない。
少なくとも目に見える範囲では地鳴り以外の異常は見えない。
「ミリアか、眠らなかったんだな。」
アマジは槍を構えたまま目だけでこちらを見て言った。
「やっぱりただ寝ているだけじゃないんですね。」
「そう。全員を確認したわけじゃないが、あなたしか今起きている人はいない。」
「何が起こっているんですか?」
その質問にアマジは一瞬答えるのをためらった。
「今、この屋敷は何者かからの攻撃を受けている。」
話すと決めたアマジは言葉を続ける。
「まず何者かに皆が眠らされた。これは香か何かの可能性が高い。ティーがいち早く気づいて遮断してくれたため寝ずにいれた。」
槍を構えずともアマジのティーが判断して護った結果唯一寝ずに済んだのだろう。
「次にこの地響き。この屋敷が周りの地形より少し下にあることには気付いていたか?」
黙ってうなずく。
この屋敷を中心に周りの森はほんの少し斜面になっている。
それは見わたしてみても気づくかどうか分かりづらい程度のもの。
カップの底に屋敷があるといえば大袈裟だが、皿の中心に屋敷があるような感じだ。
平地や丘の上などの場合、森という遮蔽物があっても遠くから屋敷の存在を伺い見る方法がいくらでもある。
念には念をいれた覗き見防止策だ。
「その坂を転がり落ちるように何かが押し寄せてる。」
今その念を入れた対策が利用されている。
「だからここで壁を作ってるんですか。」
「そうだ。異変に気付いてすぐ、ここを中心に屋敷の外の壁を囲むように壁を張った。そしたらすぐに何かが押し寄せてきた。」
「人ですか?」
「いいや。見えていないから確認したわけではないが、複数人が入り込もうとしている感じではない。例えるなら地崩れか雪崩れが全方向から来ている感覚だ。」
アマジのティーがつくり出す壁はいくつかの条件がある。
槍を構える事。
そして両足を動かさないこと。
この条件が破られた時、壁は瞬時に消える。
「あと、もうしばらく…。夜が明ければ火が旅立つ…。それまでは何としても護りきらなければいけない。」
アマジがこの状態でどれほどの時間耐えているのかわからないが、限界がすぐ目の前に迫っている事がわかる。
(今私に何ができる…。)
あまりの状況にすぐには動くことができなかった。
護れなかったらどうなるのか。
火が旅立つまでで護れたとして、そのあとは。
そもそも夜明けまであとどれくらいあるのか。
いろいろなことが頭をめぐり、思考がよくない方向にばかり考えを巡らせる。
「ミリア。」
ガクッと体制が崩れよろける。
突然のことにアマジが声をあげてくれたおかげで、思考の海から上がり現実に引き戻された。
何が起こったのかと足元を見てみれば、右足だけが影に沈んでいる。
(なるほど…。)
自身のティーが見せた自己表現か意見か。
それでも、言いたいことは伝わった。
アマジに背を向け走り出す。
すごい初期から能力は決まってたのに、出るところがなかった人二人目。
この人もたいがい変な人なんだけど、場面の緊迫具合に隠されてる。
(なのに毎章どこかしらかで出ては来てるんだからおもしろい)




