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一瞬で眠ってしまったミリアを見て少し焦りを感じたが、これまでと違い何かに耐えて全身に力が入っている様子ではない事に安心する。
立ち上がって先ほどまで座っていた場所まで戻り深く座る。
「ずいぶんと優しいじゃない。」
そう言いながら部屋の中に入ってきたのはミイロだ。
「どうしてここに?」
声からそのことに対して特に気にもしていないというのはありありとわかるが、一応聞いておいた。
「ユイトが思い詰めたような顔して庭の隅に隠れてたから、部屋に引きずり込んでいろいろ聞いたわ。」
姿は見せないがどこからか楽しそうな笑い声のような鳴き声が聞こえた。
「あぁ、かわいそうに。あいつ泣きそうなのをギリギリで堪えてたのに、怖いお姉さんにつめられて…。」
「私が声かける前から泣いてたわよ!」
中庭にたくさんある小さな広場。
ベンチがあったり花壇があったり、はたまた何もなくただぽっかりと場所が空いていたり。
中にはその場所を知っていなければ向かおうとも思わない道なき道の先に現れる事もあった。
たまたまユイトが1人になりたいと思い隠れた先が同じ地に足を着けていれば見つかりにくい場所でも、真上から見れば簡単に見つける事ができる場所だった。
「普段どんなにがんばっててもやっぱり子供なのよ。何かできる事があったはず、何もできなかった自分が悔しいって。ずっと言ってたわ。」
「そういう意味なら俺たちもまだ子供だろ。結局待ってやることしかできない。」
「大人になったからって、何ができるのよ。」
何人かの大人たちはきっと気づくまではなくても察している。
しかし、何も言わないし手を貸す事もない。
「それもそうだな。これだってせいぜい帰って来れるかもしれない保険程度だしな。」
タモンが自身の腕から延びる線を反対の手で少し引っ張る。
クンッと張った線はそれでも首に繋がったまま外れることはない。
「道しるべをつくってやれるだけいいじゃない…。ちなみに何か見えてるわけ?」
「…見てみるか?」
興味本位で聞いたミイロにタモンはそちらを見ることなく、線を出していない方の手を差し出す。
中指から伸びている線をミイロは少し考えてから手に取り、なんのためらいもなく手首に挿し込む。
「…何、…これ?」
伝達された内容に思わず出た言葉は、あまりにも不恰好で戸惑いと困惑が混ざり合っていた。
タモンがミイロの方に延びている線を指を動かして引っ張れば、今度は簡単に抜けた。
「ティーを受け取ってからこれまで何度も見てた光景だ。逃げ隠れする時も、何にも邪魔されずに寝たい時も。」
「これが日常だっていうの?」
「何度も言ったさ。俺だけじゃない…。アズハやこれを1度でも体験したことのあるやつはみんな気が狂わないのか心配した。」
初めて会った日。
戯れと何か参考になればと思い影の中に入れてもらった。
「何もない。でも押しつぶされそうなほどの何かがまとわりつく感覚。ティーがミリアだけ存在することを許した空間…。いや、世界か。」
唯一例外があるとすれば、ミリアと何らかの形で接触していること。
触れていてもいいし何かを共有している状態でも許される。
「落ち着くんだってよ。外でよっぽど怖い目にあったのか知らないが、丸一日中にいても気にならないくらいにな。」
何もわからないうちに背負わされ、追われ攫われ恨まれ。
様々なことに恐怖した。
楽しいと思う事を語るより多く、そして簡単に想像ができてしまうことにミイロは言葉が出て来なかった。
「なんで、笑ってられるのかしら…。」
やっと絞り出した言葉は悲嘆に染まっていた。
「さぁな。俺たちよりずっと見つけるのが上手いんだろうよ。」
「何をよ。」
窓の方を顎で指し示す。
ミイロが視線を窓の外にやれば、相変わらず燃え続けている炎が見える。
そこから少し見上げれば建物のさらに上、夜空が広がる。
この部屋からは月は見えないが、今夜は雲の少ない綺麗な星空が広がっている。
「夜空を見上げてわざわざ宵闇を見るやつはいないだろ。」
まだ日の暮れたばかりの夜空で1つまた1つと増えていく星の光。
いつの間にかそれが数え切れないほどになって、当たり前になって終えばもうその1つ1つを注意深く意識したりしない。
何を言いたいのか理解したミイロは途端に顔を顰めた。
そして背を向ける部屋を出る前に手を振り隠れていた自身のティーを捕まえ現れさせる。
輝くたてがみがその場の空気には似つかわしくないほど爛々と光り広がる。
そしてどんどんと大きくなったその姿でタモンの膝に乗ってティーは目を閉じた。
「これは…?」
これまで主人の目を盗んで寄ってくることはよくあったが、主人自らティーを差し出してきたのは初めてのことだった。
「あんたが風邪でも引いたら、その子にまで伝播しちゃうじゃない…。」
そう言ってわざと少し大きな音が出るように閉めて出て行ってしまった。
「いったい何なんだろうな?」
空いた手でティーを撫でれば、声ではなく喉をクスクスと鳴らしていた。




