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「ここなら少し離れてるけどよく見える。」
そこはユイトが見つけてくれた隠れ場所。
中央から木々を挟んで花壇とベンチがある。
花壇には何も植えられていないが、しっかりと手入れされた土が次の季節を待っているようだ。
ベンチはこの場に置かれてずいぶん時間が経ってしまっているのだろう。
少しぼんやりとした色の座面と背もたれは、それでもしっかり手入れされているためか滑らかだ。
ユイトが先にベンチに座ったので少し間をあけて隣に座る。
「よく見えますね。」
木が視界を邪魔するのではと思っていたが座ってみると、このベンチの正面だけが視界に遮るものがなく積まれた薪のてっぺんまで見ることができた。
「うん。ここ以外にも庭の中に同じような場所が何ヶ所かあったけど、ここが1番よく見えたんだ。」
どうやら隠れてそれでも近くで見ることのできる場所を事前に調べていたようだ。
「他に来ないといいですけど。」
「もし誰かが来そうだったら僕のティーが教えてくれるよ。」
「その時は私のティーでさっさと隠れちゃえばいいですね。」
「そう思って誘った。」
善意と打算、お互いにそれがいい結果になると思ってのお誘いだったようだ。
少しの時間が過ぎれば陽はもうほとんど暮れ、ちらほらと連れ立ってやってくる大人たちが見える。
誰もこちらを気にしてないようだ。
「そろそろかな…。」
ユイトがつぶやく。
足元が何かザワザワとする感覚がした。
少し目をそちらに向けてみるが、何か変わった様子はない。
靴の裏から地面に接しているその周辺が少し濃く、ティーがそこに居ることはわかる。
しかしあたりがもうすっかり暗くなってしまっているせいで、どこまでがティーでどこからが夜の暗がりなのかははっきりしない。
「どうかした?」
「いいえ何も。」
これ以上気にしても、何もわからないだろう。
視線を前に戻せば、ユイトもそれ以上追求はしてこなかった。
星が降るようだという例えは本当に星が降ってきた場合のことは想定していない。
昼間の天気から日が暮れて1つ2つと星が見えた空からいくつかの小さな光が落ちてきた。
決して強くない光は狙いを定めたように薪を積んだ台の上に落ちて軽い音を立てる。
その音に話をしていた人たちも口を閉じ見守る。
落ちてくる音はやがて薪に火を点けて弾けるような音に変わる。
数カ所から点き始めた小さな火が広がり集まり大きな炎に変わった。
ほんの数分、感じているよりももっと短いかもしれない。
目が離せなかった。
その時間の終わりは突然だった。
また妙な感覚が襲ってくる。
今度は全身からだ。
視界の端に黒いものが見えて一瞬で消える。
初めは気のせいかと思ったが、2度3度と続けば明らかにおかしいことがわかった。
肩を掴まれる感覚にユイトの方を見れば、こちらに手を伸ばし何かを必死な顔で言っているユイトが居るがその声が聞こえない。
見回せばそこら中の地面からティーが上に伸びては力なく落ちまた伸びるということを不規則に繰り返している。
その様子は沸騰している鍋を見ているかのように段々と忙しなくなって行っていた。
そのうちのいくつかはユイトがこちらの肩を掴んでいる腕に触れているが、肝心の何かに触れた時に伝わってくる感覚がない。
わずかな時間の間にも段々とその動きが大きくなっていく。
(何がしたいのかわからないけど、巻き込むのは絶対に良くない。)
根拠があったわけではなく、理由はと聞かれれば直感としか言えない。
それでもユイトの腕を掴み振り払うには十分だった。
勢いに任せて振り払ったユイトはそのまま後ろへと倒れてしまう。
それを見届けた直後、1番大きな波が弾け頭上から落ちてきた。
飲み込まれるというよりも、全身に隙間なく浴びたというべきだろう。
視界が真っ黒になったと思ったらそのままスッと落ちて行った。
手を見ても何も残っていない。
足元を見てももうどこにティーがいるのかわからいほど辺りは真っ暗だ。
「ミリア、今のはなんだったか説明して。」
立ち上がったユイトがそう言う声が今度ははっきりと聞こえる。
「わかりません。もしかしたら火の強い明るさにティーが興奮したのかもしれません。」
急に寒さを感じ両手を擦り合わせた瞬間、ほんの少し違和感に体が固まる。
しかしユイトにこれ以上の心配をかけまいと適当な理由を答えてしまった。
「今のでちょっと疲れてしまったので、先に部屋に戻りますね。」
それだけ言うとユイトの返答も聞かずに早足で歩きその場を離れる。
ユイトは今見た光景に整理がつくまでの時間、その場から動けなかった。
そんなことは放っておいて引き止めればと後悔が湧き上がってきた頃には、遠くの炎で揺れる自分の影以外その場で動くものは無かった。




