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クロルの言葉にオベロが言い返そうとしたが、言葉が出てこないようだ。
その時、部屋を揺らすほどの大きな音と振動が入り口の方から響いた。
「やっぱり君たちだったね。」
音の正体はアダンのティーが床に思いっきり尻尾を叩きつけて出した音だったようだ。
そしてティーを拾い上げながら入ってきたアダンの声はこれまた怒りが感じられる。
「どうやら、前回の説教では足りなかったみたいだね。」
「そんなことないですよ。」
「今回は何もしてないです。」
「話してただけです。」
ロジル、グルコ、ハングが早口で言った。
「何もしてないんじゃなくて、まだ何もしてないだけだろ?」
「・・・・。」
「君たち4人がその気になれば彼のティーを惑わすくらいできるはずだもんね。」
その言葉に誰も言い返さないのは、肯定していることと同義だった。
「よく護ってくれたね。」
オベロのティーに向かって向けられたアダンの声は少し柔らかいもので、返事をするように小さく鳴いた。
「さてオベロ、ティーにずっと緊張状態を強いるのはよくないよ。少し飛んで息抜きさせてあげるといい。」
アダンがオベロに向かってそういうとこれまでガッチリと抱かれていた体制が緩んだ。
「ミリア、部屋に居ないからタモンが探していたよ。たぶんここの下の階にいるだろうから、早く行ってあげなさい。」
久々に立ち上がり服を整えているところにアダンはそう言った。
1度オベロと目があったがにっこりと笑い自身のティーを連れて窓のほうに行ってしまった。
「それじゃあ、また夜に。」
窓をあけティーを先に出すと、言葉をかけてオベロも出て行ってしまった。
「私も失礼します。」
アダンの表に出さない怒りは、ティーの逆立つ毛並みと目で感じ取れたためさっさと部屋を出た。
(確か下の階って言ってたっけ…。)
どうやらここはクローバーの塔2階だったようで、階段を降りれば1階中庭に出る通路すぐ横だった。
「ミリア!」
さて左右どちらに行くのが正解かと考えているとすぐに目的の人物に声をかけてもらった。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫です。」
心身ともに何か問題があるわけでもないし、それよりも目の前の光景の方が今は気になる。
「聞いてもいいですか?」
ダメと言われても聞かずにはいられないが、一応許可は必要だろう。
「俺も聞きたいことがあるから手短にな。」
手短にと言われたのでズバリ聞くことにした。
「そんな派手なもの身につける趣味でした?」
目の前にいるタモンは制服姿だが可笑しいところがあるとすれば、オレンジと赤の毛が輝く首まきを巻いていた。
「これか?そうだな、ミリアは見るの初めてだったな。」
そう言って首まきを外そうとする。
しかしなかなか外れず小さな声で何か声をかけているようだ。
そして首まきが大きく揺れて、薪を投げ込まれた暖炉のように燃え上がる。
するとタモンの両手にはゆらめく火のようなたてがみを生やしたウマのティーが掴まれていた。
観念したのかそれとも掴まれていることが楽しいのか短い鳴き声を断続的に上げている。
その声にどこか聞き覚えがあった。
「まさかと思いますけど…。」
これまた先に知識をくれた2人には感謝するしかない。
「バラ姫様のティーですか?」
「…そうだ。」
短く何度も続けて上げる鳴き声は笑い声のようにも聞こえる。
あの時は声しか聞こえなかったが、こんなに美しい姿のティーだったのかと見惚れてしまう。
「ミリアが部屋に居なかったから、うろうろしてたら上から降ってきた。離れないし構っても居られないからそのまま連れてた。」
「バラ姫様は?」
「さぁな、会ったら会ったでで嫌味言われるからその前にできれば帰って欲しいんだけどな…。」
ティーは袖口を咬みながらまるで他人事とでも言わんばかりに興味がなさそうだ。
「目を合わせてお話しするのは、はじめましてですね。」
ティーがこちらを見た。
袖を咬むのを止め、少し膝を曲げたかと思うとタモンの手から踏みきり跳んだ。
どう見ても届かないと思ったがまるでそこに道があるように宙に着地し駆け足で寄ってきた。
「熱くはないんですね。」
「生き物のティーだからあったかいってのはあるけど、それ以上ではないな。」
触ってみればたてがみはスルリと指が通り、火のような見た目の毛並みだと言うことを改めて実感した。
「あんまり主人から離れて心配させちゃダメですよ。」
手のひらの上に乗ったかと思えば腕から肩まで普通の道と変わらないと言った様子で歩き、自身の額をこちらの頬に擦り寄せてくる。
タモンにそのまま捕まえていてくれと言われ、廊下で話すのもと言うことで少し移動することにした。
中庭に出る通路はただ通路と言うだけでなく、ここも話をしたりくつろぐための場所として使うことのできる部屋だった。
中庭側に2つ設置され煙突を部屋の外に出しているストーブがその周辺だけを暖めていて、そのまわりに大小さまざまな椅子がまるでそれぞれが会話でも楽しむように不揃いながらも調和して並んでいた。
ティーはストーブの火を見てはいるがこちらの手を離れて寄って行こうとはしない。
ウマや鹿の鳴き声が人の声(特に子供や女性の声)に聞こえると言う話は日本にも世界にも多く残っています。
ヨーロッパや北欧では夜道を歩いている人を惑わせ誘い湖に落とす話なんかが結構バリエーション豊富に残ってたりなんかします。
作者は大学の頃住んでた地域で夜に道で子供が泣いているのかと思ったら鹿の声だった事があります。
あれはマジでゾッとした…。




