34
「僕に会った後に大きな病気が見つかって入院することになった、話した少しあとに寮で突然倒れた。そんなことが続けば嫌でも注目を集めるし、噂にはいつの間にか不気味で人の頭に残る不恰好なものになってた。」
ユイトからしてみれば、その人の終わるはずだった未来を見てしまい助けたい一心での行動だっただろう。
しかしそれを知らない人からは結果を連れてきた存在としてしか認識されない。
「いろんな人が見るのをやめろって言う。僕がわざわざ運命を曲げて助けて、そのことによって気味悪がられる。そんなのは不公平だって言う。別に感謝してほしいわけでもないけど、変えられるのに変えない自分が嫌いになる。僕のティーが好きなものを僕は好きになれない。」
それは正義感というにはあまりにも偏屈で、なぜ彼がそんな力を持ってしまったのだろうと神様を問いただしたくなる。
「ごめん変な話聞かせて…。」
「いいえ、聞かせてくれてありがとうございます。」
ユイトのティーが尾ひれで水面を強く叩き宙を泳ぎながら近寄ってくるのが見えた。
その時ドンドンドンと遠くで扉がノックされる音が聞こえる。
「兄貴だ。」
ハッと顔を上げたユイトはすぐにこちらを見る。
「ミリアどこかに隠れてて。僕が兄貴と一緒に出かけるからそれから部屋に帰るんだよ。」
ユイト慌てたようにそういうとユイトのティーが服の袖を引っ張ってきた。
「あとはお願い…。」
ティーをひと撫でしてユイトは行ってしまった。
グイグイと引っ張る力が弱まらないティーの方を見る。
どうやら水の方に引っ張っているようだ。
(水に入れってわけじゃないだろうし、だとすると…。)
一か八かで水面に足を踏み出しながら強く念じる。
水に落ちる音はせず、しかし全身が水に入った感覚はある。
(これは水の中の影に入ったのかな…。)
濡れてはいないし普段入る影の中と違い少し明るく不規則に揺らいでいる。
そしてほんの少し浮いているような地に足がつかない感覚に戸惑う。
波紋の影や水盆の影、わたされていた橋の影かもしれない。
感じるのはすごく不安定でしかし今までとは違う心地よさの空間だ。
「ユイトさんに着いて行かなくてもよかったんですか?」
一緒に影の中に入ってきてしまったユイトのティーに問いかける。
その言葉の答えとでも言うかのようにティーはジッと上の方を見つめる。
目線を追うように頭上を見れば話し声が聞こえてきた。
「ちょっと出かけてただけだからさ、それよりもご飯食べに行こうよ。」
これはユイトの声だ。
影の中にいる時に強く意識せずこれだけはっきり声が気こるのは初めてだ。
「ティーの姿が見えないようだけど。」
これは知らない声だ。
水の中は壁や床と違って音を遮断せず振動を受け入れるためこれほどはっきり聞こえるのだろうか。
「僕のティーは兄さんのことが苦手だから出てこないよ。知ってるでしょ?」
話す時はいつも兄貴と言っていたが、当人たち同士の会話内では兄さん呼びなことに少しクスッとする。
「…そうだったな。」
それにしてもこの会話はどこで行われているのだろうか。
普通に考えればプライベートエリアの出入り口での会話なのだろうが、ずいぶんとはっきり聞こえてくるので今影を出たら真上に居ても不思議ではない。
「さぁ、行こう。日が暮れる前に帰ってきたいから。」
そう言って扉が閉まる音、それからしばらくして機械音が音というよりも振動として遠くから聞こえてくる。
ユイトのティーが頭上をつつくような動きをする。
「もう出ても大丈夫ですか?」
そう聞けばうなずいてくれた。
手を伸ばし影の外に出て橋の上に上がれば、最後に靴先がほんの少しだけ濡れる。
「ありがとうございました、ユイトさんにも伝えておいてください。」
プライベートエリアを出てもまだ着いてくるティーをエレベーター前で静止し挨拶をすれば、あっさりと宙を漂い離れた。
7階に帰ってきた。どうやらハウニはいないようだ。
(ご飯…。今呼ぶのも下に食べに行くのもめんどくさい…。)
こんなだらけた思考、学園に居るときなら彼女が許さなかっただろう。
しかしあいにく今は咎める彼女も注意をする姉さんも居ない。
冷蔵庫から適当に飲み物を取って、プライベートエリアに入りベッドに倒れ込む。
(ごめん、今疲れてるからもう少し待って…。)
服を引っ張る感覚に心の中で言い訳するのは、ティーが考えを読んで世話を焼こうとしたことに少し元気をもらえたからかもしれない。




