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「おかえり。どうだった?」
7階に着きユイトのティーを出せば、一目散に主人の元に向かっていく
飲み物を飲みながら本を読んでいたユイトがティーを捕まえながら語りかける。
ティーがプクプクと音を出したかと思うとユイトの額に口を近づける。
目を閉じジッとしているユイトは、目に見えない何かをティーからうけとっているように見える。
しばらくの時間が過ぎ、ユイトのティーがふよふよと宙を泳ぐ。
「何かわかりましたか?」
自分の分の飲み物を準備して座る。
「…うん。」
ユイトは何かを考えていたがやがて返事をしてくれた。
「あくまで僕の一意見として聞いてほしい。」
前置きをしてゆっくりと言葉を選びながらユイトが話し始めた。
「できれば、もうその子とは会わない方がいい。」
ユイトの言葉に返すことなく次の言葉を待つ。
「その子は神様に愛され過ぎていて、俺たちは神様に近すぎる…。」
続けて出てきた言葉は理解するには難し過ぎた。
「ごめん、うまく伝えられないや…。」
ユイトが頭を抱える。
それだけ言葉を選んで話すことが難しすぎるのだろう。
「教えてくれてありがとうございます。」
頭を抱えるユイトにまずは感謝を伝える。
「どうせあと数日の滞在です。あの子の母親にもう会えないことを私から伝えておきます。」
もともとタイムリミットのあった交流だ、その最後が思ったよりも早くきたそれだけだ。
ハウニならミルを上手く説得してくれるだろう。
「そのことでできれば母親に伝えておきたいことがあるんだけど、呼んでもらってもいい?」
ユイトの唐突な提案に何の疑いもなくハウニを呼んだ。
「お待たせしました…!」
ハウニがやってくると同時に飛び掛かるような勢いでユイトのティーがハウニの眼前に飛び出た。
しばらく凝視した後、今度はハウニのティーが封印されている腕の方に近付いた。
「やっぱりそうだ…。」
その場を支配していた沈黙を破ったのはユイトの言葉だった。
「あなたのティーが強い意志であなたとあの子を護りたいと願っている。でもそれが、あの子が本来神様から日々与えられるあの子のための力も妨害してる。」
「私のティーがミルを苦しめてる原因…?」
ミルが体調を崩してから今日まで常人には想像もつかないような苦労をしてきたハウニにとってその言葉は受け入れ難いものだった。
「たぶん、元々から受け取るには少し変な力だったんだ。ティーを預かるまでにティーを預かれるだけの身体と心に必要な成長が少し難しかっただけなんだと思う。」
ユイトはまた言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「少し体調を崩しやすくてほんの少し周りよりも成長が遅い。それでも11歳になるまでには準備が間に合うはずだったんだ。」
ティーを預かるのは11歳だがその準備はそれよりももっと早く始まるという説がある。
ほんの小さな変化。
それは成長とともに現れる好みの変化や表現力の向上と言って終えばそれまでだ。
「でも、何かのきっかけであなたのティーが自分自身を犠牲にしてでもあなたとあの子を護るっていう強い力を発現させちゃったんだと思う。」
それがいつなのかは正確なことはわからない。
ここにきてからなのか、それとも生まれてすぐなのか。
成長の力は本来、誰にも止めることはできない。
しかし無条件に受け取れるものを異物と判断されてしまえば、止めることはできなくても妨害することができてしまった。
「それじゃあ、私は一体どうすれば良かったんですか…。」
「僕は詳しい話は知らない。でも言えることがあるとすればこのままだとあの子はティーを正しく預かれない。」
ハウニが息を飲む音がずいぶんと大きく聞こえた。
「どんな方法を使ってもティーと話し合って。」
「それは…。」
「少なくとも俺たちの声は聞こえてるんだろ?」
ユイトのティーがハウニの腕をつつく。
低く唸る声。
その声は威嚇なのかため息なのか。
どちらとも取れるような唸り声はすぐに止んだ。
「大きな病院に通ってるなら、催眠か夢潜行の治療相談をしてみてください。」
それでもと言ってユイトはティーを呼び寄せ紙を一枚咥えさせた。
「病院のあてが無いならここに連絡して。僕に紹介されたって言えば少し時間はかかっても必ず来てくれる。」
ユイトのティーが咥えた紙をハウニにわたす。
「でも、それを頼るのは本当に最終手段。病院で受けられるような治療じゃなくて、必ず身体に傷の残る治療。…いや治療って呼んでいいかもわからないけど、そこはあなたの覚悟次第。」
ハウニはチラッと紙の内容を確認しすぐに閉じた。
「あの、本当にありがとうございます。」
ハウニの声は震えている。
「声を聞けたのももういつぶりか…。」
ハウニが静かに涙を流す。
いくつかの病気は、体の機能が正常なはずの何かを敵と誤認することによっておこるそうな…
誤認は簡単におこるのにそれを正すってすごく大変だよね…




