30
アダンの言葉に同意したのかそれともエイタのティーがうっとうしかったのか、アダンのティーが尻尾で机を叩く。
「どうしてもな事以外は逃げるくらいの姿勢でいい。それで自分が困らないと思える線を見つけるんだ。そうしないと、いつか取り返しのつかないことになるよ。」
私みたいにねと言ったところはほとんどため息のような状態だった。
「私なりの逃げ道を探してみるのもいいかもしれませんね…。」
少し冷めてしまったお茶のカップを眺める。
「そう、その粋だ。」
そんな話をしていると3人が帰ってきた。
「お帰りなさい。」
そして3人の後ろにもう1人見慣れた人物が居た。
「ユイトさん、お久しぶりです。」
宙を泳ぐティーを連れたユイトに挨拶をする。
ユイトは軽く会釈をするだけだったが、ティーはこちらに寄ってきてクルリと一周したかと思うと手をつついてきた。
「室内では出せませんよ。」
指先でつつき返しながら言えば簡単に諦めてくれた。
相変わらず美しいヒレをなびかせながらふよふよと辺りを漂う姿に思わず見惚れる。
「これはタラシだ。」
「俺たちが年月かけて築き上げた信頼と同じステージに立たれた感じだ。」
「小さい子がよく言う、パパママのことは好きだけど先生のことも好きって言う感覚に近いのかな。」
3人がまた謎の考察をしているのは聞こえないことにしておこう。
「ユイトさんもこのホテルに滞在予定ですか?」
近くを漂うばかりで一向に戻ってくる気配がなかったティーをユイトが迎えにきたところで聞いてみる。
「うん。ここの空きがあと一室だったから、すぐに手続きさせてもらった。」
たぶんその時にオベロや他の人の協力もあったのだろう。
「私7階なので、いつでも遊びに来てください。」
「ありがとう。」
当の本人にはまだ会ったことはないが、ホテルが違うからと言って諦めるような人ではないだろうことは予想がつく。
兄弟だといえば簡単に入ることもできるかもしれない。
それなら、まだ面識のない私のフロアにいれば逃げの手としては悪くないだろう。
昨日ハウニにキーの複製ももらっていたのでそれをわたす。
「とうとう人までタラシ始めた…。」
「いや、あれはたぶん無自覚だ。」
「あくまでユイトを少しでも助けたいが先に出てるからセーフでしょ。」
いったい3人は何の話をしているのだろうかと疑問は持つ前に捨てた。
ユイトがジッと見る目線の先には膝の上でいつの間にか寝ているスオウのティーだ。
「外から来たなら寒かったんじゃないですか?」
「…うん。」
一瞬何を聞かれたか少し理解までに時間がかかったユイトが答える。
「膝に乗せるのは嫌がるかもしれませんけど、撫でるくらいならできるかもしれませんよ。」
横に座ったにユイトがそっと手を伸ばす。
膝の上で寝ていたはずのティーが顔を上げるユイトの方を見る。
伸ばされた手が少し引っ込められるが、まだ諦めきれないようにその場に留まっている。
「少しだけいいですか?」
ティーに声をかけ頭を掻くように撫でてあげれば、緊張と警戒で体に力の入っていた状態からフッと力が抜けた。
ユイトの方を見てうなずくと最初は恐る恐る触れ、次第にゆっくりと手を動かした。
「あったかいね。」
「動物のティーっていいですよね。」
「僕のティーはツルツルでヒンヤリしてるから、あったかくて息してるのがわかるってなんだか不思議。」
ユイトのティーの方を見れば、主人の方をジッと見ているがその視線は嫉妬などではないようで安心した。
「ほら、取り返しがつかなくなる前に自分のティーは自分で面倒見る!」
アダンの号令に3人が自分のティーをそれぞれの方法で呼び寄せる。
「あの、スオウさん。」
膝上から離れたがらないティーを何とかなだめていたスオウにユイトが声をかける。
「ありがとうございます。」
「いいよ別に。それに俺は何もしてないし。」
もしかしてこの2人はこれまでさして交流がなかったのだろうか。
交わされた言葉はずいぶんとぎこちなかった。
「ホテル内で自分より歳下の子と仲良くなったの?」
翌日、予想通り兄の襲来を受けたユイトが避難しにやってきた。
フロアに出入りするためのキーはわたしていたが、スタッフを通して来てもいいかの確認をとってきたのですぐに承諾した。
ハウニにはこのホテルに滞在している人と女性のお客様以外は通さないようにお願いした。
(まぁ、バラ姫様がわざわざ来るとは思えないけど…。)
女性なら誰でもと言うわけではなく一応バラ姫様の特徴を伝え、要件をうかがってこちらに確認をしてくださいと念を押した。
ユイトを案内してきたハウニは早々に帰らせたため、飲み物の準備は自分でするしかない。
お湯が沸くまでの間、シンクの上で手のひらから影を広げ小さな雨を出せばユイトのティーが嬉しそうに寄ってきた。
しかし雨の冷たさに満足させられるほど長い時間出し続けることはできなかった。
ユイトのティーはほんの少し、短時間の雨だったが満足したように戻って行った。
濡れた体をユイトに嗜められているところに飲み物を持っていく。
そして何も会話がないのも息苦しく、会話のきっかけとしてミルの話をした。




