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そんなことを話していると先ほどのスタッフがお茶の準備ができたのかカートを押し失礼しますと近づいてきた。
ここで話は一時中断。
並べられたティーセットに先ほどのケーキも準備される。
一通り終わらせるとスオウに短く耳打ちをし、失礼しましたと言って下がった。
「ケーキありがとう。」
スオウの言葉に会釈をして答える。
「それじゃあ談笑はこのくらいにして、何があったか話してもらえる?」
スオウの言葉にうなずき、紅茶を一口飲んで息をついてから2人に向き直る。
「2人は冬祭りであったことはどこまで聞いていますか?」
まずはどこから話すかの切り出し。
「おおよそのことはアズハから聞いたし、今回の狩で街を回る際に噂を集めて欲しいって詳細は聞かされたよ。」
「その通り。大人たちは今回みたいな被害が起こってないか、それから何か噂がないかをそれとなく聞き回って欲しいってさ。」
エイタに続いてスオウが補足する。
エイタは姉さんから事件のほとんどを聞いていたらしい。
それはエイタだけでなく、あの寮に住んでいるみんながそうなのだろう。
聞かれない言わない為に会うことを制限したこちらと違って、姉さんは衣食住を共にする相手にいつまでも秘密にする苦しさよりも秘密の共有者にする方を選んだのだろう。
「すごく簡潔に言うと、犯人が再び接触してきました。」
その時の2人の表情は、空いた口が塞がらないとでも言えば良いのだろうか。
驚きと困惑が混ざって、しかし混ざり切れず不恰好な表情をしていた。
「街で2人一緒に行動していたのですが、ほんの少しの時間別れた間に声をかけられました。」
その時の状況と起こったこと、そしてその時に何かしらの力を使われて思考がはっきりしなかったことを順に説明した。
「私自身はおかしいと思ってもそれを行動にできませんでした。でも私のティーは例外だったようで助けてくれました。」
肩のあたりからもう1本の腕を出し振って見せる。
「何それ面白い!普通に掴める!!」
エイタが興奮したように影の手と握手する。
「人の思考は操れても、ティーまではできなかったと。」
「そうだと思います。」
そしてそのあとは小さなボヤ騒ぎになり気がつけば見失っていた。
「何が目的かわからないので、できるだけ2度目の接触は避けるべきと考えて行動は最低限このホテル内と隣のお店に少し行く程度にしてます。」
「それって結局緊張しっぱなしってことだよね。」
しばらく影の手を触っていたエイタがそう言った。
そのタイミングで手を離してくれたので、正直くすぐったかったのもあってすぐに影を戻した。
「2度しか会ってませんけど、バラ殿でも本当に近くに来るまでわかりませんでしたしその次は違和感を感じた時には遅かったまであるんです。」
いつ隣に立っていても不思議ではない。
その緊張感はいつでも頭の片隅にある。
「大丈夫?ちゃんと寝れてる?」
「寝てますよ、むしろ学園にいた頃より寝てます。」
ここ数日は特にそうなのだが、夜寝る時間がどんどん早まっている。
そしてそのまま朝までぐっすり寝ているのだから、身体は健康なのだろう。
「もちろんその日の内に学園には起こったことを連絡しましたし、あれ以降変わったことは起こってません。」
「だからと言ってもうないとも言えないのがね。」
スオウの言葉に場が静まり返る。
「バラ殿で起こったことも今回のことも私にはどうにもできないので、大人たちに任せるしかありません。」
ここでの滞在もあと数日なのだから、それなら自分の部屋があるフロアから出なくても十分に過ごせる。
「私からの話は終わりです。ところで2人はいろんな街で話を聞いてきたんですよね。何か変わったことはありませんでしたか?」
2人のティーが膝の上で寝てしまったためお茶に手を伸ばすこともできない。
「それなんだけどね、びっくりするくらい何もなかったんだよ。」
エイタが切り出す。
「そうだね。例年この時期は街から街に移動する人も増えて小さなトラブルが増えるんだ。」
小さなトラブル。
旅人をおそうものから旅人が起こすものまで、この時期ならではのトラブルは多い。
「それが今年は異常に少ない。ほぼ無いって言ってもいいかもしれない。」
絶対に起こると言えば語弊があるが、無いと言われればそれは違和感でしかない。
街の人たちは特にそれを気にすることはしていなかったが、小さな違和感からくる不安はあったようだ。
「そもそも動く人数が少なくなったとも言ってたね。」
動く人数という事はこの時期に移動する旅人が減ったという事だろうか。
「そういう人たちって何を目的にこの時期に移動してるんですか?」
ふと疑問に思って聞いてみた。
「だいたいは行商だね。あとはこの街みたいに人手が必要になるところに技術を持った人が行ったりとか。」
ただの観光などを目的に移動している事もあるがそれはごく少数とのことだった。
「人の動きが少ないって何かあるんでしょうかね?」
「今年は冬の始まりが少し遅かった。だからなのか冬の支度も少し遅めに感じた。」
「その支度のための行商が来るのが遅れてるところもある印象だった。」
しかしそのどちらも大きな問題にならない程度のことだった。
「街から街への移動が予定通りにいかないなんてよくある話だし、特段困った様子もなかったからなぁ。」
この話もここで打ち止めかと思ったところで、窓の外がふと暗くなった。
膝の上で寝ていたクマのティーが唸り声を出し、フクロウのティーがパタパタと羽を震わせた。
「先輩が到着したみたいだ、出迎えに行こうか。」
スオウはそう言って立ち上がると自分のティーを持ち上げ、落ち着けるようにガシガシと撫でた。
続いて立ち上がったエイタがティーを懐にしまう。
「もっと賑やかになりそうだね。」
慌てて立ち上がり2人について1階に向かう。




