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そこまで言うと立ち上がりカウンターをまわってこちら側へとやってきた。
「失礼ですが、お荷物の方は…?」
小さなバック1つしか持っていないことに丁寧な口調が尻上がりのトーンになってしまっている。
「私のティーは収納に使える力もあるので、荷物に関しては気にしないでください。」
そう言いながら手に持っていた小さなバックも影の中に入れてしまう。
口で説明するより見せた方がはやいと思ってやってみたが、ハウニは一瞬驚きの目をした後すぐに元の和かな顔に戻った。
「承知いたしました。それではどうぞこちらへ。」
すぐ横の通路に案内される。
すぐに突き当たりになったかと思うと振り返る形で左側にはエレベーター、右に少し進んでまた正面の方には待合のようなスペースがあった。
「こちらのエレベーターは宿泊者様と一部スタッフ以外は利用できないようになっています。」
そう言ってエレベーター正面に立つとすぐに扉が開いた。
「お部屋は7階をご用意しておりますが、まず2階と3階にご案内させていただきます。」
乗り込んだエレベーターは動き出したかと思うとすぐに停まる。
「2階、レストランとカフェになります。」
大きくあかりを入れている窓の近くにはいくつものソファーの並ぶカフェ。
その反対側には重厚でよく手入れされた木の机と椅子の並ぶレストラン。
エレベーターの横に厨房があるのか扉の無い出入り口があった。
「お食事はお部屋でとることも可能ですが、できれば朝食はこちらをご利用いただけますとお部屋の清掃などスムーズに行えるためご協力よろしくお願いします。」
「わかりました。」
必ずと言わないところはいくらか気を使われているのだろう。
部屋にいるときに大人が来られても確かに息苦しく居辛い空気を味わうなら朝食くらいはいくらでも移動しよう。
次に3階に案内される。
「共用スペースはこちらで最後になります。」
エレベーターを降りてまっすぐ進み右手の扉を開ける。
「図書室になります。滞在される間、学習資料になるような本もたくさんありますし、利用者様が過去に寄贈された本なども揃っています。」
図書館というには小さいがしばらくの間は十分に読み飽きないほどの本があった。
「もし、ご所望の本などがございましたら街の図書館から取り寄せることも可能です。その際はお申し付けください。」
あまり街に1人で出かけ辛い状況なので、取り寄せてもらえるのは助かると心の中で思う。
「それではお部屋のあるフロアにご案内いたします。」
7階にたどり着いたエレベーターの扉が開く。
「先ずは左手側がミーティングスペースになります。来客対応などにご利用ください。」
外を見られる大きな窓と机に椅子があるそれだけの広いスペースだった。
「右手側、一度奥まで進んでいただきますとキッチンスペースを用意しています。簡単なものならここで調理可能ですし、ご用命いただければ私の方で給仕も可能です。」
立派なキッチンに食器棚と冷蔵庫。
一見するだけでとりあえず必要そうなものは揃っていそうだ。
「最後にこちらへ。」
キッチンから少し戻って、一度通り過ぎた時には方向的に見えなかった扉の前に立つ。
わざわざ玄関スペースを作ってあり、扉の前まで来ると灯りが点いた。
「扉に登録をさせていただきますので、少々お待ちください。」
そう言ってドアノブに何かしているようだが音は聞こえても何をしているかまでは見えない。
「どうぞ。」
促されてドアノブに手をかける。
解錠音がして押すと扉が開いた。
「これで扉に登録が完了しました。」
靴箱や鏡などがある小さなペースを進みもう一つ扉を開ける。
「こちらがダイニングになります。食事などお部屋でご希望の際はこちらにご用意いたします。」
大きなテーブルには花が生けられていて何をするにも快適そうだ。
その後トイレや浴室などの水回り、寝室を案内された後1番奥の部屋に進む。
「1番奥の部屋は本来、皆様のご要望に合わせてワークスペースや工房などに作り替えている部屋になります。しかし今回は療養というふうに伺っていましたので、それに適したお部屋にさせていただきました。」
大きな窓が2面。
床は柔らかい素材になっており部屋の至る所に座っても寝ても有り余るほどの大きなクッションが置かれていた。
「私共はどのような病でのご療養かを伺っておりません。ですが、外出は極力控えてもらいたいと学園の方から伺っています。ですので、日中天気の良い時には陽の光を浴びてお休みいただける場所を作りました。」
姉さんの両親が住むギルドでの件は書面で報告しその後課題のやり取りと一緒に届いた質問書にも返事をした。
それを踏まえて極力外出は控えてほしいという話も受け取っている。
それがホテルにも伝わった結果このような部屋になったのだろう。
「もしご要望などありましたらいつでも作り替えれますがいかがいたしますか?」
「今は十分なので、このままでお願いします。」
「承知いたしました。」
案内が全て終わって昼食はどうするかと聞かれたので部屋に持ってきてもらうことにした。
ハウニが準備に向かったため影の中から荷物を出し寝室のクローゼットに入れていく。
(十分すぎるどころか持て余す…。)
心の底から思う。
いつぞやのホテルもそうだったが、立場は常識を巻き込んで変える。
学生が何か理由があって外に出かけるなら一昨日までの部屋にいっぱいいっぱいまで入ったベッドと気持ちばかりのテーブル。
水回りは共用が当たり前だった。
しかしまだなぜ自分の手にあるのかもわからない権力の元があるというだけで、フロアまるごと自分のための場所になり専用のスタッフ1人がつく。
(これは勘違いもするよね…。)
ホズミに関する報告書を思い出す。
気が強いわけでも欲をひけらかすような性格でもなかった1人の少女が、自分は他の人より優位で当たり前と勘違いさせてしまうほどのこと。
良くも悪くも入学してから権力の責任について体感する機会がなかったのが簡単な言葉だと運がなかったとしか言えない。
(だからと言って私みたいにトラブルがあるのもどうかと思うけど…。)
すっかり傷跡のなくなった頬を指先で触りながら、責任について聞かされ早いうちに体感した自分の幸運に感謝する。




