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キューーーーイーーーーー!!
(あれは、姉さんのティーの声…?)
先ほど入ってきた廊下の向こうから響くティーの悲鳴。
「あぁ、やってるね。気にしないで、いつもの親子喧嘩だから。」
本当に気にしないでいいのかと不安になる。
「アズハは見た目も性格も更にはティーも彼女に似たのに、変なところだけ私に似てしまった…。」
そう言って一度ティーを机の上に置く。
ティーはキョロキョロとあたりを見回したかと思うとマグに近づいてピッタリと体をつけた。
「アズハが迷惑をかけた、本当に申し訳ない。」
「そんなことありません。私はいつも助けてもらってばかりで、今回の件だって…。」
「それもアズハが気付かずまいた種を放置して、結果的に他人の足まで引っかけた。」
確かにそう言われてしまえば言い返せない。
「人のことは誰よりも察しがいいのに、自分に向けられる行為には誰よりも鈍感だからな。全く誰に似たのか…。」
「間違えなくパパでしょうね。」
そう言いながら入ってきた彼女の後ろにはみるからにぐったりした姉さんと、空中を歩いているのにズルズルと首根っこを咥えられ引きずられている大きさの違うバクのティーが一緒に入ってきた。
「まったく、人に優しくをこんなに残酷にできるなんて本当に親子なんだから。」
そう言いながら自分の分のお茶を入れ始めた。
「その結果仮想の火に喉を焼かれてトランプが去って、更には心の隙間につけ込まれてティーを強奪されるなんて…。」
「相手のご両親になんとお詫びしたらいいか、と思ったがそのご両親も居ない…。」
ホズミの産みの親はもうずいぶんと長く心神喪失状態だとして会話すらまともにできない状態にある。
書類上の親は当人たちが会ったこともないようなほど薄い繋がりの人物だが、学園からの知らせに眉ひとつ動かすそぶりも見せずいまだに見舞う動きすらないらしい。
「アズハ、責任を取れとは言わないがちゃんと受け止めろよ。」
「心得てます。」
この短時間にどれだけしぼられたのか、声に覇気も艶も無くなっている。
「さて、ゆっくりお話ししたいけどそろそろ店を開けなきゃね。」
時間はもうすぐティータイムという頃か。
本当に短い一服のあと2人はエプロンの紐を締め直す。
「アズハ、ミリアちゃんに街を案内するついでに挨拶にも行ってらっしゃい。」
その前に自分の部屋の空気を入れ替えるのも忘れずにね。とそう言って2人は店の方に行ってしまった。
聞こえない声で会話していたのであろうティーもやっと解放されたとばかりにフラフラとアズハの元に戻ろうとするところを後ろ足で蹴られていた。
「それじゃあ、私たちは2階に行きましょうか。」
大きく伸びをした姉さんが立ち上がりながらそう言う。
キッチンの横にある階段から2階に上がり長い廊下を歩く。
「もともと違うお店で2階は貸し事務所か何かだったのを改装してるの。」
同じ扉が続く廊下を歩きながら言う。
「そして、ここが今の私の部屋。」
1番奥の扉を開けて中へと誘われる。
「夏に帰ってくるかもしれない息子のための部屋にしてはずいぶん立派よね。」
部屋を見渡しながら姉さんがそう言う。
日当たりのいい通りの2階に面した子供部屋。
「今日もいい風が吹いているわね。」
窓を開ければ、ひんやりと冷たい風が部屋の中を吹き抜ける。
「ミリア見て。」
そう言って手招きする姉さんのところへ向かう。
窓から少しだけ顔を出して下を見ると、ちょうど店の中に入っていく大人たちの姿が見える。
「おふたりのお店はこの街でも大人気なんですね。」
姉さんはとても嬉しそうに笑う。
「さぁ、出かけましょ。」
窓が閉まってしまわないようにストッパーをかけてから再び部屋を出る。
今度は1階には降りず外階段を使う建物と建物の間の薄暗い路地。
手を引かれて店とは反対の通りに出る。
「まず用事済ませちゃうわね。」
そう言って、通りの奥に見える大きな建物に向かっていく。
迷わず中に入れば、8時の街のギルドと似たような場所だった。




