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仕方なく更に下の階へ向かえば話し声が聞こえてくる。
何を言っているか反響でよくわからないが、何かえらい剣幕で訴えているようだ。
1階にたどり着いたがどうやら声は下の方から聞こえる。
その時手の中で大人しくしていたティーが突然モゾモゾと動いたかと思うとバウバウと鳴き声をあげ大きくなる。
持っていた体制のまま大きくなったティーの背中にしがみつような体制になる。
4足歩行で移動を始めたティーに振り落とされないようにしていたため、周りを見る余裕がなかった。
「やっと帰ってきた。」
そう声が聞こえたかと思うとティーが歩くのを止めた。
しかしまだその場で動いていたので、そのままでいるとふと体を持ち上げられる。
「ミリア、大丈夫か?」
「ありがとうございます。」
4足でノシノシっと歩くティーからも余裕で降ろしてくれるタモンに感謝しかなかった。
よく見れば後ろではオベロが自身のティーにおかえりと言っているのも見える。
「やぁ、久しぶり。ずいぶんと厄介なことに巻き込まれたみたいだけど元気そうでよかった。」
オベロのその言葉に苦笑いで返す。
「…あれはなんですか?」
「クマだな。」
「うん、クマだね。」
質問の意図は違うが、まぁそう答えが帰ってきても仕方ない状況ではあった。
その場にもう1人いる男子生徒は姉さんと同じくらいの歳だろうか。
クマのティーの頭を抱えるようにして撫でている。
「小さくなるまでもうしばらくかかるかな。」
オベロのティーのように自由自在というわけではないらしい。
「ミリア、少し話をしたいんだが大丈夫か?」
はいと答えるとそのまま席まで誘導された。
大きなテーブルではなく壁際にある小さなテーブル。
そこに3人が座ると音もなくやってきたブラウニーズがお茶を出して去っていく。
「ミリア、大丈夫か?」
先ほどと同じ質問。
でもその中身は全く違うことを瞬時に理解する。
「正直まだしんどいです。」
あれから10日といえばそれなりの時間がたったように聞こえるが、実際にはまだ10日という気持ちだ。
「それはそうでしょう。もう平気なんて言ったら僕が病院に引っ張っていくところだよ。」
「俺でもそうする。」
まぁ、それはそうかとまた苦笑い。
「ホズミはかなり貪欲だった。今回のことはその貪欲さに漬け込まれた結果。」
「実際何がきっかけで足を踏み外してもおかしくなかった、それが結果的に約束の火に焼かれてトランプが去ることになるまでとは誰も予想してなかったが…。」
トランプは永久の称号だが、白紙に限り持ち主から去ることがある。
それはトランプがただの物ではなく意思を持ち持ち主を選んでいることの証明であり、言葉にするなら白紙の状態は「私はあなたに興味があります。」ということなのだそうだ。
しかしトランプの期待は常人には重く、その期待に応えられず去ることを許してしまえば持ち主もただではすまない。
それは全てを持っていくと表現されていて、過去記録がある限りでトランプが去った子供たちは全員が何かしらをともに失うことになった。
ある者はティーと一緒に野山をかけまわる快活な人物だったのに両足を失い、またある者は人の心の中すら全てを見通すことのできた目を失った。
見た目は無事でも精神の欠落を発症させたり、まるっきり性格がかわってしまったものもいたそうだ。
ホズミはいまだに目覚めていないから詳細はわからないが、トランプが去った以上何かしらの欠落は発症するだろう。
そうなればもう学生生活はおろか日常生活すらまともにおくれない。
そう話してもらったのはなんの帰り道だっただろうか。
「彼女のティー探しは大人たちに任せるしかない。」
「一応学生である僕たちはこれ以上心配しても何もできないんだよ。」
「それもそうですね…。」
「それで、本題に入る。」
タモンが一息置いてから話し始める。
「次の行事がせまってる。今度はクラブ関係じゃなくてトランプの仕事だ。」
「と言ってもまだ1ヶ月先の話だけどね。」
1ヶ月先ということは12月末に何かあるということだろうか。
「別に何をするわけでもなく、でも集まりには必ず参加しないと行けない。」
そこからその行事の説明をしてくれた。
簡単に言えば、新しい年を迎えるにあたって縁起物が滞りなく世界に広がるのを見守る。
それは東西南北壁の向こうにある屋敷で行われ毎年場所が変わる。
今年は東側の15の街で行われる。
「そこで少し、いやだいぶ早いが先にその街に行かないか?」
移動に約1週間かかるとしても早すぎる。
「ミリアに事情を聞かなければいけない事態はもうほとんど終わってる。なら次はミリアたち自身の心のケアをしてもいいと思うんだ。」
そうオベロが言うとティーもまた賛同するように鳴く。
「ミリアに話す前でどうかとは思ったが、ノオギ先生たちにも相談済みだ。」
つまり粗方の準備はもうできていて、あとは同意を取るだけの状態ということだ。
「もちろん断ってもらっても大丈夫だ。そのためにわざわざアレを連れてきたわけだし。」
そう言ってタモンが目線だけテーブルから外す。
クマのティーは先ほどまでの大きさではなくなり、膝上に乗る程度にまで縮んで男子生徒が撫でている手が気持ちいいと言わんばかりにあくびをしている。
「スオウ、落ち着いた?」
オベロがそう声をかけるとクマのティーを抱えたまま立ち上がりこちらへと男子生徒がやってくる。
「やっと君と話せる。」
そう言いながら目の前までやってきた男子生徒はティーをテーブルの上に置き、空いた両手で左手を取って挨拶をする。
「初めまして、味方に付く人。 君に矢を分け与えてからずいぶんと長い時間が経ってしまった。」
そう言うと左手を握る両手に少し力が入るのがわかった。
「俺はスオウ。ハンターの代表で君に招待を送った内の1人。」
「はじめまして、ミリアです。」
自己紹介が終わるともう一脚椅子を少し離れたテーブルから持ってきて座り、膝の上にティーを置いた。
「せっかく所属があるわけだから、しばらくハンターの方に行ってみないか?」




