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「姫様、私は何もやってません!」
開口一番がそれかと呆れる。
「じゃあ、なぜあなたが今ここにいるの?」
その言葉に優しさなど一切感じられない。
「わかりません、私はいつも通り自分の神殿に居たのに気づいたらこんなところに連れてこられて。」
「あら、それはおかしいわね。あなた、初日以降1度も自分の神殿に行ってないらしいじゃない。」
「・・・・。」
バラ姫様の言葉に思わず声を詰まらせる。
「別にいいのよ。可愛い花姫たちを神殿に縛る行事じゃないもの。でもその手入れを一切していないことは許せないわね。」
花は難しい。
手を入れていなくても枯れるし、手をかけ過ぎても枯れる。
人ならざる力で咲いた花であってもそれは変わらないだろう。
「花姫候補たちが頑張って何とか持たせていたみたいだけど、もう花瓶から上げることも難しいかもしれないって聞いてるわ。」
「だからと言ってこのような扱いをされる覚えはありません。」
「本当に?」
「本当です。」
バラ姫様の目線がスッとこちらを向く。
「だそうよリリー。」
その言葉に女子生徒が上半身を動かしてこちらを向く。
「使いたくはないのですが…。」
左腕の影に手を入れ蓋の空いた瓶を取り出す。
姉さんのティーが出した煙が入ったままのそれを投げれば中身がこぼれ広がる。
『何であんたなのよ!』
広がる煙はあらかじめ広げていた影に混ざり、そして声を出す。
そこから始まるのは罵詈雑言。
思わず耳を塞ぎたくなるような言葉の数々だがバラ姫様も姉さんも動かない。
「私のティーが見聞きしたものを夢の光景として聞こえるかたちにしたものです。」
影はその場にいて全てを見て聞いているが、それを伝える術は乏しい。
なのでその光景を夢の風景として顕現させられないかと試行錯誤した結果かなり限定的ではあるがこうやって証拠として差し出せるくらいにはかたちにできた。
バラ姫様が目線で合図をしてきたので、1度影を動かし声を止めた。
「リリーはその能力に嘘偽りはない?」
「ありません、あくまで私のティーが見たもの聴いたものを再現できる程度です。」
「あなたはどうかしら?」
下唇を噛み締める女子生徒は問われた事に何も言わない。
「何か言いなさい、ダリア。」
その言葉にも何も答えない。
「続きを聞くことはできるかしら?」
「…できます。」
でも、と言いかけたが冷たい視線がこちらにも向けられ思わず言葉を飲み込んだ。
指を動かしもう1度声の再生を始める。
罵詈雑言に混じるのは姉さんに対する憧れと想い。
チラッと姉さんの方を見れば、信じられないものを見るような目をしていた。
その目線に気づいたダリアことホズミとバラ姫様はそれぞれに言いたいことがあるような目をしていた。
(姉さん、さすがに自分に向けられる好意に対してその目は…。)
思わず姉さんを見ることをやめたが、口に出すことはしなかった。
「好意に気づいてもらえず、妬く相手が新入生とは…。」
バラ姫様が思わず口にした言葉は、確かにそうだが状況を解決するには今1番不向きなものだった。
どうして私を見てくれないの。
私とずっと一緒にいたじゃない。
同じ街に生まれたあの子がそんなに大事なの。
…気づいてよ。
心当たりのない罵声に混じって溢れ出てくる言葉はだんだんと痛々しくなってくる。
その後は黙って聞き、やっとというべきか長く感じられた時間が終わって煙が霧散する。
「それで、何かいうことは?」
「私は…!!」
ホズミ何かを言おうと口を開いたが、言葉よりも先に火が口から溢れ出てきた。
一度に大量に吐き出された火は体を伝い拘束している影にも伝う。
「・・・・!」
感じた熱さに思わず拘束を解いてしまった。
「リリー大丈夫?」
「はい、問題ありません。」
痛みに全ての影が戻ってしまった。
熱いと感じた手を見たが、特に火傷などは見られない。
「すみません、拘束を解いてしまって。」
「大丈夫よ。今更捕まえていなくても、逃げることもできないだろうから。」
ホズミを見れば、口から溢れ出す火を撒き散らしながらその場でのたうち回っている。
花姫として誇り高く、決して園を穢さず私たちを害さない。
約束の言葉が頭の中に響く。
「嫉妬に誇りを失い、私の大事な園を汚そうとした…。」
涙を流し懇願するような目でバラ姫様を見上げるホズミにそう言った。
何か言葉を発しようとしているようだが、出てくるのは火ばかりで声どころか音にもならない。
「その痛みで気を失うことはないわ、あなたが心から反省と後悔をすれば消えるでしょうけど、それまでずっと続くわよ…。」
バラ姫様がそう語りかけるが、相変わらず口から出てくる火の勢いは減らない。
何も言わず見守っていたが、ホズミの懐から何かが飛び出した。
4人の視線が飛び出したものを見る。
それはトランプの1枚。
まだ数字の浮かんでいない見慣れたトランプがホズミの懐から出てきて宙に浮いている。
しばらくその場に留まっていたが、やがて四方からパラパラと崩れ始めあっという間に消えてしまった。
「あなたのトランプは去ってしまったのね…。」
バラ姫様の声が冷たいものから悲しみを含むものに変わった。
その言葉を聞いてやっと後悔が襲ってきたのか、口から出る火は徐々に勢いを無くしかわりに嗚咽のような声が出ている。
「そういえば、あなた自分のティーはどうしたの?」
バラ姫様の言葉に思い出す。
(確かティーは香炉。私が最初に会った時は両手で持ってたけど。)
2度目に会った時。
確か双子とクラブハウスで話していた時は腰に下げた袋に入れていたはずだ。
そう思い見るが、袋は下がっているが明らかに中身は入っていないことがわかる。
「あぁ、あぁ。上手くやらないといけないって教えてあげたじゃないですか。」




