35
祭りは最終日、天気は曇り。
本日午後決められた時間にバラ殿に花を返して祭りは終わりだ。
と言っても最終日に来るのは仕事の関係でその日しか時間がなかった人たちがほとんどだと3人が教えてくれた。
「今日は特に静かね。」
「そうですね。」
神殿内で姉さんと2人、静かなその空間で続かない会話を幾度か繰り返している。
(姉さんが緊張しててもどうにもならないんだけど、それをいうのはやめておこう…。)
そろそろお昼に差し掛かる時間なので、3人に交代でご飯を食べてもらうよう姉さんに声をかけとようとした時だった。
「…騒がしいですね。」
何やら3人が何か言っている声が聞こえる。
来場者から花は見えても今いる場所が見えていないように、こちらからも3人がいる正面の道は見えていない。
最初は何か来場者とトラブルかと思ったが、それにしては3人以外の声は聞こえてこない。
「見てくるわ、ミリア、絶対に動かないでよ。」
「わかりました。」
それだけ言い残して姉さんは珍しく大きな足音を立てながら外へと向かって行った。
「…捕まえて。」
誰も周りに人の気配がなくなった。
しかし、建物側面に何か小さなものが断続的に落ちた感触がする。
トンっと建物内に足音1つが左側から聞こえた瞬間かけてあった布が切り裂かれる。
お互いの視線が合うよりも早く相手は影に飲み込まれた。
避けられる可能性も考えたが、そんなことはなくアッサリと飲み込まれた。
「ミリア!何があったの!?」
大きな声で姉さんが入ってきた。
(あ、今ので地面と上の影が消えちゃったのか。)
何が何でも捕まえてやると強く思った結果、足元と頭上の影を全て戻してしまっていた。
それを異常事態だと察した姉さんが慌てて戻ってきて見たのは足元から広がる濃い影の上に座った状態で何事もなかったようにしている様子だった。
「ちょっと待ってください…。」
ポケットから1本の紐を取り出して、片方の端を掴みそのまま影に手を入れる。
手探りの状態でどこかに触れればいいと思い動かしていると、髪を触ったような感触があった。
「・・・・!」
中にいる人物が叫び声を上げる。
一瞬姉さんを見たが、その声が聞こえていたのは自分だけだったようだ。
(先輩たちは影の中で何があったか、何を話してたか聞こえないって言ってたけど…。)
何度か中に入ったことのある姉さんやタモンに確認した時は確かにそう言っていた。
何かしら条件があるのか、ティーの所持者だけの限定的な特権か。
とりあえずあそれは後回しにして、紐の端を髪の毛の一房に結ぶ。
そしてもう一方の端を左手袖口の影から出し親指で結んだ。
次に影を掴み持ち上げる。
広がっていた影は粘土の塊のように持ち上がり、背と同じ高さまでくると勝手に人の形を作り出した。
頭と胴体しかない簡単な形だが、リアルさは必要ない。
服の影に手を入れ紫の煙が入った瓶を2つ取り出す。
人の形をした影の肩を押し影の中に入れていきそのほとんどが入って行ったところで瓶の蓋を開けて煙をかける。
煙がハッキリと思った景色を作り出す前に影ごと中に入れてしまう。
もう一つの瓶は蓋を開けて、紐が出ている袖口の影に放り込む。
「姉さん、外の様子は?」
一連の行動を黙って見ていた姉さんに声をかける。
「門から入ってきた8人の男子生徒が何をするわけでもなくフラフラしてたからツムギが声をかけたら突然腕を振り上げて殴られそうになったそうよ。ティーが飛び出して庇ってくれたから殴られることはなかったけど、腕を払われても意に介せずフラフラしてたそうよ。私が駆けつけたところに突然影が消えて糸が切れたように8人とも倒れたわ。」
「わかりました。姉さん早いですけど、花を返しに行く準備をお願いします。」
「・・・・。」
今聞きたいことはたくさんあるだろうが、もう少しだけ待ってもらうことにした。
神殿を出て3人のいる場所まで向かう。
「大丈夫ですか?」
3人は配布場所にしていたテントの中で寄り添いあって震えていた。
「私たちは大丈夫。」
「何もされてないわ。」
「でもこの人たちが突然倒れて。」
言葉短く3人は倒れた男子生徒たちから目を離さずそう言った。
(えらく体格のいい人たちばかり…。)
一体何をするつもりだったのだろうか、などということは今は考えたくもない。
「私と姉さんは少し早いですが今からバラ殿に向かいます。」
3人はその言葉を聞いてこちらを見た。
「すぐに警備隊に連絡をしてください。それから起こったことを伝えて、それが終わったら門を閉めてお菓子を食べて帰ってください。」
最後にもう一度大丈夫ですかと言うと、3人はバラバラにうなずいた。
そしてアサヒが倒れている男子生徒を迂回するように横切り緊急通報をしに行った。




