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「うん、久しぶり。」
大粒の雨の中を楽しそうに泳ぐティーを連れたユイトだ。
「私以外誰も居ませんけど、よければ中にどうぞ。」
幸いまだ影も灯りも出したままにしている。雨の中にいるよりは間違えなく快適だろう。
「…すごいね。」
「ありがとうございます。」
頭上の灯りは歩くたびに少しだけ大きく揺れている。
ユイトのティーがキラキラと光る1つに向かって上って行ったが、口先がそれに触れるとつまらなそうに戻ってきた。
「もしかして、雨が好きなんですか?」
「うん、そう。雨が降る今の時期はずっと外にいるくらい雨が好き。」
掌を差し出して下に向ける。
その大きさだけ今日一日中入れていた雨を出す。
地面に雨の落ちる音に気がついたティーが嬉しそうにその中を泳いだ。
小さくその場だけ降る雨に不思議そうにしながらもゆらゆらとゆれるヒレが楽しさを伝えてくれる。
「それって、本物の雨?」
ユイトは不思議そうに掌を覗き込んだり上から見たりする。
「そうですよ。たまたまだったんですけど、液体を動いている途中で影の中に入れたらその動きごと保存できることに数日前気付いたんです。」
なので存分に堪能してくださいと言うとユイトのティーはさらに嬉しそうに小さな雨の中をクルクル回りだした。
「ちなみにそのきっかけって?」
「えっと…。」
言っていいものなのだろうかと少し考える。
たぶんユイトはささいな興味で聞いてきたのだろうが、表に出ていないだけで結構な事件である。
第三者が介入してきて今更引っ掻き回されたくないと言うのもある。
「もしかして、何か危険なこと?」
なかなか鋭い疑問をぶつけられた。
「もし僕が聞いて不都合があるようなことなら無理に言わなくてもいいよ。」
「そうではないんですけど…。」
「それじゃあ、こうしよう。僕は今からミリアに聞いたことがどんなことでも、意見を言わないし何か行動をすることもない。ただ聞くだけ。」
それでどうと言われる。
「わかりました。でもくれぐれもお願いします。」
「わかった。」
「結論から言いますと、私いまイジメにあってます。」
到底イジメられているとは思えない切り出し方にユイトが首を傾げた。
それから何があったかを話す。
「本当に最初の件に関してはたまたまかと思ったんです。」
しかしゴミをぶちまけられる行為で狙われていることがわかり、ペンキの件で明確な個人攻撃に変わった。
「その時に動くものを入れたら、動きごと保存されることがわかったんです。」
人1人をペンキまみれにするだけの価値はありましたと付け加えると思わずユイトが吹き出す。
「加えられた危害はそれだけ?」
ユイトの言葉はそうでないとわかっているけれど、続きを促すために改めて聞かれた。
「私は正直なところ油断していたんだと思います。」
まだかろうじて対処できる程度の被害と、このまま終わるわけではないが我慢比べのようになっていた状況に生まれた油断。
「土曜日の深夜、自宅に居るところを襲撃されました。」
深夜だったこと、明らかに様子がおかしかったこと。
そして自分を全力で守ってくれる存在がいてくれたこと。
「何事もなく助かったのは本当に奇跡だったのかもしれません。」
自宅の扉はまだなおしていないし、本当に何事もなかったかと言われると疑問も多い。
「家の奥で守られて震えてることしかできませんでした…。知ってる声が聞こえてやっと息ができたような感覚でほっとしたと同時に、相手が何を考えてるのかわからなくて恐ろしくなりました。」
思い出すだけで震える。
「それでも平気な顔してすごしてやっと、尻尾の先の毛の1本程度ですがつかめたんです。」
これまでの何かされてからの対処ではなく、何かする前に防げた。
それがどれだけ相手をイラつかせているかわからないが、一度生まれた焦りは早々簡単に繕えるものでもない。
「大丈夫ならいいよ。」
聞き終わった後にユイトが言った言葉だった。
「あ、そうだ。」
相変わらず雨を浴びているティーには悪いが、一度雨を止めた。
文句の一つでも言われるかと思ったがそんなことはなくスイーっとどこかへ行ってしまった。
「どうぞ。ご来場ありがとうございます。」
そう言って、紐をわたす。
「ありがとう。初めて、もらった。」
「いままでは参加してなかったんですか?」
確かに紐を集めるのは自由だ。
あくまで花園ではこう言った方向性で祭りをやっているが、それぞれの街ではセールをやったりコンテストをやったりして盛り上がっているともきいた。
「あんまり気が進まなくて参加してなかった。」
「そうなんですね。」
「本当はここに来る予定じゃなくて、ティーに雨を浴びさせるために散歩してただけだったんだけど姿が見えたから。」
あの時門の外に出ていなければここには寄らず話すこともなかったのかと思うとなかなか運が強い。




