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壁の内側に入ってから7日目、生まれ育った街を出発してから59日目。
朝早く、馬車が止まった。
食事を受け渡しする時間にはだいぶ早い。
起きて髪を解かし整えていると鎧の人がやってきた。
「おはようございます。今日はこちらの服に着替えてください。今来ている服はこちらに入れておいてくださいね。少し早いですが朝食の準備もできていますよ。」
つまり、いつもより予定が前倒しになったということだ。
机の上にあまり厚みのない箱を置き床に籠を置いた。
箱を開けると昨日まで着ていた制服のように見えるが、少し違う服が入っていた。
襟や袖はそのままだが、背中部分と一体になっている大きく広がるケープは肩から包み込んで前で留める。
簡単に捲れたりしないための重みのためか、それとも黒一色は味気ないためか襟の部分にはよく見れば青や濃紺限りなく黒に近いグレーや赤い糸でびっしりと花の刺繍が入っている。
そして頭をすっぽり覆っても余るほど大きなフードも付いていた。スカートは床に触れるかと思うほど丈の長さに不規則だが丁寧に整えられたタック。
履いた状態で左右に揺らしてみても、チューリップをひっくり返したような形には膨らまず、朝顔をひっくり返したように裾先だけがヒラヒラと広がる。
同封されていた着付け説明書と書かれた紙を何度か見ながら着替えていき、脱いだ寝巻きはカゴの中に入れていく。
袖の長さもぴったり、袖口も指2本分をのこしてピッタリと仕立てられていた。
着替え終わったら、鎧の人が用意してくれた朝食を食べる。
食事中に馬車が揺れていないのはずいぶんと久しぶりで、これまであった振動が無くなったせいか新しい制服のせいか体がむずむずとする。
「それでは改めまして、あなたがこれから学ぶティップス学園に到着いたしました。」
革製の鞄も用意されており、最低件の持ち物をまとめ降りる準備ができたことを伝えると鎧の人は改めて話し始めた。
「私の仕事はあなたがこの馬車を降りたところで終わりです。短い間でしたが、あなたの成長を見れてこれほど嬉しいことはありません。」
鎧の人がうやうやしく扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。
強い光が入ってきたと思ったら、すぐに目が慣れて外の景色が見える。
そこに見えた建物は、一言で言えば普通の建物だった。
数日前に見た建物があまりにも壮大すぎるせいかもしれないが、目の前の建物は至って普通だ。
4階建ての横長い建物が中央に玄関を構え左右に延びている。玄関入り口は十数段の階段を登って入るようになっていて目線より高い位置にある廊下の窓は一階でもこちらからはよく中が見えなかった。
「入ってすぐ右側に受付があります。そこでこちらの書類を出してその先は指示に従ってください。」
促されるように馬車を降りる。
「ありがとうございました。」
振り返って頭を下げる。鎧の人は胸より少し下の位置で手を振っているが、その身体はすでに何度も見た収納状態に入っている。
最後に手だけが残り振っていた手が扉を閉める。
階段を登ると扉はなく大きな門のような作りの建物が口を開けるように中へと誘っていた。
中に入り右側を見ると受付だろうカウンターがある。
しかし肝心の人がいるべき場所は壁だ。カウンターの上にベルが一つその隣にはメモがあった。
『書類を受付口に入れ、ベルを鳴らしてください』
よく見れば壁とカウンターの境目に2センチほどの細長い隙間がある。先ほど渡された書類をその中に入れベルを鳴らす。
ベルが鳴り終わり数秒の静寂の後、隙間から何かが出てきた。
受け取ってみるとこの後のスケジュールと行き先が書かれていた。
9:00~ 筆記1(2階1221室)
9:50~ 休憩
10:00~ 筆記2(2階1221室)
10:50~ 移動
11:15~ 実技
周りを見まわせば、棟内案内図と書かれた屋内の地図と時計がある。
今の時間は8時45分、現在地と行くべき部屋も地図でしっかり確認した。
階段を使って2階に上がり、正面向かって左側に延びる廊下を進んで1番奥の部屋。入り口には[1221]と書かれた札が下がっているので間違えないだろう。
扉をノックして開ける。誰もいないかと思ったが、予想に反しそこには人がいた。
部屋の中は教壇と作り付けられた椅子と机。
それから前後に黒板、その上に時計があった。
教壇の横にある椅子に座り、手に持った本の栞紐で教壇の上にいる青い獣と戯れている。
(犬…?でもすごい毛の色…。)
男の人はこちらに目を向けるとすぐに本をおいた。
「こちらに座ってください。荷物は隣の席に置いて、最初の試験では書くもの以外必要ありませんのでしまって。」
ハキハキとした喋り方だがどこか冷たく感じる。
言われた通り教壇の正面の席に座り、筆記用具だけを出し閉じた鞄は隣の席に置く。
男の人はそれをじっと見ていて、青い犬は気を引きたいのか本の上でゴロゴロとお腹をみせるように転がっている。
「私はこの学園で語学の授業を担当しているノオギ。本日一日、試験官と立会人をする。」
そう言いながら、教壇の上に置かれていた封筒から複数枚の紙を取り出し、目の前に置く。
置かれた物に目を向けると試験問題と書かれた紙束と回答用紙と書かれた紙だった。
「最初の試験は50分、鐘がなったら始めて。」
カーンカーンカーン
言葉が終わると、間髪入れず外から鐘を鳴らす音が聞こえる。
(それほど難しくないし、問題数も多くない。)
最初にどんな問題があるか大まかに確認する。
四則演算に読み書きに関する問題。
歴史の穴埋めと地理に関する知識問題。
特にわからないところもなく全ての解答欄埋めて確認した後顔を上げて時計を確認するとまだ十分に時間に余裕があった。
「次の試験ですが。」
予定通りの時間で最初の試験が終わり、トイレ休憩を促され部屋に戻りお互いに定位置に着いたところで次の試験開始まであと4分ほどあった。
「君のティーについて色々と書いてもらうことになる。もし、何か記録をとっているなら参考にしても構わないので、鐘がなる前に準備して。」
そう言われたので、鞄から日記変わりにしていた本を出した。
毎日何かしらのことを書き留めていたので、貰ったときより少し手に馴染んだように感じる。
『ティーについて今あなたがわかっていることをまとめなさい。文章・絵など形式は問いません。』
渡された試験用紙にはそれだけ書かれていて後は白紙だった。
綺麗な文章を書くのは難しいので、これまであったこと・やってみたこと・結果・反復練習などを箇条書きで書き出した。そして補足があれば書き足していく。
そうやって書くとスラスラと意外と書けてしまうのは普段の日記を書く癖のおかげだろうか。
でもいくつかのことは書かずにおいた。まだ確証できない現象は必ずしも再現できるかわからないため今
は書かなかった。
それでも十分に紙を埋めるとこはできたと思う。




