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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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煉獄より

 ヘリの揺れが臀部から全身へと伝わっていく。慣れた感覚だったが、しかし二週間近くも忘れていた感覚が今は懐かしく感じられ、朱燈ははぁ、と息を吐きながらヘリの天井を見上げた。


 いつもと変わらない軍用ヘリの天井だ。ろくな照明もなく、雑多に天井部のスペースにあれこれと積んである見慣れた天井だったが、今はそれを見ているという事実が嬉しく思えてならなかった。しかしその湧き上がる衝動も「最後のアレ」を覆い出してしまうと、嬉しさ半分どころか嬉しさマイナスになってしまう。


 キャンプ場で目撃した隔絶した個。この前まではせいぜいが自分とは対照的な朗らかな少女、という認識でしかなかった朝宮 竟はとんでもない化け物だった。いっそ実はフォールンだったんです、と言われた方がまだ納得できるくらい彼女の力は圧倒的で絶望的だった。


 視線を当の本人に向ければ、彼女は朱燈の対面に座っている。隣に座る千景の肩に頭を乗せ、寝息を立てていた。


 朝宮 竟は濡羽色の髪の毛の明るい雰囲気の少女だ。外見もさることながら、性格の良さから彼女は一部では人気の存在で、外径行動課の特務分室ではない部署の人間、つまるところの大人達が「すげーいい子だったぜ」みたいな話をしていたのを憶えている。


 その時はロリコンどもめ、と思い心底軽蔑したものだが、こうして改めて真正面から見てみると、その整った顔立ちに朱燈は唖然とする。朱燈も見てくれには自信がある方だが、竟の顔立ちはそういった人間的な美しいとかとは別の部分にあるように思えた。アイドルや芸人で言うところの美男美女が彫刻的な美しさなのだとすれば、竟の持つそれは非人間的な、大自然的な美しさだ。比べる土俵がそもそも違う。


 朱燈が竟と初めて出会ったのはもう3年半以上も昔になる。ヴィーザルの育成施設で初めて出会ったのだ。その時から竟は今みたいに千景にべったりとくっついていて、離れることはほとんどなかった、と朱燈は記憶している。


 「——ねぇ、千景」


 思い立ったが吉日。抱いた疑念を払拭するために朱燈は千景に話しかけた。なに、と話しかけられた千景が顔をあげる。


 竟ばかりに目が向いていたが、今の千景は満身創痍だ。傷だらけのボロボロな状態だ。ヘリに引き上げられて間もなく、応急処置とF因子の不活性剤を打ち込まれはしたが、なんどとなくヴァッフに噛まれた彼の体はいつフォールン化してもおかしくはない。


 それを理解した上で朱燈はエゴを優先した。面倒くさそうに顔を上げる千景に、彼女は問いかけた。朝宮 竟とはなんなのか、と。


 『それを聞いてどうする?』

 「別に。ただモヤモヤしてるのがちょっと気分悪いだけ」


 ヘリのローター音の中でもはっきりと会話ができるのは新しく支給されたイヤーキャップを嵌めているからだ。当然ながらチャンネルはオープンで、二人の会話はこのヘリはおろか、僚機である左右の二機のヘリにも筒抜けだ。しかし千景はチャンネルを新たに作ろうとするそぶりはない。つまり、このヘリに乗っている人間は一般兵から操縦士にいたるまで、竟のことを知っている人間で固められているということだ。唯一、朱燈だけを除いて。


 朱燈の隣に座る黒いヘルメットを被った兵士の視線が刺さる。彼女の傷を手当てした兵士だ。ヘルメット越しでも目元くらいは見えるから、その表情を察するのは容易い。


 「別にいいでしょ。あの姿を見ちゃったんだから」

 『まぁ、そうだな』


 逡巡するそぶりを見せる千景は天を仰ぐ。そして、意を決したように前のめりになると朱燈の質問に答え始めた。


 『あれは、竟の影槍だよ』

 「はぁ?影槍?」


 怪訝そうに朱燈は眉を顰めた。眉間に皺が寄り、目頭が熱くなった。


 『つっても特殊な影槍だ。第二世代であることは間違いないけど、これまでのプレーンとかブレードとかシェルっていったカテゴライズはできない。敢えて無理やりカテゴライズするなら不形型、とかかな』


 ますます意味がわからんと朱燈は首をひねる。千景の言う『不形型』とは第三世代のことではないのか。クリスティナが使うような影槍とは違うのか。


 『単純にスーパーマグネタイトの質と量が違うんだ。チーナのそれとは比べ物にならないほどにな』

 「量がいっぱいあれば、ああいう変形っていうか変身みたいのをクリスもできるってこと?」


 『それに加えて質だな。竟の生成するスーパーマグネタイトは質が俺らのと比べて数段上だ。硬度、柔軟性、形質変化の流動性、まぁとにかく影槍の変形がものすごくスムーズに、かつこっちの意思を反映しやすくなっているってことだ』


 それで出来上がるのがあの怪物ってのは美的センスを疑うけど、と千景は付け加える。説明を受け、しかしそれでも朱燈は喉を鳴らす。納得できない部分がまだ多すぎた。


 「——影槍って生体機械だよね?あたしらの腎臓のところにある」

 『そうだな。色ついてない伸ばした粘土というか、長い野糞というか。まぁそんな機械だな、本体は』


 「例え方ー。まぁとにかくそれが元なわけじゃん?あれが変わるの、怪物に?」

 『シェル型だってそんな感じだろ。あれは中の影槍本体の伸縮性の変化で盾だの大剣だのの形になるんだぞ?』


 近しい関係の人物で言えば嘉鈴がまさにシェル型の影槍の保持者だった。あいにくともうそれを拝むことはできないが、確かにプレーン型やブレード型とは違う形質変化を、彼女の影槍は行っていた。その応用と言われれば納得はできた。


 影槍は伸縮自在な生ける凶器だ。長さを変えることはもちろん、第二世代では個々人の資質によって形態が変化するようにもなった。第三世代の技術はその延長線上にある。第二世代でもシェル型の影槍使いは一部ではあるが形態変化が可能なのだから、竟の影槍もその亜種と考えられる、と千景は力説した。


 「うーん。でもなー。なーんか、うーん」

 『えー。何が納得できない?』


 「いや、なんていうかさー。竟の影槍ってなんていうか、影槍っぽくないっていうか、むしろフォ」


 『敵!!』


 不意に立ち上がった竟によって朱燈の言葉は遮られた。立ち上がった竟に全員の視線が向いた直後、唐突にヘリの天井のランプが赤く点灯し、警報が鳴り響いた。


 これまで何度となくヘリに乗っている朱燈はそのランプの点灯に覚えがあった。上位種以上の飛行型フォールンの接近を感知した時、頭上のランプは鳴る仕組みになっている。


 「つまり、飛行型!?」

 『ちぃ。やっぱただでは帰らせてくれないか。——すいません、武器ってありますか?』


 「戦うの!?」

 『最悪は。まぁ竟もいるし、ヘリも3機あるし、そもそも逃げ切っちまえば』


 しかし、千景の言葉が終わるよりも前に悪い報告が操縦席から漏れた。


 『対象レーダーで捕捉!速度、え!?速度、毎時400キロメートル!』

 『バカを言うな!そんな馬鹿げた速度で飛ぶ鳥がいるものか!』

 『(はやぶさ)じゃないんだぞ!』


 黒いアーマーを纏った兵士達の怒号が飛ぶ。しかし操縦士は絶えず、計器に表示された速度を言い続け、立ち上がった彼らを納得させた。


 「えーっと。ハルピーってどんくらいだったっけ?」

 『せいぜいが毎時150ってところだろ。風を掴めばもっと早いかもしれんけど』


 うわー、と朱燈は引き攣った笑みをこぼす。現在接近しているフォールンはハルピーの3倍近い速度ということだ。ちなみにこのヘリは、と聞くと、千景は大体毎時300と答えた。その間にも操縦席から悪い報告は続く。


 『F.Dレベルが一部空域で上昇しています。20、30!?』

 『最上位種クラスだと!?クソ、このままでは追いつかれるぞ』


 『左右の二機に連絡するぞ。どうにかして進路から外れるんだ』

 『対象のF.Dレベル固定、42!データ照合、該当、なし?』


 『新種だと。このクソ忙しい時に。おい、進路から外れるぞ。交戦なんぞしてら、ぅううおおお!!!』


 直後、ヘリが揺れた。何かが衝突した衝撃が全体に伝わり、千景と朱燈はそれぞれ背もたれに叩きつけられた。幸いにもシートベルトをしていたおかげで強打することはなかったが、立ち上がっていた二人の兵士はもんどり打ってヘリの後方にある武器庫の扉まで転がっていった。そして、すぐさまヘリが姿勢を戻すために前のめりになると、今度は前方向へ向かって転がり、その勢いのまま、一人はヘリの窓を突き破って、外へと放り出されてしまった。


 ヘリの高度は1,000メートル以上。落下すればまず助かることはない。


 冷や汗をかく千景と朱燈。竟はのほほんとしている。なんとかもう一人の兵士を助け起こした千景がふと割れた窓から外を見ると、一体のフォールンが飛翔していた。


 白いテカテカとした翼を羽ばたかせるそれは不快度よりも神々しさを纏っていた。巨大な一対の翼を羽ばたかせ、勢いよく羽ばたくそのフォールン、ぐるりと反転し、宙空でホバリングをしながら千景達を睨む。


 被っていた仮面は顔の上半分を覆う、人間の付ける仮面で言うならばヴェネチアンマスクと呼ぶべき代物で、仮面の左右両端に柔らかそうな飾りがそれぞれついていた。


 体躯は巨大と形容してしかるべきだろう。ヘリに相当する巨躯であることは間違いなく、翼を広げれば20メートルは裕に超えている。とかく巨大な白い鳥型のフォールンという印象を受けるそれはしばらく千景達を睨んでいたが、すぐに踵を返し、霧の向こうへ、いや日差しの向こうへと消えていった。


 「——なんだったんだ、あれ」


 フォールンはフォールンだが、これまで見てきた野生味のあるフォールンとは違う印象を受けた。知性を感じさせる振る舞いだった。無論、勘違いかもしれないが。


 一時間後、千景と朱燈はサンクチュアリに帰投した。晴々とした青空のもと、未踏破領域からの生還を成し遂げた二人は、帰還と同時に病院へ担ぎ込まれ、数週間にわたって拘禁された。


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