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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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惨禍Ⅱ

 その怪物は爛々と青い単眼を輝かせ、肥大化した口腔をかっぴろげて、ニタリと笑う。


 黒色の怪物はその体を黒い結晶体によって構成されており、外観は首の長い人型である。上半身が大きく発達していて、腰は女性のように細い。全高は四メートルを超えており、背部から生えた二つの結晶体は四本指の手にも見えた。


 頭部はブーメランのようにも、折り紙の束のようにも見える。青い単眼を中心にして、長い首に張り付いて左右へ向かって伸びた口角を上げる。毛髪はない。長い首の、人間で言えば喉に当たる位置からは鋭く尖った円錐状の何かが三本縦一列に並んで生えていた。


 巨大な図体とほとんど変わらないとても長い二本の腕には鉤爪を彷彿とさせる二対の突起があり、それはブレード型の影槍によく似ていた。背後から生える四本指の手と合わせれば実に四本腕という異形だ。


 腕部と比べれば脚部は特徴がない。太ももがとりわけ太いが、それ以外に特徴という特徴はなく、馬の蹄を彷彿とさせる外観をしている。上半身の大きさを考えれば倒れてしまいそうな危うさが漂うが、不自然なほどにその姿勢は安定していた。


 フォールンか、と朱燈は初見時にそう思った。千景とヴァッフの戦いに誘われて現れた新種か、と。


 あからさますぎるほどに人ではないその姿を見れば誰だってそう思う。ただ、それにしては、と朱燈は霧の中から現れた3台のヘリを睨む。ヴィーザルの企業マークが書かれたヘリから、目の前の怪物は現れたように見えた。しかしそれならば、とヘリの大きさを考えるとあの化け物が収まっていたようには見えない。


 わけわかんね、と視線を怪物に戻し、朱燈は眉を顰めた。千景の背後に現れた怪物を見ると、それは朱燈の視線に気がついたのか、彼女に向かって愛想良く手を振ってみせた。


 当惑する朱燈、それを見て心底楽しそうに怪物ははにかんだ。その悍ましい姿にはぁ、と千景はため息をこぼす。よもや、()()()救助作戦に登場するとは思ってもみなかった。


 「(つい)。いくらなんでも派手に登場しすぎだろ」


 ヴァッフ達を警戒しながら千景は彼女に、朝宮 竟に苦言をこぼす。それは言外に「なんで朱燈にこの姿さらすのさ」というニュアンスを含んでいた。


 現れた怪物の正体、それは竟の影槍だ。怪物の体を構成するすべてが影槍、スーパーマグネタイトの結晶によって構成されており、指先からつま先まで自在に変形することが、彼女にはできる。


 第三世代ではない人間が影槍の形状を自在に変化させることができた数少ない事例、質量保存の法則を無視した生物の因果から逸脱した存在。いっそその在り方は人間よりもフォールンに近く、竟の影槍の正体についてはヴィーザル上層部以外で知る人間はほとんどいない。


 ——だというのに。


 睨む千景に向き直り、竟は笑顔を浮かべた。


 「許可があったよぉおおおおお。みせてもいいっってえええええさぁああああ」


 「あっそ。そんな命令が出せるってことは草鹿さんよりも上の人間か」


 発生器官がなく、影槍の中の竟本人が喋っているせいで、内部で音は反響する。非常に聞き取りづらいが、近ければ何を言っているかは察せられる。


 「いわれたんんんだぁあああ、ちかげくぅうううんんんんとあかりちゃああんんんをたすすすけけえけてこいってぇええええええ」


 「そりゃどうも。じゃぁ、悪いんだけど」


 「ぅううううんん、こいつら、ぶっ殺そっか」


 ——惨禍の幕が上がる。一方的な虐殺が始まった。


 「戦型『竜』」


 千景の指示が下されるとそれに呼応して竟は影槍を束ね、形状を変化させた。背中から生えていた二本の腕が、次いで頭部が消え、体全体を巻き込んで形状が変わっていく。


 朱燈は知る由もないが、その行動はロジックタワーの地下で千景が形成した大槍のそれに酷似していた。だが、竟の束ねる形は大槍ではない。より巨大な破壊の暴威だ。絶対の屠殺兵器だ。


 そして出来上がったのは長顎のスリムなフォルムの怪物だ。ワニの如く長い顎、細く華奢な体躯、新たに生えた黒く長い尾、外観だけは聖書などに出てくる悪魔に似ていたが、唯一頭部だけは朱燈もよく知っているある空想上の生物に酷似していた。


 「ドラゴン?」


 半透明の黒い結晶の中で青い単眼が揺れ動く。覆われた黒い結晶体は確かにドラゴンの頭部とシルエットは似ていたが、いざ蓋を開けてみれば首をもたげた蛇を彷彿とさせる。総じて、なんだか早そうだな、という印象を受ける異形だ。


 両手は鋭く、足はなお鋭く。体を構成する黒い結晶は人の骨組みはしておらず、背骨とよく似た形状をしている。尾骨から生えた尾は先端が錨のような形状となり、全てが先鋭化した外観にあって、それだけはずっしりとした重みを感じさせた。


 ゆっくりと竟は両手を芝生に突き、腰を上げる。まるでクラウチングスタートのような姿勢だ。


 刹那、その姿がかき消えた。


 旋風を残し消えたと思えば次の瞬間には竟はヴァッフ達の群れの中に現れていた。瞬間移動をしたかのように見えるが、そうではないことは怪物の足元に転がっているヴァッフの遺骸を見れば明らかだ。


 強い衝撃を受け、轢き殺されたヴァッフの遺骸はいずれも原型を保ってはいない。頭蓋も、背骨も、四肢も砕け、かろうじて生きていた個体は顔面が潰れ、あらぬ方向へ捻じ曲がっていた。


 ヴァッフ達は戦慄する。朱燈も戦慄する。その場にあって何もなかったように振る舞っているのは千景と当事者である竟ぐらいなものだ。


 混乱も覚めやまぬ、否混乱の前の瞠目の只中にあるヴァッフ達目掛けて竟が動く。その軌道上にあるすべてが轢き殺され、血肉が雨中に舞った。抵抗は許されない。ほんの数秒で、それまで千景を襲っていたヴァッフはことごとく駆逐された。


 黒い風が吹き荒れた野原には醜く汚れた犬の死骸だけが残され、ヘリから降りてきたエクストラクションロープを握って千景と朱燈は引き上げられる。引き上げられる時、千景は小脇にぐったりとした竟を抱えていた。


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