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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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電力制御室

 窓をぶち破り、中に突入するのは難しいことではなかった。そも、防弾ガラスでもないただの窓など強化兵である千景にとっては蹴り一つで破壊できるくらい造作もないことだ。


 室内に入り、千景はすぐに銃を構え、銃口が向いている方向に懐中電灯を向けた。


 中は外観よろしくかなり広く、無数の機械類の他、壊れたホイールチェアーや、倒れて中身が散らばっている戸棚、インテリアなど、意外にもただ無機質な制御室というわけではなく、かつての職場の日常感を感じる内装になっていた。もっとも、それも多くが湿気でぐちゃぐちゃになっているが。


 部屋の奥には扉があり、非常灯の灯りがぼんやりと浮かんでいた。角度的に窓からは死角になる位置にあり、気づけなかったのも頷ける。扉の近くには除湿機があり、黒い箱が格子状の白い箱の中に入っていた。部屋の隅まで四つ、除湿機は横並びに置かれていた。


 除湿機の近くには南京錠がされた両開きの棚があり、それには張り紙までされていて「触るな」と書いてあった。だから千景も触ろうとはしなかった。


 足元に目を向けると散らばったファイルを千景は踏んでいた。拾い上げたそれにはよくわからないグラフや表が書いてあった。23世紀にもなってプリントアウトかよ、とぼやくが、こういった状況では紙媒体の情報はありがたかった。なにせ、電気を必要としないのだから。


 ひとしきり安全を確認したところで千景はライフルを下ろし、懐中電灯を機械のコンソールへ向けた。照らされた先には赤、緑、青、黄色と色とりどりのボタンに、多種多様なノブ、レバーにパソコンのキーボードが並んでいる。埃をかぶっていて、かつ暗いせいで、ボタンやノブの下にある黒い文字は判読できないが、かろうじてひときわ大きなレバーの下に書いてある文字が「始動機」であることはわかった。


 試しに倒されていたレバーを引き上げるが、眼下のタービンはうんともすんとも言わない。それはわかっていたことだ、と落胆もせず千景は倒れている棚を起こすとその中に収められていたファイルを物色し始めた。


 千景の経験上、こういった専門的な知識が求められる場所こそ、マニュアルが存在する。タービンが壊れた時に、常駐しているはずの専門家が不在の場合、素人でも速やかに電力の流れを断つことができるようにするためだ。というか、お役所仕事である以上、「常駐(ただし常駐ではない)」という矛盾した状態が罷り通る。


 なぜ、そう考えるのかと言えば、まさしくサンクチュアリがそうだからだ。役所に出したはずの申請書が一ヶ月以上経ってから受理される。その受理を告げるメールが受理した日付から十日以上経ってから届くなんてことはザラにある。とかく人手が足りないからこそ、あらゆる作業が緩慢になり、遅滞するのは過去現在を通して、往々にして起こり得ることだ。


 まして、サンクチュアリの母体組織はそういった組織の悪癖を受け継いだエデン機関だ。仕事が遅いことにも納得がいく。現在のエデン機関、もといサンクチュアリ行政府の職員も大元を辿れば各国家の国家公務員や企業戦士達であることを加味すれば、同じように国家の管理下にあったロジックタワーの組織的風潮も似たものになる。


 「こんな風にね」


 目当てのファイルを見つけ、千景はしたり顔を浮かべた。目次に沿ってマニュアルをめくり、目当てのページを見つけるとその手順に沿って千景はコンソールに向き直った。


 タービンを再稼働させる手順は至ってシンプルだ。専用のキーをコンソールに差し込み、その上で例のレバーを引き上げればいい。オートメーションが進んだ時代ならではの単純作業。幸いにも鍵はコンソールに差しっぱなしになっていた。


 しかしその手順に沿うならば先ほどレバーを引き上げた時点でタービンは回るはずだ。しかしタービンは動かない。


 恐る恐る千景はコンソールに差し込まれた鍵を引き抜き、その構造を改めた。


 鍵はサンクチュアリ内でもよく見られる電子加工されたタイプだ。鍵の中に特殊な電子チップが鋳込んであり、鍵穴に差し込むと、内部の小型コンピューターがそれを読み取り、ロックを解除するという仕組みになっている。ただし、コンピューターによる読み取り方式のため、電力がなければただのレトロな鍵の形をした無用の長物でしかない。


 コンソールを見つめ、千景はこめかみに人差し指を添えた。


 時代を考えれば、本来はタービンが止まっていても予備電力や蓄電器(コンデンサ)か何かで眼前のコンソールを動かしていたことは明白だ。電力がなくてはコンソールは動かないし、用意していないのはただのバカだ。


 だから、と今度はそれまで敢えて深くは追求してこなかった南京錠がされている棚に目を向けた。南京錠はすでに錆び付いており、銃床を軽く打ち付けるだけで簡単に破壊できた。


 恐る恐る扉を開くと、中には黒い物体がいくつも収まっていた。内部は湿気防止のための工夫がされていて、年代物の除湿用スポンジで内部表面を覆っていた。扉の内側には分厚いグローブがあり、一目でそれが絶縁素材で作られていることが、グローブの表面に貼られている雷を斜め左に横切っているマークから見てとれた。


 絶縁グローブを付け、千景は並んでいる黒い物体の一つをつまみ出す。大きさは500mlのペットボトルほどで、形状は角柱だ。重さはそれなりにあり、軽いと思って持った千景は予想以上に重かったことに少しだけ驚いた。


 表面にはラベルがあり、その隣には大きく赤文字で「素手で触るな」と貼ってあった。もしグローブに気づかずに触っていたらどうなるのか。きっと感電するだけでは済まなかっただろう。自分の自制心を褒め称えながら千景は回れ右をしてコンソールに近づき、その上に置かれているマニュアルのページをめくった。


 手元のコンデンサ、それをコンソールに嵌める方法はすぐに見つかった。コンソールの下部にある小さな扉を開くと、そこにはすっぽりとコンデンサが一つ、収まりそうなスペースがあった。上下の向きを確認し彼はコンデンサをそこにはめ込んだ。


 直後、それまで静寂に包まれていた制御室に急に灯りが灯り、停止していた除湿機がグゥウンという野太い音を立てて動き始めた。驚いた千景はとっさに身をかがめ、周囲を警戒する。


 直後、それまでの除湿機の音とは比べ物にならない大轟音が轟いた。それはエレベーターの滑車が滑り落ちていく音に似ており、それが鳴り止むと今度は耳をくすぐる音と共にジャリジャリと硬い物を砕く音が鳴り始めた。


 それは鳴り止むことはなく、延々と続く。しばらくして、今度は蛇口を通る時に似た水音が、ただしいっとう大きな水音が頭上から聞こえ始めた。それは濁流音に似ていて、それは気づくと滝底を穿つ破音が混ざり同時に足元からホイールが回転する音が聞こえてきた。


 音、音、音。その音の大きさに目を見開き、たまらず千景は顔を上げ、身を乗り出して窓から眼下を望むと先ほどまでは静寂に包まれていた暗闇の中から機械の可動音が聞こえ始めた。


 「——つ。こりゃ、やった、か?」


 刹那、視界が白光に包まれた。たまらず目をつむり、そして開いた次の瞬間、それまで暗闇に包まれていた空間がめいいっぱいの光に包まれ、その全貌が顕になった。


 見えるのは緑黄色の世界、レタス色の床と壁に囲われた灰色の円柱が窪みを挟んでずらりと並んでいる。向かい岸に渡って早々に出会した壁は視界の右端から左端まで続き、今ではそれが防壁としての役割を果たしていたことがわかる。万が一に向かい岸と対岸を隔てる水路から水が溢れた時の防波堤だ。


 柱と見紛うばかりの機械の柱はコンソールに表示された画像を見る限り巨大なポンプであるらしい。正確には元いた岸側に置かれている柱がポンプになっていて、それが天井を伝いタービンと合体している柱を伝い、水が送られているようだ。


 なんか二度手間だなぁ、と思いながら千景はコンソールから顔を上げ、それまではずっと目を逸らしていた両岸の間に走っている水路に目を向けた。


 ——赤い双眸と目が合った。

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