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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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ロジックタワーⅡ

 サーバールームの中はやはり真っ暗だった。懐中電灯を灯し、中を照らすと大型のコンピューターがあり、それははるか上層まで続いていた。コンピューターが動く音はなく、やはり死んでいた。


 しかし朱燈はそんなことを気にする素振りを見せず千景に周りを照らすように急かした。彼女に示されるがまま、千景は懐中電灯でその進路を照らす。そしてある場所で朱燈は止まり、唐突にうずくまった。


 なんだろう、と千景が朱燈を照らしたその直後、床から伸びた操作板と思しき機械の根本目掛けて彼女は蹴りをお見舞いした。ガシャンという大きな音と共に薄べったい板が凹み、朱燈はそれを無造作に取り上げると興味がなさそうにどこかへ放り投げた。


 行動の意味がまるで理解できず、千景が目を見張っている間も朱燈は動きを止めない。引っ張り出した回路や配線、それを食い入るように見ながら、何かを確かめる素振りを見せた。そしてひとしきり見るべきものを見たのか、彼女は千景から懐中電灯をひったくると、それを口に咥えて床いっぱいに広がったコード類を握り締め、何かの作業を行い始めた。


 何をやっているのか、千景には理解できない光景だ。結局のところ、電気が送られていなければ機械をどれだけ改造しようとも動かない。それは朱燈もわかっているだろうに、彼女は手を動かすのをやめない。


 いつの間にかその手は最初に弄っていた操作板から離れ、コンピューターの足元にあった。ガチャガチャと片手で器用に作業をしていた朱燈だったが、やはり片手では細かな操作はできなかったか、不意に千景を呼び、握っていたコードを千景に握らせた。


 そしてどこから持ち出したのか回路類がくっ付いている銅板をもう片方の手に握らせると「赤い回路にコードが重なるように縛って」と指示した。何がなんだかわからなかったが、自棄だと千景はそれに従って、包帯を構成していた繊維を解いて回路とコードを縛った。


 結んだぞ、と千景が言うと、じゃぁちょうだい、と朱燈は言いながら左手を差し出した。それをポンと彼女の手のひらに乗せると、朱燈はその回路版をコンピューターに差し込み、ふぅと息をついた。


 「いや、ほんと何やってんの」

 「ちょっと改造」


 本当に何を言っているんだ、と千景は苦笑する。朱燈が機械趣味であることは千景も知っている。自作のコンピューターを作るくらいにはマニアであると。しかしそれにしたって、目の前にあるのは旧時代の遺産、軽々しく少女がどうこうできるような代物ではないはずだ。あまつさえ、改造など。


 「そー。だからちょっと配電盤を弄ってるの。だって電池はほら、一つしかないんだもん」


 「言っている意味がよーくわからんのだけど?」

 「まー。あれよ。コンピューター動かすのと操作板動かすために二つくらい電力がいるんだけどさ。そのためには電池が足んないわけ。だから、こうやって、電池一個で両方動かすために改造してんの!」


 言うが早いか、朱燈は一本だけ伸びているコードを握り、その先端を電池に結びつけるように千景に言う。言われた通り、千景は包帯でそれを縛った。それがすむと、同じように今度は操作板から伸びているコードに電池のもう片方の端を結びつけた。


 直後、それまで沈黙していたコンピューターがグォンと息を吹き返した。同じようにそれまで暗い液晶パネルを映すばかりだった操作板に空色の光が灯った。


 「ぉお。成功した!」

 「まじかよ」


 「じゃぁ、急いで。すぐに操作しないと電池切れになる」

 「マジかよ」


 急いで千景は操作板に近づいて、その画面を覗き込む。古いフォント、そしてキーボードが映し出され、検索内容をそこに打ち込むとそれは一瞬で表示された。


 「40階、オペーレータールーム?」

 「そこに通信設備があるの感じ?」


 「そうっぽい。あと、もうひとつ」


 キーボードに脳裏に浮かんだ内容を打ち込むと、それはすぐに表示された。それを見て千景はなるほど、と独りごちる。険しい表情を浮かべ、画面を食い入るように見る。求めている物がどこにあるかはわかったが、同時にそれは少々面倒くさい事実を浮き彫りにした。


 そうこうしている内に電池が切れ、画面がフッと消えてしまった。コンピューターの可動音も鳴りを潜め、再び静寂と暗闇がサーバールームに訪れた。その中、千景は考え込んだまま動かなかった。気を揉んだのか、朱燈は彼の肩を軽く叩いた。


 「ねぇ、千景?」

 「ああ、ごめん。ちょっと考え事しててさ」


 とりあえず出よう、と千景はサーバールームから出るようにうながした。


 サーバールームを出た千景はうーん、と唸りながら足元を睨んだ。正確にはロジックタワーの根元にあるモノを睨んだ。


 「ちょっと相談があるんだけどさ」

 「ん?なに?」


 「いや、その前にまずは前提を話すか」


 千景が座り込んだので朱燈も座り込んだ。近くに転がっていた小さな瓦礫を千景はつまむと、それを縦向きに置いた。そしてそれを指先で押さえながら、これがロジックタワーと示した。


 「俺達が用があるのは40階、オペレータールーム。登るだけなら問題はない。多分、このロジックタワーにフォールンは入っていないから」


 「ふぅん。それはいいこと、なんだよね?」

 「ああ。だからこのまま直進できればってのが理想だけど。ちょっと困ったことがあった」


 「それってひょっとして電気?」


 朱燈の問いに千景は肩をすくめた。イエスともノーとも言わなかったが、この時点でこれがもう答えのような物だ。


 電気がない。サーバールームでは電池を用いて事なきを得たが、もうその電池はない。一応、懐中電灯の中にあるにあるが、それをしてしまうと今度は懐中電灯が使えなくなる。さすがに明かりがなくなるのは避けたかった。そも、使用済み電池でどれだけの時間、電力が賄えるかもわからない。


 電池といえば、朱燈が使っていた三式帯熱刀の予備バッテリーがあるが、あれは崖から落水した時に浸水し壊れてしまった。小屋を出発する際に嵩張るから、と捨ててしまったのだ。


 「で、まぁ、なんだ。こういう施設は予備の発電施設とかがあるかもって思ってさっき、検索をかけてみたんだ。あったらいいなってな」


 「ふーん。で、話ぶりからしてそれを見つけたって感じ?」


 「ああ、すぐに出たよ」


 コンコンと千景は床を小突いた。それが床を示しているわけではなく、ロジックタワーの地下のことを言っているのだと朱燈は察したようで、すぐに顔をしかめた。


 「ロジックタワーの地下に、旧時代の特殊な発電施設があるっぽい。そこでタービンを回せばロジックタワーに電力が戻る。それも1分2分って短い時間じゃなくて、より長い時間」


 「マジ!?じゃぁそれをって。ちょっと待って。それ誰が回すの?てか、地下って」


 「察しの通りだ。俺かお前のどっちかがタービンを回しにいく必要がある。まぁ、これは俺が行くんんだけど」


 相談の余地なくそう結論づける千景に朱燈は憤慨した。


 「なにそれ。まるであたしが使い物になんないみたいじゃん」

 「別にそんなこと言ってないだろ。単純に生存率が高いってだけだよ」


 それよりも、と何か言いたげな朱燈を遮って千景は付け加える。


 「電力が戻ったら、すぐにマルチウォッチの通信機能とオペレータールームの通信設備を同調させてくれ。これは俺にはできない仕事だ」


 ヴィーザルの傭兵である以上、千景も機械修理くらいはできる。しかし、触ったこともない機械を直すとなればどうなるかはわからない。朱燈のようにその手のオタクではないからだ。


 「なんならついてすぐにやってもいいぞ?」

 「あたし、片腕なんですけど」


 「できなかったら、できなかったで、俺が合流した時に付き合うからそれでいいよ」


 軽く言う千景に朱燈は不愉快そうに鼻を鳴らす。睨まれて、しかし千景は動じる素振りは見せない。むしろ、彼の心配ごとは朱燈にあった。


 朱燈ははっきり言えば、無力だ。影槍くらいしか真っ当な武器はなく、手持ちの自動拳銃ははっきり言えば自殺のためにしか使えない。そんな彼女を40階にひとりで留め置くというのは心配で心配でたまらなかった。


 あるいは一緒に地下に行く、とも考えたが何が待っているかもわからない場所に手負いの人間を連れていくほど千景も考えなしではない。むしろ、自分一人の命しか責任がないというのは身軽で、動きやすいと言える。


 「——タービンを回したらすぐに俺も上に向かう。多分、大丈夫だろ」

 「多分、ねぇ」

 「どのみち、誰かは行かなくちゃいけないんだ。それに通信さえ入れば二日と経たずに助けが来るだろうし」


 だといいけどね、と胡乱げに朱燈は吐き捨てた。


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