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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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Attack of Fire

 食事を終え、千景と朱燈は立ち上がる。千景はライフルを、朱燈は左手にビニール袋を握り、家屋の入り口から顔を出す。


 目に見える範囲にフォールンはいない。マルチウォッチの示すF.Dレベルも平均的だ。よし、と意気込んで千景は背を低くして目の前の車道を横断し、即座に対面の塀に張り付いた。無事を確認し、手招きで朱燈を呼び、周囲に目を向ける。


 「幸い、ロジックタワーは街のどこからでも見える。迷うことはないだろ」

 「問題はフォールンをどうやってやりすごすか」


 「一つ、案がある。ま、ちょっと賭けが入るけど」

 「ここまで博打じゃないことあった?乗るわよ、その賭け」


 わかった、と首肯し背を低くしたまま千景は例のコンビニエンスストアへ入っていった。そしてそこに並んでいる棚から燃焼剤と石炭が詰まった袋を取り上げた。そして近場の家屋に潜んだかと思えば、あろうことか畳に燃焼剤を塗りたくり、そこに火を点けた。


 燃焼剤に彩られた畳は瞬く間に燃え始め、その炎は黒い煙を吐き出しながら家屋の中に燃え広がり、木柱を燃やしていく。ただでさえもうコントロールしようのない炎が巻き上がる中、そこにさらに千景は袋いっぱいのバーベキュー用の石炭を投げ入れた。


 「ひゃっはー!!さっすが23世紀産!!よく燃えるぜぇ!!」

 「いや、ひゃっはーって。どうすんの、これ」


 メラメラと燃える炎によって火だるまになった家屋を見上げながら、テンションを高くする千景を見ながら朱燈は唖然とする。策というからどんなものかと予想してみれば、いきなり放火をし始めるなんて想像もしていなかった。


 ——いや、なんで?


 舞い上がる黒煙は火の粉を撒き散らし、肺を犯す有毒なガスとなる。火の手は四方へ伸び、周囲の家屋に燃え広がる。メラメラと燃える炎が家屋の中にするりと侵入し、その家の可燃物を片っ端から取り込んでいった。


 「よし、行くぞ」


 そう言う千景がビニール袋の中から取り出したのはお高いマスクだ。みっちりと鼻と口を隠すタイプで2300年代前半の最新モデルである。


 打って変わってテンション控えめな彼を朱燈は呆れ顔で睨む。なんだこいつ、と。


 「ねぇ、色々聞いてもいい?」

 「移動しながらな」


 言いがてらすでに走り始めた千景の後を朱燈は追いかける。背後の火の手はいっそう勢いを増しており、ゴウゴウという凄まじい音を立て、早朝の空を黒く染めた。


 燃え上がる市街の一角、頭上を見上げれば黒煙に紛れて鳥型のフォールンが見える。しかし彼らは千景達には目もくれず、黒煙から逃れようと必死に翼を羽ばたかせていた。


 様子がおかしいのは頭上の鳥型フォールンだけではない。市内のあちこちから獣の足音が聞こえた。それはどんどん千景達から遠ざかり、やがて背後の炎が燃える音以外は聞こえなくなった。


 炎から十分に距離を取ったところで千景は足を止め、背後をようやく振り返った。燃え盛る都市、その光景に千景は恍惚めいた笑みを浮かべ、よし、とガッツポーズをとった。その時にはもうマスクも取っていた。


 「で、なーんで火を点けたわけ?いや、まぁ。なんとなく想像はつくけどさ」

 「おー言ってみろよ」


 「あれでしょ、フォールンを追っ払うためでしょ?」

 「そーそー。獣が炎を怖がるのは迷信だけど、炎から逃げないわけじゃないからな」


 得意げに胸を張る千景に朱燈は動揺を隠せない。フォールンをどうやりすごすか、という話をしていたんじゃなかったのか。そういう中でこんな一手を打つなんてどうかしている。


 ——でも効果的なのよねー。


 諦めが混じった乾いた目で朱燈は燃え広がる市街を見つめる。


 炎は確かに市内に燃え広がっているが、その被害はロジックタワーには迫っていない。燃えているのは千景達が寝ぐらにしていた家屋の周辺、そしてはじめに千景が立ち止まっていたタウンマップの近くにあった巨大な木が生えている公園だ。


 むしろ、公園の火災が一番ひどい。メラメラと燃える大樹はすでに根本が炭化して倒れてしまった。倒れた巨木の真下にあった家屋は軒並み潰れて、飛び散った炎の塊が屋根を突き破って燃え上がり、より一層炎が回る手が速くなった。


 「単純に炎を獣は嫌う。巻き起こる毒煙は空のフォールンを遠ざける。俺らはちゃっちゃと現場から逃げ出し、ロジックタワーに急行。いいじゃん」


 「いいじゃんて。これ、どうすんの」

 「そのうち雨が降って消えるんじゃないの?」


 「んなひと事」

 「どのみち、ここに戻ることなんてないんだし、別にいいだろ」


 ——それは確かに。


 あくまで一時の寝ぐら。別に今更、気にすることでもない。はぁ、とため息を吐き、燃え盛る市街を朱燈は一瞥する。脳裏によぎったのはさっきまで自身がくるまっていた温かい布団だ。()()()()()()()()()()()。あれはきっと、()()()()()()()()()()()


 「行くぞ、ロジックタワーに入らなきゃやってらんない」

 「そう、ね」


 ——バイバイ。


 踵を返し、千景の後を朱燈は追う。警戒しながら進む彼の背中は確かに頼もしい。いくら炎が燃えていて、周りのフォールンが遠ざかっていると言ってもゼロではないのだから。


 けれど、その背中に不安を覚えないわけではない。行動のとっぴさ、何より目的のために手段を正当化するところが、怖く思えた。危うさがある人の近くにはいたくない。そういう獣の忌避する本能を押し殺し、朱燈は周囲に目を向けた。


 周りをみればかなりロジックタワーが近くに見えていた。周囲には大きな建物が立ち並び、ロジックタワーほどではないが、10メートルくらいはありそうな建物がいくつもあった。建物はどれも傷だらけでふと影が差したから見上げてみるとプレート看板が見え、そこには「田島ファイナンス」と書いてあった。


 大通りに面したビル街で、いくつもの白だったり赤茶色だったりの建物がひしめき合い、窓から中を覗いて見たが、伽藍としていて机やら椅子やらをひっくり返した跡しかなかった。


 「気をつけろよ。ガラスが落ちてる」

 「んー」


 言われて気づいたことだ。パリパリという足音が気になったが、それはガラスを踏みつけていた音だった。慌てて朱燈は足元から飛び退き、ガラスのない場所に着地する。


 フォールンが窓から中に押し入ったからだろうか。特に大通りの周辺はその跡がひどかった。古い血の跡が窓の破片や屋内に見え、そこで起きただろう凄惨な光景を想起させた。


 「なんかここだけ血がすごくない?」

 「確かにそうだな。でも別におかしいことじゃないだろ。外と違って中に雨は降らないし」


 雨が降れば血も流れ落ちる。人の死体も長い時間が経てば風化し、分解される。だから家屋の中に血の跡があることも、外が綺麗なのも別におかしくはない。ことごとくフォールンに食われた、と考えれば何もおかしなことはない。


 ただ、と朱燈は思考をつまらせた。釈然としない何かを感じ取り、彼女は足を止めた。それに気づいた千景も足を止め、彼女の隣に立った。


 「どーした?」

 「うーん。なんか、変だなって」


 「何がさ」


 それがわからないの、と朱燈は口を尖らせる。喉の辺りまで出かかっているのに、どうにも言葉が出てこない。見落としている何かがあるようで、それを解消しないと気味が悪かった。


 ゆっくりと建物に近づく朱燈の後ろを千景が追随する。その時、何かが起こる予感でもあるのか、ライフルのトリガーガードから引き金に指を滑らせていることに気づき、朱燈はつばを飲んだ。


 恐る恐る朱燈は窓枠に近づき、中の様子を確認する。静まり返った室内にはやはり散乱したテーブル、椅子、インテリア、剥がれ落ちたポスターやパンフレット類が見える。それ以外には壁一面に走った爪痕と噛み傷、そして血。


 やはり杞憂だったかと胸を撫で下ろす朱燈。刹那、反射的に朱燈は影槍を展開し、それを無造作に窓の中へと突き出した。


 黒い結晶体に覆われた触腕が空を切り、吸い寄せられるように天井へ向かう。そして次の瞬間、何か柔らかいものを突き刺した感覚を朱燈は感じた。たまらず彼女がそれを引き抜くと、後に続いてぼとりと毛むくじゃらの何かが天井から落ちてきた。


 なんだ、と覗き込もうとする朱燈を千景が肩を掴んだ引き戻す。刹那、同じようにして黒い毛むくじゃらの何かが天井から室内に落ちてきた。


 「屋上へ逃げるぞ」


 言うが早いか、千景は影槍を展開し、建物の屋上へ跳んだ。その後を追って朱燈も影槍を建物に突き刺し、屋上へ跳ぶ。彼女が不快感を覚える鳴き声を聞いたのはまさにその時だった。


 「つ」


 ——眼下を見ると無数のオレンジ色の瞳が自分を見ていた。餌を見る肥えた目だ。汚い臼のような歯を除かせて、せっつくように泣き喚く。ちゅーちゅーと。


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