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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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ロジックタワーへ行くにあたって

 明朝、ゆっくりと千景はまぶたを上げ、自分の心臓に触れきちんと鼓動していることを確認した。トクトクと指先を伝う確かな拍動を感じ、千景は自分がまだ生きていること、体調に問題がないことを感じ取り、その視線は部屋の隅で丸まっている白髪の少女へ向けられた。


 こくりこくりと首を上下に降って寝返りを打つ彼女の肩を揺らすと、ん、と小さく喘ぎ朱燈は目を開いた。もう朝、と聞く彼女に千景は無言のまま首肯し、閉ざしていた窓から外の様子を窺った。


 外の冷気のせいか、窓には霜が降りていて、擦ると外の様子を見ることができた。小さな円から見えたのはまだ太陽が東の地平線から顔を上げてもいない黎明の空だ。紫が買った空を中央に抱き、東に近づくにつれて白が濃くなり、西に近づくにつれて濃紺が濃くなっていく鮮やかなグラデーションがかかっている。


 その空を背景に地平を見やれば静まり返った廃墟が見える。明かり一つなく、しんと物音一つしない家屋がずらりと並び、その奥に目指すべき目的地が見えた。


 周囲を見下ろすかのように聳え立つ人工の塔、ロジックタワー。近代然とした街並みの中にあって極めて現代的な造りの塔がポツンと立ち、異物感や場違い感を感じさせた。


 塔の形状は遠目に見たものと大差はない。ビリヤードのキューを思わせる円錐型に近い形状で、近くで見るとその大きさがよくわかる。周りに塔を遮るものはなく、例えるなら人と路傍の石ぐらい大きさが違う。


 近くで見るとただガラス張りなわけではなく花のブーケを作るようにして、格子状の飾りのようなものが螺旋を描き、塔の周りを取り囲んでいた。それは一見すると非常に不安定に見えたが、塔の骨格と繋がることで倒れないように自重を支えていた。無機質なサンクチュアリタワーなど比べるべくもない、まさに人類社会の栄華の象徴だ。


 そんな象徴を眺めていると、不意に視界を遮る黒い影が空中に見えた。それは鳥で、屋根の上にばさばさと翼を羽ばたかせて舞い降り、続いて二羽三羽と降りてきた。


 赤い前掛けのような腹が目立つ鳥だ。背中と翼は青みがかった灰色で、尾は短い。体は小さく、遠目に見ても30センチから40センチくらいしかないように見える。胸元には違いに向き合った形の棘のようなものがあり、それはこころなしか鳥の嘴によく似ていた。足は転じてかなり大きい。かかとに大きな棘があるのが大きいように見える要因だろう。それが鳥の全長の半分くらいある長さなのだ。


 もっとも、千景の目が最初に吸い込まれたのはそのカラフルな外観でもなければ特異な胸部の棘でもない。その頭部、つるりとした白い仮面、俗にフルフェイスというヘルメットを彷彿とさせる仮面を被ってギラギラと充血した両目と剥き出しの唇のない白歯を覗かせるその鳥は、まぎれもなくフォールンだった。


 千景が初めて見るタイプのフォールンだ。原型がなんなのかもわからない。小型の下位種であることはわかるが、それ以上は何もわからない。


 弱ったな、と千景は頭をかく。喜ぶべきか、それとも嘆くべきかわからない現状にたまらず、苦笑いがこぼれた。


 「どーしたの?」

 「ん?あー。うーん。喜ぶべきか嘆くべきかちょっと怪しくなった」


 どーゆーこと、と朱燈は聞いてくる。千景はすぐに悩んでいる理由を明かした。


 「まず喜ぶべきこととして、俺達は多分、ルナユスルの縄張りから逃げられた。いくつかアクシデントはあったけど、とりあえずそれは喜ばしい」


 「なんでわかんの」


 「外見てみろ」


 千景が親指で窓の外を指差すと朱燈はもぞもぞと動いてカーテンから外を覗いた。直後、うげぇ、と顔をしかめ、彼女は窓から顔を上げた。


 「それまでは鳴りを潜めてた下位種のフォールンが顔を出してる。脅威が去ったってことだ」

 「ほんとはまだ縄張りの中で、たまたまルナユスルが遠くにいるから顔を出してるって線は?」


 「ないこともないけど、それならそれでいいことだろ?どんなフォールンだって瞬間移動まではできないんだから」


 それもそっか、と朱燈は納得した様子で首肯する。同時に彼女は、なら嘆くべきことって、と聞いてきた。それを聞かれ、千景は困り顔を浮かべた。


 「単純にフォールンに出くわす確率が増したってことだな。絶対的な脅威が消えて、むしろ絶対数が増えたってことだ」


 「あー。なる。外に出にくいって?」


 「それもあるし、ロジックタワーの中にフォールンがいないとも限らない。なんなら俺らが接続作業をしている時に乱入してくる可能性がある」


 下位種までなら相手ではない。バリケードなり、原始的なトラップなりで足止めしたり撃退したりをすることができる。だが、中位種、上位種となればもうお手上げだ。両手を組んで鼻水と涙と聖水をそれぞれの穴から垂れ流して命乞いするしかない。


 千景と朱燈が宿にしている家からロジックタワーまではそれなりに距離がある。陸と空、その二つを警戒しながら、見つからずに道路を進んでいくのはかなり難しい。


 「一回戦闘を挟めば、すぐに周りのフォールンが寄ってくる。そうなればもう後は数の暴力で押し潰されるだけだ」


 「なら今すぐに飛び出すってのは?まだ日の出でもないんでしょ?」

 「それもあるけど。夜行性のフォールンはまだ起きてるだろうから、どっちにしろかな」


 昨日は会わなかったが、今日も会わないとは限らない。むしろ、昨日は日中にも関わらずゴアーを除けばほとんどフォールンとは出会さなかった。不思議なこともあるものだ。


 「でも時間ないでしょ。あたしも戦うからさ」

 「熱あるだろ、お前」


 「だいじょーぶ。薬飲んで寝て発汗してだいぶ良くなったから!」


 元気そうに胸を叩く朱燈の額に手を触れると、確かに彼女の言う通り、熱は下がっていた。しかしそれは一時的なものだ。赤い錠剤の呪いは薬局の薬程度でどうにかなるものではない。免疫機能の低下は想像以上に人を蝕む。


 けれど背に腹はかえられない。無い物ねだりはできない。


 ため息を吐き、千景は逡巡する。朱燈の言う通り、時間はない。それは体の意味でも、環境の意味でも言えることだ。


 体は言うに及ばず、環境の変化は待ってくれない。日が昇るに連れてフォールンはいっそう増え、市内を歩き回ることはできなくなる。やはり行動するなら早朝のこのタイミングがベストだ。


 「わかった。すぐに出よう。ただし、朝飯を食ってからだ。ヘロヘロなままじゃ戦えない」

 「それもそうだ」


 うんうん、と頷く朱燈は缶詰に手を伸ばした。


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