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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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開眼・海岸・怪岩

 ——目が覚めると空は白みがかり、払暁を迎えようとしていた。


 ゆっくりと上体を起こし千景は自分が今いる場所を確認する。まず正面に、そして左右それぞれに視線を向け、なるほどな、と彼は一人納得してしたり顔を浮かべた。


 隣には朱燈がいる。何があったか、片手両足どちらも痛々しいほどにボロボロで、傷だらけだ。両足はところどころに切り傷やアザが目立ち、彼女の履いている軍用ブーツはところどころが擦り切れていた。唯一残った左手も同じように見える場所はほぼほぼ皮が剥がれるか、切り傷が目立つかのどちらかという有様だ。


 千景の隣で彼女は死んだように眠っている。小さな寝息を立て、彼が愛用しているライフルを小脇に抱えてすやすやと。


 その姿はやはり見るにたえない。自分が気絶した後、どれだけの苦闘を経てこうなったのか、想像もつかないまま千景はおもむろに彼女が抱えるライフルへ手を伸ばした。


 寝ずの番でもするつもりだったのかもしれないが、そんなことは忘れてそれはそれは心地よさそうに寝息を立てている彼女の手からライフルを取り上げ、千景はそれがきちんと動作するかを確認し始めた。動作確認は十数秒と経たずに終わり、壊れていないことを確認したc以下げは一息つきながら、どうしたもんだろうかと目に見えて明るくなっていく空を見つめた。


 今、千景と朱燈は斜面に面した道路の上にいる。ガードレールに寄り添う形で隣同士、朝の冷えた空気にさらされたおかげで手足の感覚はあまりなく、隣で眠る朱燈の左手を握ると熱をほとんど感じなかった。きっとずっとライフルを握っていたからだろう。


 正面にはコンクリート舗装がされた斜面がある。頂上部分が崩れており、瓦礫が斜面のふもとに散乱していた。右を見ても左を見ても割れたアスファルトの道路がどこまでも続いていて、どっちに進めばいいのかもわからない。道路標識もないからだ。


 二人が寄りかかっているガードレールも長年錆びたまま放置されていたからか、少し重心を傾けただけで怪しい音がした。その度に千景は背中を浮かし、朱燈を抱き抱えて背中を丸めて前のめりになった。


 おもむろに千景は視線を左手首に落とす。マルチウォッチは正常に機能しており、相変わらず周囲のF.Dレベルは高いし、気温は低い。そしてコンパスは寸分の狂いなく北を向いていた。ブンブン振ってみてもかならず一方向に針が向いているからおそらく狂いはない。


 「右方向ね」


 それだけがわかればいい。だが、それにしては、と千景は背後の景色に目を向けた。


 視線の先には樹林がある。樹高20メートルを超える大樹がひしめき合い、時にありえないくらい幹が捻れた巨樹がまばらに生えている深い深い森だ。どうやってか朱燈はあの森を超えてこの斜面沿いにある公道に辿り着いた。本当にどうやってかは知らないが。


 問題は森の向こう側にある景色だ。目の前の森は決して山間部ではない。山の裾野に広がっていた。必然、森を抜ければ平地が広がっていた。


 平野と言っても規模は知れているし、正確には平地であって平野ではない。見えたのは古い文明の香りが漂う廃墟都市(ネクロポリス)だ。ただし、東京サンクチュアリ周辺のものと違い、苔に覆われていて荒涼感は感じない。


 それなりの高地にいるから見えた光景だ。もちろん、建物一棟一棟の高さだったりはわからないが、少なくとも目の前に見える白が目立つ平地に建っているものがビル群であることはわかる。何より、その向こうにチラリと見えた「青」に千景は息を呑んだ。


 どうなってるんだ、と千景は頭をかいた。


 脳裏に地図を描き起こし、彼は目の前に見える都市がなんなのかを考え出した。千景がいる位置からでもかなりの規模の都市だということがわかる。山の裾野にあってなおかつ近くに「青」が見える都市、古い都市。


 「富士市、か」


 昔何かの観光用パンフレットで見た記憶がある。富士の裾野に広がる中規模の都市で、フォールン大戦勃発以前は旧静岡県での経済的中心都市だったと紹介されていた。


 富士市は海岸に面しており、西と東双方とも道路がつながっている流通の要地だ。都市の規模も大きく首都や大阪には及ぶべくもないが、一般的な地方都市として見れば上位に食い込んでくるだけの能力がある。


 だがそんなものは今は重要ではない。重要なのはどうして今、千景と朱燈がそんな場所にいるかということだ。


 記憶が確かなら、千景を含めた第一小隊の面々は富士山麓、より正確には富士山の東側で戦闘を繰り広げた。そこから仮に川の流れに沿って下流へ流されたとしても富士市が見えるほど南に流されたわけがない。


 「いや、仮に下流に流されたにしても昨日まではずっと森ばっかだったから、進行方向は間違いなく東だった」


 それがズレている。


 何が原因かは明白だ。昨日のオーガレイスによる強襲、それが進行方向をおかしくしたのだろう、きっと。無我夢中で逃げたおかげで、奇しくも山を降り、あまつさえおかしな方向へ来てしまった。


 まずいな、と時計の日時を表示しながら、千景は唸った。影槍の保持者(ホルダー)であってもサンクチュアリ外での行動時間は限られる。保って13日といったところだろうか。すでに4日が経過し、残る時間は9日しかない。回収時間や移動時間を考慮すればあと4日から5日で感知領域にたどり着いていなければいけない計算だ。


 正確には計算だったというべきだろう。


 千景と朱燈が今いる場所は富士市近郊、位置で言えば伊豆半島の西側にあたる。どういう経路を辿ったかはさておいて、順調にサンクチュアリに近付いていた道程が一気に引き離されたことになる。有り体に言えば、これまでのペースで歩いていればもうサンクチュアリはおろか、感知領域にすら辿り着けなくなってしまったわけだ。


 厄介だな、と千景は唸った。


 詳しい事情は朱燈が目を覚ましてから聞くとして、状況は非常にまずい。それこそ今にでも朱燈を引っ叩いて起こすべきなのだろうが、すやすや寝ている彼女の苦労を考えると、それをする気に千景はなれなかった。


 ——ここからどうするかな。


 おもむろに千景は右手の方向へ伸びる道路を一瞥する。東側へ行くならこの道を通る他ない。そしてそのまま感知領域を目指すしかない。時短、時間短縮をするにはそれしかない。仮に公道を使えば今いる場所から感知領域までは1日から2日程度でたどり着く。そういう計算だ。


 一瞬目を閉じ、すぐに千景は両目を開く。決心し、朱燈を抱え起こした。うっと小さく彼女はうめくが、起きる様子はない。


 朱燈を背負ったまま千景は歩き始めた。東へ向かってゆっくりと彼は歩き出した。



 ——その道中、千景の意識の外で、ソレは動いていた。ゴトゴトと体を動かし、木々に紛れ、その瞳は路面を歩く千景を見つめていた。


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