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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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告白

 真摯な瞳で朱燈は嘘も打算もない、純粋な興味からの朱燈の問いに千景は短く答えた。


 「——入院費」


 その返答に朱燈は目を丸くする。彼女が予想していたような根暗な理由だったり、陰惨な理由だったりではなく、至極真っ当な、もっと言ってしまえば、あまりにも退屈な答えだったからだ。


 だから言われた瞬間は、千景の返答に朱燈はピンとはこなかった。はぁそういう理由で、みたいな納得だったり感嘆もなく、ただただつまらなさから、思わずため息こぼれた。


 「随分な反応だな、おい。俺が誰かのために入院費を稼ぐのがそんなに珍しいか?」

 「いや、なんていうか。その。うん。めっちゃつまらないなーって」

 「ぁあ?」


 怪訝そうにあるいは不満そうに千景は片目を細めた。変な地雷を踏んだか、と朱燈は身構えるが、千景は顔をしかめるだけで、何かを言ってくるようなことはなかった。


 でもしょうがないじゃないか、と朱燈は負けず劣らず顔をしかめる。両目を吊り上げ、半ば威圧するような形相になった彼女はしかし、頭の中では「やっべ、やらかした」と慌てながら必死になって千景の気分を元に戻すための施策を色々と考えていた。


 ヴィーザルに入社する人間がお金目的というのは珍しくはない。千景のように誰かのための入院費を稼ぐためだったり、家族を養うためだったり、単純に生活が苦しくなったからだったりと色々とバリエーションは豊かだが、金銭目的であることに変わりはない。よくある傭兵の就職理由で、それで盛り上がれるほど朱燈達も話題不足ではない。


 あるいはクリスティナのように大義のためにヴィーザルに入社した人間もいるが、そういう人間は非常に少ない。その志がある成年なら地元のサンクチュアリ防衛軍に入るからだ。


 じゃぁ朱燈はどうなのか、と聞かれれば彼女は事情が特殊だ。彼女がヴィーザルに入社した理由はひとえに、両親と会社間の相互利益によるものだからだ。とどのつまり、人身売買のようなものである。


 同じような境遇の人間はヴィーザルの、特に特務分室の人間に多い。クーミンもそれに該当する。親が子供をヴィーザルに売ることで対価を得るという近現代になってもみられる典型的な手法だ。しかも、そういう場合に限って子供が稼いだ金の一部、というか大部分を回収するような契約になっていることが多い。だから、朱燈からすれば家族のために必死になってお金を稼ぐというのが、どうにも理解できない部分があった。


 「それってさー、なんか楽しいわけ?」


 なんだったかの本で仕事には「やりがい」というものがある、と彼女は読んだことがあった。無論、本と言っても電子書籍だが。


 「やりがい」は楽しさを与えると言う。楽しさを感じる仕事に人は就き、そして必要以上の力を発揮する。あるいはその仕事をする理由が原動力となって大きな力を発揮する。旧時代、フォールン大戦以前の輝かしい黄金時代の社会はその「やりがい」を搾取して成り立っていた、とその本には書いてあった。


 「千景にとってそれってやりがいなわけ?誰かのためにおお金を稼ぐーってのが」


 「——やりがい、じゃないな。使命ってやつだよ」


 「しめー?何それ、指名投票みたいなやつ?」


 「違う。全然違うから」


 多少はしかめ面を軟化させ、千景はため息を吐く。その表情を見て、朱燈は心の中でガッツポーズをした。必殺バカ丸出し作戦成功、と。そしてあわよくば諸々の失言もなぁなぁで済ませたいな、などと彼女は画策し、千景の次の言葉に耳を傾けた。


 「妹が苦しんでたら助けてやりたいって思うのが兄だろ」

 「ほーん。つーか、千景って妹いたんだ知らんかった」


 「言ってないし、言うつもりもなかったからな」

 「それでそれで?その妹ちゃんを助けたいから傭兵になったわけ?入院費っておいくら万円?」


 しめしめと思いながら朱燈は話を千景に振る。ちなみにこの世界に円という通貨単位はもう存在しない。通貨単位は全世界共通でDC、Detarised Creditである。これはプログラムデータ化された電子通貨だ。


 「んー。大体12億飛んで8790万DCかな」

 「はぁ?なにそれ、アホなの」


 「いや、マジマジ。冗談ならもっとバカみたいな数字言うだろ」


 千景は冗談めかした言葉を投げるが、それでも朱燈は困惑を隠せなかった。一般人の平均年収が60から80万DCであるこの時代、固定給に加えてフォールンの討伐報酬も得て年によっては200万DCを稼げる人間がいる時代では13億近い大金はなかなかに稼げない。


 そんな時、最先端医療という言葉ふと朱燈の脳裏をよぎった。影槍をはじめとしたF因子由来の技術は高価になりやすい。古い病はあらかた治療可能になった時代だが、F因子由来の病原体は毎年何かしら発見されている。千景の妹がそういった病原体に侵されていると言われてもなんらおかしくはない。そのための最先端医療と考えれば、額に納得はいった。


 「最先端医療ってそんなにかかんだねー」

 「あー。うーん。そうだな」


 「歯切れわる。なーんか、隠してる?」

 「別に。ただ、あんまり人様、妹様のことを他人に話すのが好きじゃないってだーけ」


 「ふーん。意外ね。そんな他人のことを慮るなんて、あんたが」

 「普通だろ。俺はそんな冷血人間じゃないぞ」


 「手負いのあたしのために命かけるくらいだしねー」

 「そーそー。で、そんな手負いの朱燈さんに悪い知らせだ」


 すっかり態度を軟化させたと思った矢先、千景は真面目顔に戻り、ジャケットの内ポケットから携帯食料を取り出した。三日分の食料を六日分で割り、現在の残量は半分になった。小屋を出る前に一食、二日の行軍で二食の計三食、三日分が消費された計算になる。今日の分を食べたのは大体五時間前だ。


 時刻は夕刻、雨雲が分厚いせいで時刻の移り変わりはわからないが、朱燈が手首に巻いているマルチウォッチに目を向ければもう午後5時になっていた。その時刻になってどうして食料の話をするのか、不気味に思いながら朱燈は次の千景の言葉を待った。


 「この二日で俺達は大体20キロくらい歩いた。感知領域まではあと、そうだな。30キロから40キロくらいだ。途中、フォールンに出くわさなければな」


 「ふむ、それで?いいペースじゃない」


 「ああ。ただルナユスルのナワバリだから、他の肉食系のフォールンは俺達に手を出さなかったかもって考えられる。そうなると、ルナユスルのナワバリから出た時が怖い。待ってましたとばかりに襲われるかもしれないからな」


 「あーそーかーも?」


 「そこでちょっと食料調達しようと思う。幸い、肉食でないフォールンならちらほら見えたしな」


 ——はい?


 千景の放った言葉に朱燈は真顔になり、脳内でその言葉を何度も繰り返し、復唱させた。「幸い、肉食でないフォールンならちらほら見えたしな」と千景は言った。なんでそんなことを彼は言ったんだろう。


 「20分で戻る。朱燈は洞窟の奥の方でジャケットを深く被っとけよ?フォールンがこの洞穴に入ってきたらどうなってもお陀仏だけど、奥なら暗くて見えないし、ワンチャン、岩か何かって勘違いするかもしれない」


 「お気遣いどーも。ってちょっと待って。え、ほんとに?ほんとに今あたしが考えてるようなことあんたするわけ?」


 取り乱す朱燈を千景は珍しそうに、あるいは不思議そうに見つめる。珍獣を見るような眼差しに朱燈のイライラゲージが急上昇していく中、それを意に返さず千景は身を翻すと、斜面を滑って森の中へ消えていった。


 そして約30分後、戻ってこない千景に朱燈がソワソワし始めた頃になって千景は戻ってきた。その手にはまだ成体になっていない猪型のフォールン、ゴアが握られていた。


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