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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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Out coast Story

 雨が降っている。雨は悄々と降っている。


 雨が降り始めてすでに三日が経ち、サンクチュアリ全体には戒厳令が敷かれ、窓から路傍を見ても傘を差して歩く人の影はない。試しに手首のマルチウォッチでF.Dレベルを計測してみたら、2.8と出た。防護服なしでは生活できないレベルの汚染だ。


 サンクチュアリを覆う防護シールドは電磁バリア発生装置の流れを組む。核ミサイルや砲弾を防ぐことはできても、微粒子を防げるものではない。必然、雨や空気の流れを断つことはできない。一応、雨や空気が防護シールドを通り抜ける際に除染は行われるが、連日のように雨が降れば自然と都市のF.Dレベルは上がる。


 雨足は日毎強まっていき、一部の地下居住区では水没アラートまで出ている。サンクチュアリの排水が間に合わず、浸水してしまっているのだ。その水で溢れた配管を伝ってブラッドをはじめとした下位種のフォールンが入ってくることもあるため、ヴィーザルにも緊急の出動要請が届いている。本来であればサンクチュアリ防衛軍の都市公衆衛生課の仕事だが、それも人手が足りなくなればヴィーザルを頼らざるを得ない。


 そうやって、お金って回るんでしょうね、と自嘲気味に考えながら、クリスティナは窓から離れて自席に座った。対面に座る人間も、横に座る人間もいない閑散とした、一室に座るのは彼女一人で、彼女以外に出社している人間はいなかった。


 「——もう二日が経つんですね」


 なんとなしに高い天井を仰ぎ見ながら、クリスティナはぽつりとひとりごちる。無気力なままにだらりと両手をぶらぶらさせながら、彼女は二日前に起こった出来事を思い起こし、その都度苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 二日前、クリスティナの部隊は彼女ともう一人を残して壊滅した。突如として現れた黒いネメアによって蹂躙され、クリスティナの目の前で二人の隊員が死に、彼女が気絶している最中、部隊の隊長と副隊長は崖下を流れていた河川に落ちていったと生き残ったもう一人が教えてくれた。


 黒いネメアと対峙したクリスティナは武器がよい緩衝材になってくれたおかげで傷は致命傷にはならなかった。柵を飛び越え河川に落ちていたかも、と同じく生き残ったもう一人は言っていたが、偶然崖から飛び出ていた木の枝に引っかかったおかげで落ちることはなかった。


 それでもまだ動こうとすれば臓腑はひりひり痛むし、体調も万全とは言えない。衝撃は二日も経ったのにまだ体全体に残っていて、黒いネメアのことを思い返すだけで恐怖と復讐心がぶり返してくる。


 「——つ。クソが」


 サンクチュアリに帰還したクリスティナはすぐに事情を説明して、行方不明になった隊長と副隊長の捜索を要請した。しかし彼女の上司である草鹿 春久(くさじし はるひさ)は決して首肯することはなかった。


 なぜ、と詰め寄ったクリスティナに草鹿は冷たく、捜索隊に危険が及ぶから、と答えた。正体不明の黒いネメア、豪雨、未踏破領域、という三つの要因から大規模な捜索隊は出せない、と頑として草鹿は首を縦に振らなかったのだ。


 「——それが部下への対応ですか!」

 「部下はあいつらだけじゃないからな。一人、二人の損失のためにその他大勢を巻き込むわけにはいかない。それが指揮官としての力だと思うが?」


 迫るクリスティナに草鹿は冷徹に返す。付け加えるなら、残された遺体の回収も許可できない、と彼は言った。無論、理由は危ないからだ。


 草鹿の言い分が組織人としては正しいことをクリスティナは頭では理解したが、納得はできなかった。押し問答になった挙句、彼女はつい先ほどしばらくの出動停止処分を受けてしまった。ヴィーザルの実働部隊の人間が受ける処分の中では軽い方だが、今のクリスティナには十分重い罰だ。


 調査任務から帰ってきた隊員には社内規則によって、その成否に問わず一定の休養期間が与えられる。捜索隊が出ないなら、いっそその期間に一人で探しにいってしまえ、という彼女の無謀な計画は、草鹿によって先手を打たれて阻まれた。


 出動停止処分が下された隊員は出社する義務は生じるが、武器類の持ち出しが禁止される。当然、武器類が安置されている場所への出入りも禁止されている。その出入り禁止エリアにはヘリポートも含まれており、最悪はヘリだけでもパクって探しに行こうとしていたクリスティナは最後の命脈すら絶たれ、寂しく誰もいない外径行動課の仕事部屋で不貞腐れていた。


 苛立ちからクリスティナは貧乏ゆすりを続けた。それで苛立ちが晴れるわけでもなかったが、せずにはいれなかった。


 ——だって、仲間が死ぬのは悲しいから。


 「慣れませんね、この感覚は」


 うつ伏せになり、首を90度曲げて頬をスライムさながらに机に押し付けるクリスティナはぽつりと独りごちる。誰もいない部屋で、誰にも聞こえない声で。


 なぜ死んでしまうんだろう。


 仲良くなったら、いつの間にか死んでいる。いい上司は振り向いたら死んでる。いい同僚は肩を叩いたら首がない。いつもこうだ、とこれまで死んでいった仲間達を思い返していると、自然に彼女は目頭に熱を帯びた。


 幸い、部屋の中には誰もいない。泣くか、と目頭を抑えようとした手を下ろした。自然と涙が頬を伝い、口端に溜まり、塩気を感じた。


 「湿気が強い季節ですね」


 「——そう?東京暮らしが長いから、私はわかんないなー」


 「え?」


 ぎょっとしたクリスティナは目を見張る。突然の横槍に涙も引っ込み、ただあっけに取られた彼女は瞠目したまま声が聞こえた方に振り返った。


 「やぉー。おげんきー?」


 クリスティナの目の前に何の前触れもなく現れた青髪の少女は、あっけらかんとした表情でそんな挨拶をした。片手を肩くらいまであげて可愛らしく笑顔で部屋に入ってきた少女は泣いているクリスティナを見るやいなや、微笑を浮かべた。


 「ああ、お元気じゃないっぽいね」

 「当然です。仲間が死んだんですから」


 「知ってるー。死んだのは冬馬君と嘉鈴ちゃんだっけ?おくやみ」

 「悔やんでも悔やみきれませんよ。というか、千景と朱燈が死んだとは思わないんですね。二人も行方不明なのですが」


 言外にクリスティナは未踏破領域で、と付け加える。捜索する、と意気込んでいながら、彼女は心のどこかでこう考えていた。もう生きているわけがない、と。


 対して青髪の少女は苦笑し、その直後にはにかんだ。なんでそんな表情を見せるのかわからないクリスティナを他所に彼女はズケズケと部屋に入ってきて、空いている席の一つにまたがり、背もたれに顎を引っ掛けた。


 「あははは。ちょーっときもちー」


 訝しむクリスティナ。しかし少女はマイペースにグルグルと椅子を回して、部屋を右から左へ走り回る。恐ろしいほどのマイペース、そして緊張感のなさは芸術的とすら言えた。ひとしきり、椅子を走らせて飽きたのか少女は部屋の中央でそれを止め、ため息混じりに唇を開いた。


 「千景君がついてるなら、朱燈ちゃんも生きてるでしょ。なんなら二人揃ってこっちに向かってる最中じゃないかな?」


 「なんで、そんなことが言えるんですか?」


 率直なクリスティナの疑問に少女はにまにまと笑いながら答える。


 「そりゃぁ、千景君がこういうの慣れてるからだよ。サバイバルっていうか、無補給環境下での戦いにー、だね。それこそ、銃器なしでも彼なら未踏破領域から既知領域に来れるんじゃないかな」


 「それは、バカにしてるんですか?」


 「嘘じゃないよー。実際、ってあーいや。ごめん。今のなし」


 「はい?」


 「忘れて。聞いたことぜーんぶ」


 とつぜん話を中断され、クリスティナは困惑する。お預けを食らった犬のように口をぱっくり開けたままの彼女を尻目に少女はそそくさと退散してしまった。追いかける間もない逃げ足の速さだった。慌ててクリスティナが廊下に走った時にはもう少女の後ろ姿はどこにも見えなかった。


 「——なんなんですか、それ」


 謎だけを残して去っていた少女への義憤がポロリとクリスティナの口からこぼれた。


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