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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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Like Drowned

 かくて、世界は燃えました。我らの罪は災禍となって青と緑に溢れた星を紅蓮の星へ変えてしまったのです。


 熱い、熱い、熱い。喉が乾くほどに、焼けるように、焦げるように、破裂するように、崩れるように。だから助けの声は届きません。助けの声が出せません。助けの声が聞こえません。助けの声が考えられません。


 救いは来ません、永遠に。



 曇天の空、雷光輝く暗雲の空を見た。


 雨はざわめきながら、諾々と降り注ぎ喉や目を伝う。口の中に雨が伝えば泥のような味がした。濁り、汚染された死の雨を、黒く変色した雨を一身に受けて、少年はゆっくりとその上体を起こし、大地に、周囲に目を向けた。


 「なんだ、ここ?」


 見えるものはいくつかある。風によって靡く木々が林立する森林、荒れ狂う小川、切り立ったと崖と古びた小さな小屋、そして自分が抱き抱えている白髪赤眼の少女。土砂降りの大雨の中、がっちりと抱き抱えられた彼女は譫言のように何かをつぶやき、その都度、苦しそうに唸り声を上げた。


 氾濫した川の岸辺から突き出した岩礁に引っかかったおかげでより下流へ流されることはなく、彼も彼女もとりあえずは安定している。ただし、水に浸かっていたせいか、両手はかじかみ、下半身の感覚はほぼ消えかけていた。


 それでも体温が保たれていたのは防寒ジャケットを着ているからだ。ぐっしょりと濡れたそれはきちんとその機能を果たし、かろうじて命脈を保っていた。しかしずっと水に浸かり続ければその糸も切れる。


 これはまずいな、と少年は白髪赤眼の少女を抱えたまま、体を岸辺へとあげる。匍匐前進にも近いゆったりとした動きだったが、どうにかして岸辺にその身を打ち上げて少年は抱き抱えていた少女を岸の内側に向け、そのまま岩の上に彼女を降ろした。


 クソ、と悪態づいて立ち上がる少年は苦々しげな目で少女を見つめる。彼女は前腕から先がない。鋭利な刃物で寸断されたそれは切り口の鮮やかさが幸いして出血はそこまでではない。しかし長時間水に浸かっていたせいで傷口は塞がらず、血も止まらない。


 貧血からか、はたまた低体温症からか、肌は白くなる一方で、このまま放っておけば遠からず少女は息絶える。彼女がまだ生きているのは奇跡に近かった。


 「クソッタレが」


 悪態づきながら、凍える体を奮い立たせて少年は立ち上がろうとする。かじかむ両足には力が入らない。太ももを叩いて無理やり感覚を取り戻して彼は起き上がり、うなされる少女を抱え起こした。


 雨に打たれたながら彼はゆっくりとその歩を切りたった崖に面している小屋へと進めた。みすぼらしい小屋の近くには簡易的な、しかし中腹で崩落した階段があり、大戦以前は何かの資材置き場として使われていたのかもしれない。そんな推測を立て少年はそっとドアノブに手をかけた。


 しかしドアノブを捻ってもガチャンという音がするだけで開かなかった。鍵がかかっていることは明白で、少年は舌打ちをこぼしながらそっと懐のホルスターから拳銃を取り出した。取り出した拳銃をドアノブへ向け、ためらい混じりに引き金を引いた。


 雨音の音が響く中、銃声がかすかに響く。


 銃弾を受けて潰れたドアノブを蹴り飛ばし、強引に小屋の中に入った少年は抱えていた少女を降ろし、着ていた防寒ジャケットを脱がはじめた。切断された右腕には腰のポーチから取り出した包帯を巻いていく。完全防水だったおかげで腰のポーチの中身は無事だ。


 そうして彼女の手当をする傍ら、少年は自分達が今隠れている小屋の中に目を向けた。


 埃が溜まった小屋の中はいくつかの湿った段ボール箱が重ねて置いてあり、長い年月を過ぎたからか、段ボールから水がこぼれていた。当然ながらまともに乾いている布類はない。


 このままでは少女は凍死する。


 そう考えた時、自然と少年は彼女の着ているシャツのボタンに手をかけた。手早くシャツを脱がし、次いでその下に身につけていた下着のフックも取った。下着が取れ、少女の桃色の乳房が露わになる。それを見て少年は赤面しながら自身もまた衣類を脱ぎ、少女の肢体を抱き寄せた。互いに上半身に何もまとわず、二人は体を重ねあう。


 互いの心臓の鼓動が聞こえるほど近く、息遣いはより近く耳元に囁いてくる。かすかな息遣いすら鼓膜を振るわせる大きな音に感じられるほどの静寂、雨音が音のカーテンとなって外の喧騒はもう聞こえない。


 時間が経つに連れて体温が高まっていくのを感じながら、少年は自然と少女の二の腕に手を回した。細く、しかし筋肉がきちんと存在するしっかりとした上腕は体温を取り戻したおかげわずかに紅葉に、色合いがよくなっていっていた。自然と彼女の顔色もよくなっていき、ほのかに汗も描き始めてきた。


 汗をかくのはいい傾向だ。体温が発汗を促すまで上昇している証拠だ。何か、拭えるものはないかと腰のポーチをまさぐるが、包帯ぐらいしか布らしい布はない。包帯をビロビロと出し、それを彼女の汗をかいているくびれや、背中に這わせていく。一瞬で包帯はぐっしょりと濡れてしまうから、その都度濡れた包帯を捨てて、新しい包帯で汗をぬぐった。


 汗が流れ、ぐっしょりと濡れた少女は普段は見せない独特な色気を帯びているように思えた。火も何もない場所なのに湿気のせいで妙に暑苦しく感じ、意識が朦朧とする。汗は揮発し蒸れた空気が鼻腔に届き、ふぅという吐息の一つでさえ艶かしく聞こえるようになった。


 少年は思わず、生唾を飲み、抱き抱えている少女の汗が滴るうなじを凝視した。透けた汗はそのまま背骨を伝い、彼女の履いているショートパンツのウェストバンドに吸い込まれていった。


 ほのかに上気した赤い肌を包帯でなでながら、少年は深い息をつく。それでも動悸は止まらず、彼自身も汗を滝のように流し、涙のように汗が両目からこぼれおちた。


 鼻腔を伝う汗の匂いは塩っけがあり、まるで冷凍保存された豚肉を解凍していくようにさえ感じられる。生肉でありながらうっすらと漂ってくるジューシィな香りはただの性欲だけではなく食欲すらかきたててきて、少年はおもむろに閉じていた口をかっぱりと開いた。


 「ん、硬い」


 かすかなうめき声が彼女の口から漏れた。


 いっそ彼女のうなじにかぶりつこうかというその時、彼は自分のしようとしていることに気がつき、思わず自分の首を自分で締めた。歯と歯の間に舌が挿入され、かろうじて口は開いたままを保たれ、その邪念が少女にとどくことはなかった。


 たまらず自己嫌悪を覚えながらも少年は平静を装う。ゆっくりと体を動かす彼女は吐息をこぼしながら、その体を起こしていく。


 うろんげな表情で少女は少年から背中を離し、重い瞼を開けて自分の置かれている状況を顧みた。


 「——ああ、あああああああああああ!!!!!!!!!」


 絶叫が小屋の中にこだまする。何に怯え、何に悲鳴をあげたのか。それを理解してなお、少年はなにも言わなかった。言うつもりもなかった。


 「せんらー」


 弱々しい声で少女は振り返る。大粒の涙で瞳を潤ませながら振り返る彼女は震えながら切断された右手を持ち上げた。


 「朱燈。その、なんだ。まずは落ち着け。な」


 「だって見てよ、これ!腕!」


 「ああ、そっち」


 「そっちってどっちなわけ!?って!!」


 瞬間、朱燈は何かを思い出したかのように前に向き直る。そして、誰にだってわかるくらいに耳を紅葉させ、直後強烈な肘鉄を千景の脇腹にお見舞いした。


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