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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
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フロントライン・ガンナーズⅡ

 「——遅い。照準するな。点で捉えるな線で捉えるんだ」


 ヴィーザルタワーの地下、サンクチュアリを支える耐震用ピラー群の中には広大な地下空間が存在する。高さ30メートル、横幅不明、縦幅不明の大規模空間はその敷地すべてがヴィーザルの所有物である。


 その一角にヴィーザルの訓練所はある。こじんまりとした三階建のモノコック構造の建物の裏側には様々な訓練施設があり、その中には長距離狙撃用の専用訓練場もあった。


 狙撃場には遠大な2,000メートル超のレーンが設けられ、射手は25メートルほどの横長の台に銃を固定して目標を狙う。射手と的の間隔は最大で1,800メートルまで広げることができるようになっていて、その操作はヴィーザル職員であれば誰でもオーバル端末を用いて行うことができるようになっている。


 台は横長25メートルを五つに区切っており、一人につき5メートルの幅が確保されてその範囲内で的を動かすことができる。表示される的はすべて立体映像で、普通の射的の的からフォールンの姿まで、自在に映像を変えることができる仕組みになっている。


 訓練場ということもあり、使う人間は少なくはない。狙撃スペース一つを一時間借りるだけでも数日待つこともザラにある。


 そのスペースの一つ、5番と立体映像の看板がぶら下がっているスペースで身をかがめる少女は叱責に対して唸り声をあげた。不満を露わにする彼女の頭部を隣に立って叱責した男は手に持っていたプラスチック製のハンマーで叩いた。


 「いたい」

 「痛いわけないだろ、ただのピコピコハンマーだぞ」


 手のひらに千景がハンマーを振り下ろすと、プーとかピーとかいう音がこぼれた。周りの人間がノイズキャンセラーを付けていなければ集中を乱す要因になる。当然ながらクーミンもまたノイズキャンセラーを付けているため、放屁にも似た音は聞こえない。しかしイヤーキャップ越しの千景の叱責は彼女の耳にちゃんと届いていた。


 弾倉を取り換え、再びクーミンは実銃を構える。彼女が弾倉の取り換えをする間に千景は手早く手元の端末を操作し、目標を再設定した。


 現れたのは六体のオーガフェイス。出現場所はいずれも1500メートル圏外とかなり遠い。


 「目標が1,000メートル圏内に入ったら狙撃開始」

 「はーい」


 クーミンが頷き、千景は端末のゴーサインを押した。直後、それまで静止していたオーガフェイスの立体映像がクーミン目掛けて走り出した。


 さすがに立体映像であるため本物と異なり重量感もなければ緊迫感もないが間近まで迫ればアウトということは誰にでもわかる。迫る速度も本物と大差なく、また横一列になって迫るのではなく、バラバラに時に蛇行し、時に周りをいぬきながら迫ってくるのだ。500メートルの距離を瞬く間に踏破し、1,000メートル圏内に入った。


 刹那、クーミンは引き金を引く。狙いは最も突出していたオーガフェイス。脚部を狙った一撃は命中し、先頭のオーガフェイスはもんどり打って地面に激突した。


 先頭の個体が倒れたことでオーガフェイスの列が乱れた。ある個体は足を止め、ある個体は倒れたオーガフェイスに視線を向ける。間髪入れずにクーミンは側面を向いて弱点を浮き彫りにした個体へ銃弾を喰らわせた。


 続けて排出される薬莢。それを回収してゴミ箱へ放り込みながら千景は端末のタイマーに目線を向けた。オーガフェイスが1,000メートルの距離を切ってから6秒。タイムとしては悪くはない。


 薬莢を回収している間にもさらに2体のオーガフェイスをクーミンは行動不能にした。狙撃目標を点として捉えるのではなく、線として捉える。突き詰めれば相手と自分の相対距離しか変化しないなら、それを念頭に置くだけで勝手に弾丸は当たる。


 弾道を覚え、銃口と視線の延長線上に相手がいると考えるのだ。最も、実際は風やら銃身のブレやらでそうそううまくいかないのだが、訓練ならば別だ。現在の設定風量が変わることはないし、銃は台にバイポットで固定されている。そこにクーミンの精密狙撃の技量が合わされば外す方が難しい。


 「よし。まぁ合格の範囲かな」


 タイマーは12秒で止まっていた。これはオーガフェイス6体をすべて戦闘不能にするのにかかった時間で、その生命活動は未だ停止していない。


 フォールンを害獣、倒すべき巨悪と考える風潮があるサンクチュアリ防衛軍であればこんな仕事は認められない。なんとしてでもぶっ殺せ、と言ってくる。


 だが腐っても千景やクーミンは傭兵だ。無駄弾を撃てる防衛軍と異なり、給料や依頼料から銃弾は天引きされる。会社からの命令でなければ使う弾丸や装備類はすべて自前だ。


 ゆえにもっぱらヴィーザルの狙撃兵の仕事はフォールンの足止めだ。足を撃ち抜き、手を弾き飛ばし、接近するフォールンを行動不能に、戦闘不能にする。そのための精密狙撃の技量と速度が彼らには求められる。


 よしよしとクーミンの灰色の癖っ毛を千景はなでる。嫌がってペシペシとその手を叩くクーミンはしかしまんざらでもないのか、抵抗は弱かった。


 自動装填機能を持つクーミンの銃であれば少しの射角調整でオーガフェイスくらいの足は撃ち抜ける。大事なのはその速度だ。接近するフォールンの中から状況ごとに優先順位をつけ、狙撃していく。


 撃つ前に決めた順番通り、ではなく撃つごとに目標を再設定する。それを間髪入れずに行うのは存外難しい。


 「じゃ次いってみるか」

 「えー。ちょっときゅうけー」


 「時間ないんだよ。次は連続射撃だぞ。ほらさっさと弾倉取り替える」


 ぶーたれながらもクーミンは弾倉を取り替える。それが必要だと理解しているから。


 弾倉を取り替えたクーミンが再び前方へ視線を向けると先ほどと同じ数のオーガフェイスの立体映像が浮かび上がった。


 「連続射撃始めるぞ。3セット、個体数はランダム。弾倉の取り換えタイミングは自由」


 視線を端末へ戻し、人差し指をゴースイッチへ当てる。


 「じゃぁ、始め」


 そして再びクーミンの銃は火を吹いた。


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