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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
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フロントライン・ガンナーズ

 雨上がり、廃屋の中から身を起こした冬馬は差し込んでくる日の光へと足を伸ばした。軍用ブーツが水溜まりを踏むと、水面が弾け、ぴしゃりと周囲へ飛散する。


 日の光が当たらない物陰から日向へ出ると、空にはここ数日の大雨が嘘のようなまばゆい白熱球が照り輝いていた。手をかざせばそれから漏れ出る温かな光の効果でほんのりと手のひらが熱くなる。


 直視できない日光を肌で感じ微笑をこぼす冬馬はすぐに口元を正し、周辺を警戒した。


 両目に収まりきらない雨上がりの廃墟、湿気のせいで視界が揺れ、霧も濃く出ている。薄く輝く陽光に照らされて、徐々にクリアになっていく景色は沈んでいた。


 「こちら、ハンターガーター。周辺の地形図をくれ」


 イヤーキャップのスイッチを入れ、冬馬は通信を入れる。直後、よく通り、それでいて軽やかな声が返ってきた。戦場には似つかわしくない少女の声だ。


 『了解しました、ハンターガーター。すぐに地形図を転送します』


 彼女の声が聞こえたことに安堵しながら、冬馬は頭上を見上げた。雲の切れ間、蒼穹と白衣の間にポツンと何かが浮かんでいる。


 発光する四機のローターを回しながらホバリングするドローン。壁外通信用の無線送受信機能を備えた多機能型だ。


 淀みのない口調で少女は続ける。


 『現在、天候は曇り、気温は11度、気圧は1008.9hPaです。雨上がりですので、体表のF.Dレベルに十分に警戒してください』


 わかってるよ、と冬馬は少女に返す。天候情報を彼女が口にする最中に届いた地形情報を事前に受け取った廃墟群のものと照らし合わせ、冬馬は彼女に問いをこぼす。


 「地形情報、古くないか?建物が数棟、ぶっ壊れてんだが」

 『確認します』


 しばらくすると、申し訳なさそうな低いトーンで彼女は冬馬の疑問に答えた。曰く、一週間以上前に同地で任務を行ったヴィーザル職員とフォールンの戦闘で高層ビルが数棟倒壊したのだという。


 随分派手な立ち回りをしたもんだ、横倒しになったビルに飛び降り、冬馬は呆れた。よほどの大物を相手にしたのか、それとも派手な銃火器を使う輩だったのか。


 巨大な獣が柱を砕いたような痕跡を見つけた時、それが前者だと気づき冬馬はため息をこぼした。戦隊ヒーロみたいな動きでもしなければビルがぶっ壊れるとか、倒壊するなんて現象は起こらない。そんな振る舞いは兵士らしくはなかった。


 「誰がやったかとかわかる、ケイサちゃん」

 『ええ。もちろんです』


 ケイサと呼ばれた彼女は冬馬の問いに即答し、すぐデータを送った。


 ケイサはオペレーターだ。壁外で活動するヴィーザル職員を補助すること、それが彼女の役割だ。地図を送ってくれ、と言われればキーボード操作少しでそれを実行し、気象情報を教えてくれ、と言われれば口頭で伝達する。


 衛星の多くが撃墜され、リアルタイムでの地形把握が困難となったこの時代、壁外での案内役なしでの活動は自殺行為である。外洋での活動ならいざ知らず、より奥地での活動、あるいは外周の廃墟群ネクロポリスでの活動でさえオペレーターの存在は必要不可欠だ。


 ——特に小隊未満の単位で動くとなれば。


 『室井 千景ちかげ準二等社員です。討伐対象はスカリビ。全長8メートルの成体ですね』


 「千景かよ!身内に足引っ張られるたぁついてねぇな」


 『ですね。すぐにドローンで地形解析を行います』


 そうしてくれ、と言いながら冬馬は頭をかいた。地形情報の誤差は時に思わぬ惨事をもたらす。傭兵家業をやっていれば何度となくそんな経験をしてきた。神経質にすぎるということはない。


 カタカタとキーボードを操作する音が無線越しに聞こえ始めた。ケイサが頭上のドローンを用いて地形情報の更新を行う中、冬馬は銃器を下ろして感慨深げに倒壊したビル群を見下ろした。


 倒れているビルはいずれも旧時代の「モノコピー建築」によって建てられており、外観に差異はない。すでにきしみを上げていた支柱をスカリビの巨体が直撃したからか、ある建物は寄りかかるように倒れ、あるいは正面玄関を残して前のめりに倒れていた。不思議と全壊している建物はなかった。


 やることが派手だな、と冬馬は心の中でつぶやいた。


 傭兵としての戦歴で冬馬と千景に大きな差はない。狙撃以外であれば冬馬自身は千景と同じことができるし、千景にしても冬馬のような前衛での壁役は務まらないだろう。


 二人の実力は拮抗している。それでも冬馬は派手に廃墟群のビルを倒壊させたり、地形を変えるような一手を打つことが自分にはできないと断言できた。


 実力の問題ではなく、覚悟や度胸の問題だというのは冬馬自身も理解している。与えられたテンプレートを逸脱して、それで勝てる自信は冬馬にはなかった。


 「そーいや、千景はクーミンちゃんを育ててるって話だったな」

 『はい。今日も地下の狙撃訓練場で教習を行なっています』


 独り言のつもりだったが、まだ無線がつながっていたのかケイサが答える。抑揚のない事務的な返答だったが。


 「ほーん。なぁ。ケイサちゃんはどうなの。クーミンちゃんがあの狙撃バカに預けられるのって」


 ふと気になっていた疑問がこぼれた。クーミンとケイサに面識がある、というのもあるが、二人はどちらもロシア難民だ。同胞がどんな扱いを受けているかは気になるところだろう。


 もっとも、同胞と言ってもクーミンとケイサでは境遇が異なる。クーミンは幼少期に東京サンクチュアリに来たこともあって、愛国心だとか郷土愛というものがない。対してケイサは辛くも崩壊するサンクチュアリから脱出した望郷組だ。有体に言えば同じグループ内でもフォールンに対しての憎悪という点で温度差がある。


 だからか、ケイサの返答は冷淡なものだった。


 『別になんとも思いませんよ。訓練を積むことはいいことです』


 「えーそれだけ?」

 『それ以上に何があると?それよりも地形情報の更新が終わりましたのでそちらに転送します』


 地雷でも踏んだか、と冬馬は首を傾げる。途端に冷たくなったケイサに違和感を覚えるものの、すぐに切り替えて視線を廃墟群へ向けた。見れば無駄話をしている間に数体のオーガフェイスが眼下を移動していた。


 かなり傷ついた個体達だ。背中や仮面、足に裂傷の痕が見れる。何か、鋭く薄い刃物で切られたような痕だ。


 同じオーガフェイスのものでないことはすぐにわかった。オーガフェイスの傷なら彼らの大顎で噛み砕いた痕跡があるはずだ。骨ごと噛み砕くから五体満足であることもない。


 「気になるなー。ハンターガーター、オーガフェイス3体を視認。これより攻撃体勢に入る」


 『了解。——健闘を』


 通信が切れると同時に冬馬は走り出す。彼の小さな体は雨で濡れた坂道を滑っていく。


 直前まで立っていたのは傾斜した無人のビルだ。自身の盾をスケートボード代わりにして滑走する彼の接近にオーガフェイス達が気づいたのは銃口が側頭部に向けられた時だった。


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