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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
33/97

エアストライクⅡ

 「あいよ!」


 千景の指示を受け、ヘリが移動する。すでに冬馬と苑秋は降下し、操縦室を目指して駆け出している。再び足場が斜めになり、天井の手すりを握って千景達は姿勢を保った。


 離床と同時にヘリは側面を晒す。スライドドアから身を乗り出し、千景は正面を見つめた。


 向かってくるハルピーの群れはもう尾翼に迫る勢いだ。ヘリとの直線距離は100メートル未満、例えどれだけへっぽこな射手だろうと、外さない距離だ。


 「全員、構え!」


 千景の号令と共に各員がそれぞれの銃器を照準する。珍しくレーザーサイトを銃の下部に取り付ける彼らがそのスイッチを入れると、赤く細い光線がハルピーへ向けられた。


 レーザーサイトは照準を補助するための古い機械だ。現在の銃器は一部を除いて内部のマイクロマシンにより、振動を抑制したり、手ぶれを補正したりするシステムが導入されているため、使い方さえわかっていれば狙った場所には大体当たる。


 必然、旧時代のレーザーサイトはよほどのことがなければ使われなくなった。もっぱら使われるのは室内での銃撃戦などだ。


 フォールンに対しても決して有効な機械ではない。赤い点が自身の体に浮かび上がれば、それから逃れようとする。事実、レーザーサイトを向けられたハルピー達は急旋回し、紅点から逃れようとした。


 あるものは回転し、あるものは宙転する。向けられた赤光から逃れるため、懸命に翼を羽ばたかせる。ぐるぐると縦横無尽に。


 「よし、撃て!」


 隊列が乱れたと判断し、千景は号令を下す。直後、ヘリのローター音を凌駕する圧倒的な銃撃音が雲上にこだました。


 口火を切る銃火。引き金を引くと共に無数の銃弾が銃口から放たれた。


 銃が火が吹き、撃ち出された弾丸はハルピーの翼めがけて突き進む。初速780メートルから890メートル。マッハ2.5以上の超高速で放たれる弾雨を避ける術はない。


 弾丸は12.7ミリ弾を拡張した15ミリ弾。造りは弾丸と言うよりかは砲弾に近く、徹甲弾を想起させる内部構造になっている。唯一違うのは弾丸であるため、炸薬が底部についていることで、純粋な運動エネルギーのみで装甲を貫徹する徹甲弾とは異なる。


 対人に用いればその威力は絶大の一言に尽きる。軽機関銃の掃射一回で人間を模した豚肉の肉人形を丸焼きに(ロースト)したというデータもある。オーガフェイスであっても対物ライフルを用いればその硬質な仮面に風穴を空けることができる。


 それが怒涛の勢いで迫るのだ。ハルピーにとって不意打ち以外のなにものでもない。


 瞬く間に弾丸に撃ち抜かれたハルピーの翼は穴だらけになった。翼が穴だらけになり、自重を支えられなくなったハルピーはバタバタと奇声を上げて落ちていく。その光景は空を切り取ったように落ちていく泥濘の塊のように見えた。


 横隊二列から繰り出される無慈悲な銃弾の雨はへルンの周りによってきたハルピーらを瞬く間に撃ち貫いた。極限まで銃身のブレを抑制され狙った的を射抜くことに特化した暴威に包まれ混乱するハルピー達は、しかしへルンの号令が一声轟けば途端に頭部の発光器官をカシャカシャと発光させ始めた。


 ——直後、一体のハルピーが翼を射抜かれ、落ちていった。


 カシャカシャと頭部の発光器官を用いて意思疎通をしようと試みようとしたハルピーだ。片翼を派手に吹き飛ばされ、キリキリ舞をしながら雲海へと落ちていった。


 撃ったのは千景だ。薬莢を排出し、千景は次を狙う。


 「次、クーミンはL4ターゲットを、俺はR12ターゲットを狙う。それが終わったら……」


 どれだけ銃火がハルピーを射抜いても統率が取れればすぐに立て直してしまう。指揮官と一兵卒の繋ぎ役、それを削るだけで効果は十分だ。


 翼を撃ち抜かれたハルピーは必死になって滞空しようともがくが、その自重を片翼で支えることはできない。努力の甲斐もなくひゅるひゅると螺旋を描き、雲下へと消えていった。


 よしんば翼に当たらずとも、ハルピーの場合は体のどこかに当たるだけで致命傷だ。むしろ投影面積を考えれば最も当たりやすいのは頭部だ。どれだけ仮面が硬かろうと何十発も受ければ砕け、絶命する。


 それでも数はやはり絶大だ。ヘリからの銃撃に加え、輸送機に近づくハルピーは朱燈とクリスティナの二人が捌いているが、それでも二人はすでに尾翼から後退し、胴体部まで追い詰められていた。


 「やられっぱなしなわけはないわな」


 ハルピーとてバカではない。特にヘルンがいる群れはそう容易く崩れるものではない。


 正面を飛ぶハルピー達が落とされると、それまでは部下達の陰に隠れていたヘルンが頭部の発光器官を用いて周囲へ指示を出し始めた。その光を千景やクーミンも確認していたが、周囲を守るようにハルピーが取り囲んでいたため、狙い撃つことはできなかった。


 へルンの命令に従って、群がっていたハルピー達は三方へ別れ、茶色い雲から三叉のフォークへと代わり、それぞれが輸送機の主翼目掛けて加速した。正面に群がるだけなら火力を集中させられたが、分散されればそれもできない。


 主翼に群がるハルピーはその大顎をひん剥いて文明の鋼板にかぶりつく。一度、二度ではせいぜい凹む程度では数が合わされば噛み砕かれる。主翼についた傷一つで墜落した事件があるくらいデリケートな輸送機にとって、それは避けたい事態だった。


 『千景くーん?』

 「大丈夫だ。右は俺と朱燈、左はクーミンとクリスティナで対処する」


 竟の問いに千景は即座に回答する。ダン、ダンと断続的な銃火の雷鳴がこだまし、その度に視線の先をたゆたうハルピーは雲下へと消えていった。


 「——ったくこれだから!!」


 千景がヘリの甲板から狙撃に集中する傍ら、輸送機の上では朱燈とクリスティナは互いの武器を振り回し、近づくフォールンを一掃していた。朱燈が主翼に取り憑くハルピーを担当し、クリスティナがその手前のハルピーを撃ち落とす。即席ではあったが、なかなかに上手いコンビネーションだった。


 主翼の上を走る朱燈に気づいたハルピーは大顎をかっぴらき、彼女を丸齧りにしようとする。近づく巨鳥、体を低くして、その懐へ潜り込んだ朱燈は右手の刀剣で腹部を一閃する。


 焼き切られ、腹をさすることもせず、転げ回るハルピーを主翼から叩き落とし、彼女は次の獲物へ目線を向けた。鋭く、凍えた餓狼のごとき眼差し、常人を凌駕した運動神経を駆使し、朱燈は時に跳び、時に疾走し、時に主翼と胴体部の間を滑った。


 朱燈が活躍する傍ら、彼女と同じように胴体部を走り回るクリスティナも負けてはいない。重機関銃を巧みに操り、彼女は群がるハルピーに鉄拳を叩き込む。


 左右合わせて総重量60キロ以上。軽量化が進んでいるとはいえ、重機関銃であればそれだけの重量がある。その重量を駆使して時にクリスティナは接近してくるハルピーを殴り殺し、またゼロ距離で銃撃した。


 銃を撃つたびに薬莢が排出される。中指ほどもある長さ、親指ほどもある太さのそれを撃つたびに目で追いながらクリスティナは戦場を俯瞰する。


 近づくハルピーは大きく左右で分かれているものの、その多くが朱燈とクリスティナによって落とされた。それでもひっきりなしにハルピーが送られてくるのは親玉であるへルンが未だに落とされていないからだ。


 千景から知らされた作戦ではレーザーサイトでハルピーらに混乱を生み、その隙をついて銃撃。戦列が乱れたところをへルンを撃ち落としてさらにハルピー達に混乱をもたらす、という段取りだった。しかし未だにハルピーをちまちまと潰すばかりでへルンの撃破には至っていない。


 何故だ。


 苛立ち混じり、疑問混じりに恐る恐るクリスティナは千景に通信を飛ばした。


 「えっとムロイ、さん」

 『さんはいらないし、名前でいい。でなに?』


 「へルンを狙うことは出来ますか?」

 『捕捉はしてるが、周りをハルピーが囲んでる。何より』


 まだ早い、と千景は返した。そっけない言葉遣いだが、内心ではどこか焦っているように聞こえた。


 おもむろに同じ通信を聴いていた朱燈の視線が輸送機の正面方向へ向く。同じ方向を一瞥するクリスティナはそういえば、と作戦の内容を思い返した。


 ただハルピーやへルンを落とすだけでは意味がない。へルンを堕としても同じようにハルピーの中から共食いをして進化する個体が生まれてしまう。何より、現在の千景達には眼前のハルピーの群れをどうこうするだけの火力はない。


 どこからともなく現れる無数のハルピーとそれを統率するへルン。空中においてこの二種の組み合わせは地上で下手な上位フォールンと戦う以上に脅威と言える。しかし同じ群れに二体のリーダーがいないように一体、へルンがいるだけで、それ以外のへルンが誕生することはある程度抑制できる。


 『とりあえずクリスは朱燈と協力して主翼に群がるハルピーを片っ端から落としてくれ。胴体に群がってる奴らは他が受け持つ』


 「クリス?」


 『あーだめ?ロシア語ならチーナとかがいいか?』


 「そういうわけでは。まぁ、いいですよ、なんでも」


 調子が狂うと重機関銃を構え直しクリスティナは再び駆け出した。


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